第五話 二人きりの生活 一日目⑤

 放課後になった。

 一日の終わりの開放感からか教室内にざわめきを取り戻す。

 気づくと、玲香は姿を消していた。

 もう帰ったのだろうか。


「神楽坂さん、今日も早いね」

「お嬢様だから、習い事とかあるのかも」

「だよね。やっぱり住む世界が違うなぁ」


 教室に玲香の姿がなくなったからか、ちらほらとそんな声が聞こえた。

 基本お嬢様と思われているのだから、このような感想になるのだろう。

 と、スマートフォンが震えた。

 健一はメッセージの通知エリアに表示されている名前を見て――慌ててスマートフォンのメッセージアプリ――RINEを立ち上げる。

 一件、メッセージを受信していた。


『今日は、家を徹底的に掃除をしたいので早く帰ります。騒がしくなると思いますのでどこかで寄り道をされて帰宅時間を遅らせた方がいいかと思います。ちなみ夕食の時間は今のところ一九時を予定してます』


 玲香からのメッセージだった。

 IDの方は、昨日交換していた。

 義理の兄妹――家族になったのだから、当然といえば当然だった。

 実際、玲香はとくに気にする様子もなかった。

 だが、健一としては穏やかではなかった。

 これまで女子と連絡先を交換したことなかったからである。悲しいかなこれまで陰キャまっしぐらでモテるどころか女友達もろくに居なかった健一にとっては、義理の妹とはいえ同世代の女の子と連絡先を交換ですることは、大事件であった。

 正直、うれしさはあった。

 ――それにしても、帰宅を遅らせてってのは……

 騒がしくなるから――とは言っているが、かなり気を使った表現な気がする。

 朝の一件を考えると、単に健一がいても邪魔なだけだろうな、と思った。


 弁解したいが、これまでも別に掃除をしていなかったわけではない。

 定期的――いや、不定期かもしれない――に掃除はしていた。

 家をゴミ屋敷にしたことなんてなかった。

 だが、指摘されるように『雑』であったことは否めない。

 ――だけど、それを納得して神楽坂さん一人にやらせるわけにはいかないよなぁ。

 熟考の後、健一は意を決して玲香に返信した。


『わざわざ、ウチの掃除をしてくれてありがとう。でも、神楽坂さん一人にやらせるのは悪いので、僕も手伝います』

『結構です』

 即、断られてしまった。だが、簡単に引き下がるわけにはいかない。

『いやいや、神楽坂さんに悪いし』

『お気になさらず』

 そっけない返し。

 心が折れそうになるが、ぎりぎりで踏みとどまる。

『それは気にするよ』

『むしろ、いる方が気を使ってしまうわ。今日は全ての部屋を徹底的に掃除するつもりなので、集中してやりたいのよ』

 聞き捨てならない要素があった。

『ちょっと待って。もしかして僕の部屋も掃除するつもりなの?』

『もちろんよ。なにか問題が?』

『大ありだよ! さすがに自分の部屋を女の子に見られる所か掃除されるなんて恥ずかしいよ』

『女の子と言っても家族よ』

『家族と言ってまだ一日目だから』

 そんな健一のメッセージに、少し間をおいて返答が来た。

『確かにそうね。わかったわ。健一さんの部屋は任せます。ただ、掃除の出来映えは確認させてもらいますから』

 やっと納得してもらった。

 玲香の確認がどのようなものか不安になるが助かった。

『それでいいです。じゃあ、僕もすぐ帰ります』

『わかりました』

 そういえば、言い忘れていたことがあった。

 最後のメッセージを入力する。

『お弁当、美味しかったです。ありがとう』


「ふぅ」

 玲香とのやりとりを終えて息をつく。

 女子とメッセージのやりとりをしたのは初めてなのでどっと疲れが出た。うまくやれただろうか。

「珍しいな。真田がRINEやってるなんて」

 声をかけてきたのは片山だった。

 片山はにやにやと笑み浮かべて、健一の方に手を置く。

「なんか表情をコロコロと変えながらやってたんで気になったんだよな。――もしかして女子とか?」

「……その……家族とだよ」

 嘘ではない。

 ただ、なりたての家族ではあるのだが。

「そうか? そんな感じはしなかったんだが。――と、そういえば、俺と真田ってRINEのID交換してないよな。そもそもRINEやってるなんて思ってもなかったしなぁ」

「……そうだね。家族としかやってなかったから」

「なんだよ、やってるならそう言ってくれよ」

「……ご、ゴメン」

 正直、前から片山とIDの交換はしたかった。だが、交換したいとこちらか言う勇気などなかったのだ。

 片山からすればあくまで数多い友人のひとりでしかない健一のIDなんて知りたいのかな、などと卑屈な思いも少しあった。

 ――そんなことないのにね。

 結局、自分から申し出る勇気がなかったのだ。

「じゃあ、これが僕のIDなんで」

「オッケー」

 無事IDの交換に成功する事ができた。

「まっ、あんまりメッセージ送りすぎないようにするからよ。じゃ、俺は部活に行くわ」

 あまり頻繁なメッセージのやりとりを好まなそうな健一に気を使ってくれているようだ。

 さすが、空気の読める男。友人が多いわけだ。

「部活、頑張って」

「ああ」

 片山は部活に行くべく、教室を出ていった。

 ――僕も行かないと。

 健一も、帰宅の準備を終えると、教室を出た。

 そして、ふと思う。

 玲香とメッセージのやり取りをしていたら、片山とID交換をすることが出来た。

 たまたまとも言えるが玲香と義理の兄妹になったことで訪れた変化と言えなくもない。

 小さな変化ではあるが、なにかが変わってきているのかもしれない。

 そんなことを思いながら、早足で校門を出て自宅へ急いだのだった。

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