シンデレラは病気?

ぱんつ07

馬鹿!

「アンタの馬鹿!」

そう言って彼氏の家から飛び出たアタシは、夜の公園のベンチに座って空を眺めていた。

喧嘩した理由は単純で、構ってくれない彼氏にしつこくちょっかいを出したら怒られアタシが切れ散らかしただけだった。

今冷静になると馬鹿なのはアタシだったことがわかる。

暗い公園を照らすのは群れた虫の影を映す街路灯。

星はこんなにも綺麗に輝いているのにアタシをスポットライトの様に照らしてくれることは一度もなかった。

反省したアタシは買った缶コーヒーを一気に飲み干してから公園を出た。


「何してるの?」

「何って、荷物をまとめてるんだよ。」

彼氏は大きな荷物を玄関に並べていた。

「家具はそのまま使ってくれ。それじゃ、幸せになれよ。」

「待ってよ。なんで急にそんなこと言うの。」

彼氏は大きなため息をついてこう言った。

「一緒に暮らしてきたけど、お前にはもううんざりなんだよ。わがままだし素直じゃないし不満があればすぐ怒るし疲れたんだ。

ずっとそばにいて何が不満だったんだ?

少しは我慢を覚えたらどうなんだ?

それじゃあ、もう連絡はしないでくれ」

アタシは爆発した。

「何よ…アタシは仕事終わって家に帰ったら毎朝毎晩ご飯作ってやったじゃない!

洗濯回すのもアンタが靴下とかズボン裏返っているのを直してから洗ってたんだけど!

掃除や片付けだって、アンタがのんきにゲームをしている時にしてたじゃないの!

仕事しながら家事をしてやった!

これの何が不満なのよ!

苦労して家事している分もっと甘えさせてよ!

付き合うときアンタ、アタシの事愛しますって誓ってたじゃない!

ほんっとに…馬鹿!

このペアリングも要らないわ!

出ていくなら出ていけ!

ばぁか!

出ていけ!」

彼氏はアタシの話を最後まで聞いてから黙って姿を消した。


アタシたちの恋は1年過ぎ、あっさり終わってしまった。


会社の屋上にある喫煙所。

晴れた空の下で、その話を同期にしたらまぶしい太陽と一緒に笑われた。

「それはお前が悪いな。彼氏さんの気持ち少しわかるわ。」

「何よ!

アンタだって家帰って彼女にべったべたに甘えてたら振られたんでしょ。」

「そうそう、そうだけどさ。まっ、お前の言い分はわかるぜ。帰ったら好きな人がいるだけでも幸せなのに、求めちゃうんだよな。わかる、すっごくわかる。」

「なのに仕事で疲れて甘えたくても頑張って家事終わらせた頃にはアイツ、もうベッドインして爆睡!

アイツのわがまま聞いてやってんのにアタシには我慢しろって、何なのよアイツ!」

「俺だったら一緒に家事してイチャイチャできる時間作るけどな。」

「アンタは作りすぎたのよ」

「いやいや、疑われるようなことしなけりゃ俺だってあそこまで甘えなかったさ」

「でも、アイツは結局朝駅の近くで可愛い子と歩いていたのよ。アタシは結局遊び相手だったわけよ。別れたかったなら早く言ってほしかったな。」

「俺だったら好きになったら最後まで好きでいるんだけどね?」

「アンタ…さっきから典型的なクズ男のセリフっぽくなってるわよ…。」

「ははっ、ネットでクズな奴が出しゃばってるせいで、リアルじゃ本心も疑われる世界になっちまったな。」

「でも、アンタの事は信用しているからね。浮気とか二股とかしなさそうね。」

「そうだな…おっと、そろそろ戻らないとだな。」

「あら、もうそんな時間なのね。」

「明日休みなんだし、続きは久しぶりに飲みながらするか?」

「ふふん。今フリーのアタシ、簡単について行くわ。」




ここまでは覚えている。

いや、正確に言えば居酒屋に行って飲んでから記憶が曖昧になっている。

居酒屋まで行って、飲んで、話して、愚痴大会始まったっけ。

「んで、終電逃して泊まる場所もないからってラブホに着いて、一緒に寝たわけだが…。」

そう言った同期は全裸でベッドの上に座っていた。

これは確実にやってしまったのでは…。

「これは、そうよ、ただの事故。お酒の勢いだったのよ…忘れてしまいましょ。」

「お前はそれでいいのか。」

「何よ、本気で言ってる?

冗談ならやめて。」

「冗談に見えるほどお前は馬鹿だったのか?」

彼は太くて硬くて長い指でアタシの唇に触れ、まっすぐアタシの瞳を見つめながら整った顔を近づけてくる。

あれ、彼ってまつ毛長かったのね。

そういえば、最近肌に気を遣っているって言ってたわね、治りかけのニキビ跡がここまで近いと見える。

あ、意外と茶色の瞳していたんだ、キレイ。

肌、入社当時より本当にきれいになったわね、アタシよりスベスベ肌になってんじゃないわよ…嫉妬するじゃない。

あら、アタシの手のひらに頬を擦り寄って、犬みたい。

可愛いところあるのね。

意外。

耳、触れたらどんな反応してくれるのかしら。

可愛い声漏らして、身体も素直ね。

見た目によらず、敏感なのかしら。

なんだか楽しい。

アタシ…久しぶりに人肌を感じて、求めているのかしら。

彼の唇を舐めたら、受け入れてくれるかしら。

ザラザラしてて柔らかい…唇少し乾燥しているわね。

舌が引っ張られる、熱い。

唇があったかい、濡れてる。

彼の口から昨日のお酒の匂いが少しする。

アタシも臭いかも…?

恥ずかしいわね。

でも、彼の涎が心地いい。

あったかい。

もっと触れて欲しい、求めて欲しい。

何も考えたくない。

ただ触れていたい。







同期と同棲を始めて、早半年。

お互い言いたいことは言い合って、たまにふざけて、無駄な気遣いもせずにまるで友達の延長線といった距離感で居心地がよかった。

アタシが求めていた愛情も、不足なく過ごせて幸せだった。

彼も甘えてくるときは過剰ではあったが、その分アタシに優しくしてくれたり甘えたい時に存分に甘やかしてくれたりで不満もなかった。

アタシばかり与えられて、申し訳なくなってきた時に聞いてみたら現状不満はないと言ってくれた。

寧ろ少し病むと黙って猫の様にそばにいてくれることが多くて安心していた。

次の男を探すなんて面倒だなって思っていたし、こんなすぐに付き合ってよかったのかなって不安はあったけど、アタシは今とても幸せ。


幸せ。


大丈夫よ。


ええ、きっと、大丈夫。


もう幸せは壊れないわ。


壊れないはず。


そうよね、王子様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シンデレラは病気? ぱんつ07 @Pants

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説