第53話 花茶

 西の街のポーターユニオンでは、昨夜起きた討伐劇が話題になっていた。


 「聞いたか、昨日オールド・オランドの残党に商隊が襲われたそうじゃないか」

 「ああ、10人以上のオーガだったらしいな」

 「馬鹿なやつらだ」

 「ああ、選りにもよって神国警察がいるところを襲うとはな」

 「隊長はあれか」

 「そうだ、タスマン様だ」

 「やつらにとっては最悪中の最悪だな」

 「しかし、残党も随分と減っているな、最近はこんな話もめったに聞かない」

 「ああ、新たに建国した連中が頑張っているようだ」

 「エチダ藩合戦場の戦いからもう3年か」

 「早いな、もうそんなに経つのか」

 「こんな風に変わるとは思わなかったな」

 「いい時代になったもんだ」

 ポーターたちは笑ってグラスを合わせた。


オールド・オランド亡国のあと、すぐに新たな国の建国が宣言された。

ロダキニ神国、非侵略を誓い、種族を隔てない国として新たな国王のもとに、その年号を刻み始めた。

 

 旧冥界城は改装され、白い岩を多用した明るい行政本庁舎となっている。

 山肌には春となった今、桃の木にピンクの花が満開だ。

 山の麓は庭園が造られ、薔薇や花々が蕾を膨らませていた。

 そこには血も硝煙の匂いもない。


 しかし、新国王の執務室は昼夜灯が灯り、喧騒が絶えることは建国から3年経ってもなかった。


 その執務室、白を基調にした漆喰の壁に質素な家具と机が置かれている、壁の棚は全て書類と図面が埋めていた。

 小さな籐の椅子に座布団を引いて、髪を束ねて膨大な書類に目を通している新国王の姿、まだ20才になったばかりの人間の娘、人間には珍しく髪は銀髪で、瞳は濃い緑、透き通る白い肌はエルフのそれだった。


 ロダキニ神国 第1代女王 メイ・スプリングフィールド。

 狩猟の神 女神アルテミスの力を持って、地上に降臨した女神としてロギタニ神国を統治することになってしまった。


 「女王様、決済時間だよ、外で待っている連中入れるよ」

 声をかけたのは秘書室長のミヤビだ。

 「今日は何人くらい待ってるの」

 「さっき見た時は50人くらいだったよ」

 「50人!!そんなにいるの?」

 「休み明けだからな、仕方ないよ」

 「そんなぁ、私休んでないよぉ」

 「国王は仕事でも、官職たちは日曜日だからな、必然的に多くなるわな」

 「50件も決済があったら、私のお昼はいったい何時になるの……」

 「おっと、メイ女王、午後は鉱山開発の現場視察だぞ」

 「ひぃ、それじゃ……」

 「昼食は馬車の中でとることになるかな、まあ、食べられるだけましと思いな」

 「はい、そうしますぅ」

 「はぁー、宗一郎のごはんが食べたいなー」

 「よし、じゃあ始めるよ、女王陛下」


 ヒュクトー討伐の夜にメイ新国王の絵図は既に出来上がっていたのだ。

 ミヤビたちはオールド・オランド崩壊のあと、野盗化した兵たちによる略奪や、それによる善行しているオーガたちに及ぶ風評被害を懸念していた。

 新たな政府機関樹立による安定が戦いの後の絶対条件と悟っていた。

 そこで神格化した女王メイを主上に据えて、当面の安定化を図りたいというものだった。

 事務的な運営は元従事長ストラスが執政長官として担っているが、最終的な決済は国王が行わなければならない。

 

 暴力と略奪しかしてこなかった国には産業がなかった、農地さえほとんどない、開墾から始めなければならない。

 当初の予想どおり古い考えを持ったオーガたちは働くことを嫌い、野盗に下り国を去っていった、しかし、犯罪を行えば国軍警察、リンジン長官による討伐が待っている。

 粛清は自然と進む。

 

 建国1年後には人間族との間に和平が結ばれ、通商も可能となっていった。

 国内には鉱山が多く存在し、採掘した希少金属は高値で降ろされている。

 定期的に宗一郎から難しい名前の鉱石のリクエストがくる、武器屋のモチベーション熱は下がっていない。

 マヤに叱られながらも、なんとかやっているようだ。

 時間が出来ればと思いつつ、もう半年帰れていない、煙突の工房が懐かしい。


 2年目の春に蟻獅子ヘリオスとミロクはアールヴの故郷に向かって旅立っていった。

 脳移植によりメイがイシスであることは隠し通した。


 復讐の果ての恋は死でしか成就しない。

 

