なんか忘れてないですか?

月村 あかり

なんか忘れてないですか?

「おはよう」


「ん、おはよ〜」


目を覚ますと、隣で目覚める人がいる。

その人が、自分の1番大好きな人だなんて幸せすぎるにも程がある。

僕は大好きな幼なじみであり、彼女であるこの人と同棲している。


「ねえ…」


彼女の声が聞こえて、視線をそちらに向ける。

寝ぼけながらだけども、好きな人の可愛らしい声は絶対に聞き逃さない。

目を向けると、何か言いたげな表情でこちらを見る彼女と目が合う。


「どした?」


僕が尋ねると、彼女は少し考え込んだような顔を見せる。

どうしたのだろう、言いづらいことなのかな…?

だとしたら尚更、早く聞いておきたい。


「んーん、なんでもない。起きよ」


彼女は、僕の質問に答えることなくベッドから起き上がってしまった。

僕も少しのモヤモヤを抱えたまま、起き上がる。

僕たちは未だに喧嘩をしたことが1度もない。


「今日は休みだし、ゆっくりしようか」


喧嘩をしたことが1度もないからと言って油断してはいけない。

なにかの拍子でとんでもない地雷を踏んで一発KOなんてことにもなりかねない。

様子を窺いながら、言ってみると彼女と目が合う。


「そうしよっか、うん、そうしよ」


いつも通りに頷いてくれる。

でも、やっぱり時折何か言いたげにこちらを見てないか?

幼なじみでずっと一緒にいて、言いたいことは伝えあってきたはずなのにそんなに言いづらいことなのだろうか。


「疲れとか溜まってる?」


ちらっと彼女の方を見ながら聞いてみる。

それでも彼女は首を振って、なんでもないような顔を見せる。

ドクンドクン、と嫌な予感が膨らんで行った。


「ほら、朝ごはん朝ごはん」


自分の気持ちを誤魔化すようにわざと明るく言ったような言葉に胸が痛くなりながら、食卓につく。

このまま話して貰えずに、不満ばっかりが溜まっていって、話してくれた時には手遅れでした…なんて絶対に嫌だ。

僕は絶対に彼女と離れたくないのだ。


「ねえ、なにかあったなら話してくれよ。お前が嫌な思いしたままなのは嫌なんだ」


僕が言うと、彼女は肩を波打たせて動きを止める。

そして、俯いて言葉を探しているようだった。

何を言おうとしてるのか、僕は真剣に構えて聞く体勢を作った。


「あ、の…」


彼女が躊躇いがちに口を開く。

いつもの軽口とはわけが違う。

僕も緊張してきて、心臓が音を立てた。


「な、なんか忘れてないですか?」


彼女の問いに僕はぽかんとしてしまった。

何かを忘れてる…?

記念日は一ヶ月前に終わったし、誕生日は2ヶ月先だ。


「え、え…?」


僕は戸惑いの声を出す。

僕が困惑すればするほど彼女の顔が赤らんでいくように見えるのは気のせいだろうか。

ここは、思い出せないことを正直に言った方がいいんだろうな…。


「ごめんなさい、分かりません…。何を忘れているのか教えていただきたく…」


テーブルに顔がつくのではないかという勢いで頭を下げる。

恐る恐る顔を上げてみると、顔を耳まで真っ赤にした彼女と目が合う。

怒ってるわけでは…ない…?


「き、昨日は…バタバタしてたから…」


とても言いづらそうに、恥ずかしそうに彼女が言葉を紡ぐ。

僕は真剣に耳を傾ける。

ということは、昨日何かを忘れたのか…?


「その…あの…き…」


彼女の目が潤んできた。

な、何を言おうとしてるんだ…?

そんなに僕に忘れられたのが悲しかった!?


「キス…一回もしてない…」


消え入りそうな声で彼女が言った言葉に僕は口を開けっ放しにしてしまった。

それをずっと言いたくて、朝から物言いたげな表情で僕を見てたのか…?

それはあまりにも、あまりにも…。


「可愛い…」


口から思わず気持ちが漏れてしまった。

いや、だって可愛すぎる。

それを気にしていたことも、恥ずかしくてなかなか言えなかったことも、僕が真剣に尋ねたら頑張って伝えてくれたことも。


「か、可愛くない…!ていうか、恥ずかしい…!!」


彼女が顔を背ける。

愛おしくてたまらなくなって、顔のニヤケが止まらないのを自覚する。

ていうか、いちゃつきたいと思ってるのが僕だけじゃないという事実がまず嬉しすぎるんだが…。


「ねえ」


僕は、顔を背けたまま戻ってきてくれない彼女に声をかける。

彼女はまだ赤く染まったままの顔をこちらに少し向けてくれた。

微笑んで、その顔を更に赤くさせようと口を開く。


「今日1日、昨日の分もぎゅっと詰め込んでいっぱいキスしよ。そんで、ずっと離さないから」


狙い通りに真っ赤に染まりあがった顔を隠す余裕すら無くなった彼女が愛おしすぎて。

僕はきっと、今日1日どこの誰よりも幸せな男だと確信した。

こんな可愛い彼女がいて、幸せじゃないわけないだろ?



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