第四十八章 なんじゃ?

「行くぞ! 加櫻かざくら!!」


 わしは右足を蹴り出した。襲雷しゅうらいで足に雷を纏わせた瞬間、身体が軽くなる。老化強制能力解放カルデラ・ドライブで全身に一種の力が満ち、体の奥底から力が湧いてくる。足音は雷鳴のように鋭く、次元速拳ディメンションクイックジャブで距離を詰める加櫻と遜色ない速度で加櫻の目前へ滑り込んだ。


 奴が反応する前に、わしは拳を振る。思わず出た音が「ゴキッ」――骨を打つ確かな感触。加櫻が顔をゆがめる。防御は無く、ただ風のように吹き飛ばされていった。

 壁が砕け、瓦礫が空気を切る。四枚の壁に穴が開き、ようやく加櫻は地面に倒れ込んだ。


「す、すごい・・・」


 遅延ちえの声が震える。父親である虎二とらじも息を呑んだ様子だ。そりゃそうだ。わしの放った力はいつもの魔法を遥かに越えている。


「ただのステータスアップだけじゃないな。次射じい、襲雷も同時にかかっているな?」

「さすがじゃな、虎二。お主の言うとおりじゃ」


 襲雷で敏捷性を上げ、老化強制能力解放カルデラ・ドライブで出力を底上げ――この二つが重なっているからこそ、わしは加櫻と渡り合える。胸の奥で懐かしい疼きがする。まだ、やれる。


 だが加櫻は立ち上がると、息を整えたあと冷静に笑みを作り、敬語で言った。


「黒速君、うぅむ――失礼、戦い足りないご様子ですね」


 その言い方が余計に腹を立てさせる。奴は再び身体をねじり、次元速拳ディメンションクイックジャブを発動させる気配を見せた。


「死ねぇ!!」


 加櫻の声が弾ける。拳がこちらに迫るその瞬間、わしは指を鳴らした。


 ピシッ!


 指先の小さな音と同時に、空気が裂けるような黒い稲光が落ちた――黒雷。音と圧力が同時に加わり、加櫻の動きを押し潰す。加櫻はそれを見事に避けてわしに拳を振るう。だが触れた瞬間、加櫻の手が見る見る老い、皮膚はしわだらけになっていった。驚きの表情が一瞬で崩れ、奴はひるんだ。


「まさか、あなたに触れることすらできないとは……」


 加櫻が息を切らしつつ言う。敬語の端々に苛立ちが滲む。


「現在、わしの直径六十センチの範囲には、七十年分の老化が強制される。わし本人には影響はないが、外から触れてくる者は容赦なく老いるのじゃよ」


 説明が終わる前に、加櫻は身を翻してステップバックした。触れた腕は確かに老いていた――動作の鋭さが失われている。


「防御面でも隙がないのかよ……」


 美紀の父親――名前は出てこないが――が小さくつぶやく。毛呂二もろには相変わらずにこやかに笑っている。こいつが余計に腹を立てさせる。


「クソ! 腹立たしい!!」


 加櫻が怒鳴る。が、その怒りは焦りへと変わっていった。そこで毛呂二が初めて口を開く。声は安定していて、まるで遠足の案内のように冷静だ。


「ここは一度撤退しますよ」


 加櫻は即座に反発した。


「な、なぜです!? 私はまだやれます! それに、まだ秋晴しゅうせいの仇も――」

「ここで君を失うわけにはいきません」


 毛呂二は断固たる調子で遮った。

 加櫻は舌打ちをし、毛呂二の後ろへ位置を変える。毛呂二を中心にして魔方陣が床に描かれ、透明な光がうねる。どうやら転移魔法だ。毛呂二の手に握られた小さなアイテムが、光を増幅している。


「それでは、皆さん、ごきげんよう。ここには用はありません」


 毛呂二は淡々と言って、周囲の空気が引き寄せられる。


 虎二が反応してライフルを構え、引き金を引いた。銃声が鳴ったが、弾は見えない壁に跳ね返された――不自然な透明バリアが弾を覆っている。虎二が怒鳴る。


「行かすか!!」


 だが魔方陣は完成し、毛呂二たちは一瞬で消えた。


「チッ、逃がしたか」


 虎二が舌打ちする。瓦礫の間に静寂が戻る。


「転移したとなれば、奴らの移動先は読めん。ここはいったん外に出て、この建物ごと破壊するか?」


 虎二が提案する。誰もが頷く。わしも頷くしかない。


 だが、その前に――わしは深呼吸を一つ、反動が来ないように呼吸を整える。襲雷の余力はまだ残っている。老化強制能力解放カルデラ・ドライブもまだ効果は継続している。撤退させた相手を追うべきか、ここで仇討ちに起つべきか。仲間の怪我の有無、これからの戦局、全て風が知らせるままに判断しなくてはならん。