 ヘリオスとイシス、2人とも復讐の先にある希望を掴んだ、新たな出会いが2人を復讐の闇から救出し、生きることを許した。


 ⦅落ち着いたら、きっと会いに来ます⦆

 ミロクは別れの朝、ヘリオスの肩の上から手を振る。

 奴隷として半生を生きてきたアールヴ種のエルフは、自由となって故郷に帰る。

 その顔は、最愛の伴侶を得て明るく希望に満ちている。

 蟻獅子は鎧を脱ぎ、ハルバートだけを背に担ぐ、肩に乗せたミロクを見上げながら手を振る。

 その顔は影が消えて、ミロクを見守る眼差しが優しい。

 蟻獅子の鎧は禁忌として葬られた旧王族の墓所を睨む銅像となって、いまも怨霊から国を守っている。


 ⦅待っているわ、また会いましょう⦆

 見えなくなっていく大きな背中にメイも大きく手を振った。

 「さようなら、愛しい人……私の愛……さようなら」

 

 メイの目からイシスの最後の涙が春風に乗って飛び去っていく。


 3年が過ぎた。

 メイは日常の激務がたたって少し体調を崩していた、パドマの還流により自己治療は常に行っていたが、何より休みがない。

 「大丈夫、たいしたことないよ、ミヤビ室長」

 「悪いな、メイにばっかり負担をかけちまう」

 「ううん、みんな良くしてくれているよ」

 執務室のソファに深く身体を預けたメイはそう言いながらも少し辛そうだ。

 「それで、余計かと思ったのだけど、今日は医者を呼んだんだ」

 「そうなの?ビタミン剤くらい貰えるかな」

 「身元と評判は確認してあるから安心して」

 「次の公務まで1時間くらいあるかな」

 「いいえ、今日はもうこの後は全てキャンセルしましたからお休みです」

 「ええ、ホントに?」

 「はい、少しお休みください、メイ女王陛下」

 「では、私はこれで失礼します」

 すっかり、秘書姿が様になったミヤビが優雅に執務室を後にしたのと変わり、若い医師が入ってくる。


 「女王陛下、私はエチダ藩領内で医師を営んでいる者です」

 「わざわざ遠いところお越しいただいて、ありがとうございます」

 若いけれど落ち着いた雰囲気を持った男性だ。

 「体調が優れないと伺いましたが」

 「ええ、少し疲れたみたいで」

 「激務なのでしょう、脈を拝見しても?」

 どうぞ、と差し出した手を彼が優しく触れた。

 その顔に見覚えがある。

 じっと覗き込んでみていると、彼と目があった。

 「!」

 「あれ、あなたはスバル君」

 「嬉しいな、覚えていてくれたのですね」

 「医師になったの、頑張ったのね」

 「ああ、君のおかげさ」

 「私の?」

 「あの日、病院で私が好きだと告白したのを覚えていますか」

 「もちろん、実は告白されたのなんて、あの時が最初で最後ですから」

 「ご冗談を、でも私は少しでもあなたに並びたかったのです、ですから努力しました」

 「あの時はとても嬉しかった、今以上に辛かった時に砂漠の泉のようでした」

 脈をとっている指先から、忘れかけていた淡くて優しい感情が伝わってくる。

 スバルの好意が、疲れた体と心を温め、その余韻だけでもメイを癒す。

 「過労です、女王陛下でも休むことは必要です、少し立ち止まってください」

 「あの時もそう言ってくれたね」

 「頑張りすぎです、メイ女王陛下」

 「私ね、来週にエルフの街まで通商契約に行くのだけれど帯同してもらえないかな」

 「大丈夫ですが、体調にご心配がおありですか?」

 「そういう訳じゃないのだけれど、ちょっと付き合って」

 「女王陛下のご命令とあれば、ご一緒させていただきます」

 

 良く晴れた暖かな日差しがさす春の街に2人の姿があった。

 女王の服を着替えたメイとスバルは、以前にイシスの記憶の欠片を見つけた喫茶店のシングル席ではなく2人がけの席に腰かけている。


 テーブルには二つのカップに花茶が入れられ、折鶴とアップルパイが置かれている。

 向き合い談笑する2人の笑顔が眩しい光の中にあった。


 あの日、水彩に滲んだ街が今日は鮮明な色を讃えた写真のようにメイの記憶に刻まれた。


 

 Fin.

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春の街 秋の墓標 少女のエンパスはイージスの盾、復讐の神弓でオーガを狩る 祥々奈々 @sknkfd3s

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