サザンライツの奇跡

松田夕記子

サザンライツの奇跡(上)

 ねえ、どうして君はぼくの愛にこたえてくれないんだい?


 ぼくの気持ち、わかってるだろう。ずっとぼくのことを無視しっぱないじゃないか。ぼくのことがそんなに嫌いかい?


 ……そうなのかい? だったら、ぼくを追い払ったらどうなんだ。そうだ、他のやつのところに行っちまえよ。そうしたら、ぼくだってあきらめがつくのに。


 ああ、その君の美しい瞳!


 そうやって、君はまた黙ってぼくを見つめるんだ。ねえ、ぼくを焦らせてるのかい。それとも、ぼくの愛を試しているのかい? 


 それは何度もいっただろう、ぼくには君一人だけだって。他の子たちには、興味ないんだ。たとえ君をうしなったとしても、それからはずっと君のことだけを思って過ごすよ。


 ねえ、何とか言っておくれよ……側に座っていいかい? ……ありがとう。


 ぼくって、あきらめの悪い男だよね。友だちはみんな、もう次々と相手を見つけてるっていうのに。でも、ぼくには君だけなんだ。そう、なんていうか……君には、他の子たちとは、ぜんぜんちがう魅力があるんだ。


 君は、まるで神さまが創ったみたいに完璧さ。ああ、そりゃ、ぼくだって神さまに創られたんだろうけどさ。何かちがうっていうかさ。


 もしかして君、妖精だったりする? そういう昔話がよくあるじゃないか。精霊とか、妖精とか……ああ、ぼくは不安なんだ。いつか君が、ぼくの前からフッと姿を消すんじゃないかなんて、そんなふうに思ってしまう。


 そう、それはあまりに君が美しいからだ……。


 ねえ、ところでさ、君は結婚には興味ないの? ぜんぜん、恋を探しにいこうとしてないじゃないか。もしかして独身主義? 一人で海を見つめていたいわ、ってタイプなの? 


 そうだったら残念だな……だとしても、せめてぼくを友人として側に置いてくれないかな。それだけでもいいんだ。


 君はもうわかってるだろうけど、ぼくって、温かい家庭を築くのが夢なんだ。それで、できたら子どもがほしいな。もちろん、人生にはいろいろなことがあるからね。子どもができなかったとしたら、それはそれで受け入れるつもりだよ。


 ああ、でも、パートナーがいないのは寂しいな。結婚しなきゃ、何のために生まれてきたのかわかんないよ。こんな考え方は古いかな。でもさ、とっても大事なことだって思うんだよ。


 ねえ、お腹すいてない? 食事にでもいこうよ。今はいい? そうかい……じゃあ、もうちょっと側にいていいかな。ほら、見て。空が赤く光ってる。きれいだね。


 人間たちは、あれをサザンライツって呼んでるよ。南極の光、って意味らしい。とっても珍しいものなんだって。ああ、ぼくはいつまでも、君と共にあの光を見ていたい……。


「ジョージアったら、また模型デコイに求愛行動しているわ」

「おいおい、名前をつけたのか?」

「だって、目立つんですもの。他のメスには見向きもせず、デコイにべったり。保護活動の意味がないわ」

「きっとあいつは、ペンギンのピグマリオンコンプレックスなのさ」


 やあ、君。元気かい。今日も変わらずにいてくれて、うれしいよ。


 けっきょく君は、他の誰もパートナーに選ばなかったね。ということは……もしかして、ぼくにもチャンスがあるってことかな? やっぱり、うぬぼれかい。でも、ぼくはうれしいよ。君が他のやつとツガイになるなんて、考えただけでもゾッとする。


 君、これからどうするの? パートナーなしじゃ、コロニーにいづらいんじゃないの? ぼくだってそうさ。君が独身主義でもいいよ。ただ、ずっと君の側にいられたらいいなって思うんだ。


 ……でもさ、最近、なんだか胸騒ぎがするんだ。なにか、いきなりとんでもないことが起こるような……もしかして、地震を気にしてるのかな? それとも、見たこともないすごいバケモノがやってくるとか?


 それはわからないけど……なにか、今まで信じてたことが、ガラリとひっくり返るような、そんなことが起こるんじゃないかって気がするんだ。


 ああ、だけど君はそこにいる!


 そう、ぼくの世界では、君だけが確かな存在だ……君はずっとここにいる。同じ場所に……ねえ、言ってくれよ。本当は、ぼくを待っててくれたんだろう? そうなんだろう?


 ぼくは……ぼくはこの世に生まれて、君と出会えただけで満足だ。今すぐ死んだっていいくらいさ。だって、君が側にいてくれるんだもの。もしもほんとに神さまがいるなら、ぼくは絶対、こうお祈りするよ。


 どうか、君との恋を叶えてくださいって。


 ほら、今日も空がとってもきれいだよ。赤に、緑に……すごいね。虹色に輝いてる。君も、この宇宙を創った神さまにお祈りしてみなよ。ぼくらが幸せになれますようにって……。


「デコイの回収はすんだの?」

「ああ、ほとんどな」

「ちゃんとチェックしてよ。来年の繁殖期に、また使うんだから」

「はいはい」


 ――ああ、今日は人生最高の日だ!


 やっとぼくの愛を受け入れてくれたんだね。とってもうれしいよ。キスしていいかい? ありがとう……じゃあ、ぼくと結婚してくれるね。ぼくは、身も心も君のものだ。これから一生、君を大切にするよ。もうぼくたちは離れられないんだ。


 じ、じゃあさ、早速だけど、その……ぼくたちの卵のことについて、話し合わないかい? い、いやらしくなんかないよ。大切なことだろ? ぼくは君の卵なら、命を賭けて守るつもりだ。ねえ、だからさ……あれっ?


「オスのデコイが、一体足りないな」

「デコイに、オスメスなんてあったの?」

「ペンギンは、雌雄の区別が難しいからな。外見だけじゃわからない。でも、リストにこう書いてあるぞ。『No.22 備考欄:オス3歳』」


 そうだったんだ。君もオスだったのか……だから? だから、他のやつらの求愛を断ってたのかい? そして、ぼくにもそっけなくしていたの? そうだったのか……。


 いや、違う。落ち着いてくれ。ぼくが君を好きなのは確かだ。それは何も変わらないんだ。信じてくれ! 怒ってなんかいないよ。


 ただ、ちょっとびっくりしただけで……ごめん。本当にごめん。君を傷つけてしまったね。悪かった……ぼくはずっと君の側にいるよ。


 違う! 罪悪感なんかじゃない。「もし神さまが、私をメスに創っていたら」……そんなこと、思う必要はないよ。


 だって、君は君なんだから。ぼくは、この広い宇宙で君に出会えただけで、素晴らしいって思ってるんだ。


 そうだ、養子をもらうのはどうだい。親が亡くなったヒナをひきとるんだ。それで、二人で育てよう。それだって、立派な繁殖活動さ。

 

 大丈夫だよ。ぼくたち、きっとうまくやっていけるさ。



                                 (つづく)

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