「まずは皆を退かせて、建物を片付ける。残る敵を追うのは、後でもできる」


 わしは低く、しかし確実に言った。皆の目がわしに集まる。疲弊しつつも芯のある目だ。


「ならば準備を始めるぞ」


 虎二が動き出す。遅延は負傷者の手当てに向かい、わしは一度拳を握り締めた。


 指を鳴らす癖が残る。小さな「ピシッ」が、これから先に何があってもわしがまだここにいる証だ。わしは振り向かずに仲間とともに外へ出た。背後で四方に広がる闇が、わしの黒雷の残滓を密かに舐めている。



 ———また会おう、加櫻――次はお前の番じゃ。



 外に出た後、黒雷を数十発放ち、市役所は跡形もなく消えていった。中にあったものすべて粉砕されたことを確認した後、わしは美紀が保護されている場所に向かった。



「次射!!」


 美紀が保護されている建物にたどり着いた時、外には美紀と、わしがショッピングモールで会った森下警官もいた。


「心配になって、今、次射のところに向かおうとしてたの。」

「大丈夫じゃ。お主こそ、平気か?」

「ええ、もう治療してもらったからね。」


 美紀が平気そうに微笑む。その姿に、わしはどこか不安を感じた。


「大場警部、ご無事で何よりです。」

「森下、そっちはどうだった?」

「はい、こちらに襲ってくる暴徒たちはいませんでした。」


 わしが森下とのやりとりを見守っていると、美紀がわしのところに近づいてきた。


「ねぇ、そのひりついた空気感は・・・」

「ああ、これはな・・・」


 わしが状況を説明しようとすると、突然体に力が入らなくなり、周囲の独特の雰囲気も消えかかっていることに気づく。どうやら、老化強制能力解放カルデラ・ドライブの限界時間が来たようだ。


 その瞬間、老化強制能力解放カルデラ・ドライブが切れ、わしは膝から崩れ落ちた。先ほどのダメージと、能力解放による反動が重なったのだろう。


「次射!?」


 美紀が慌てた様子で駆け寄ってくる。まずい・・・意識が朦朧としてきた・・・


 ———わしはそこで意識を失った。





「ただいま戻りました」


 薄暗い部屋の扉が開き、毛呂二と加櫻が入ってきた。目の前には複数の男女が立っていた。


「どうでしたか?」

「はい、かなりの厄介者です。このままでは我々デストロイ・サンダーの敵となる恐れがあります。」

「そうか・・・」


 毛呂二が、前のリーダーと思われる男に話しかける。その隣にいた加櫻が口を開いた。


「俺の弟は奴に無惨にも殺された!! 俺はあいつの敵討ちをしたいんです!! 何とかならないでしょうか!?」

「うぅむ、わかりました。あなたにはこの力を授けましょう。」


 男が手をかざすと、加櫻の体が突然発光した! 加櫻は驚きとともにその光景を見守った。


「これはデストロイヤーと同時代に生きた魔族、ドラグラッシャーのオーラです。スピードを使った接近戦。あなたの得意分野でしょう?」

「はい!!」


 こうして加櫻は、そのオーラの力を受け入れた。





「うっ・・・」


 目が覚めるとわしは病院のベッドで寝ていた。起き上がると近くにいた美紀が気付いた。


「あ、次射! 目を覚ましたのね!」

「ここは・・・?」

「あの後、あの町から出て地域の病院へ足を運んだのよ」

「そうじゃったか・・・」


 近くの窓を見ると虎二や義明よしあきさんが待機している。遅延も外にいるようだ。つまり今はわしと美紀の二人きり・・・


 ———なんじゃ? この胸の高鳴りは? 美紀と二人きりなんてよくあることなのに・・・



 それから数十分・・・胸の高鳴りは収まらなかった。

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