第二話 二人きりの生活 一日目②
「とりあえず、朝食を食べたら?」
「そ、そうだね……じゃあ」
玲香の言葉に席に座ろうとした時、元々自分が顔を洗いに来たことを忘れていた。
朝食を食べるにしても、学校へ行く準備が出来てからにしたい。
その旨を玲香に告げると、
「わかったわ。片づけもあるので、できるだけ早くしてくれるとありがたいのだけれど」
「う、うん。すぐ準備するよ」
健一は急いで洗面所へ行き顔を洗い、歯を磨く。
鏡を見て、結構な寝癖がついていたことに気づく。
――あ。
こんな状態で玲香と顔を合わせていたことを思うと、凄く恥ずかしい気分になった。
歯磨きの後、急いで寝癖を直す。階段を上り自室へ帰り、ハンガーに掛かっている学生服を手に取り、手早く着替えた。
玲香を待たせていると思うと、急がなくては、という気分になるからだ。
たぶん時間にして一〇分も掛からなかっただろう。
リビングに戻り、席につく。
「早くとは言ったけど、そこまで急がなくても良かったのに」
「い、いやでも神楽坂さんを待たせることになってしまうから」
「……そんなことを気にしていたの?」
ややあきれ気味の口調で玲香が、すっと立ち上がる。キッチンに向かい――すぐに戻ってきた。
「はい、味噌汁よ。温めておいたのわ。ご飯は自分で盛ってもらえるかしら」
「は、はい」
言われ、すぐ近くにある炊飯器の所へ行く。ご飯をよそい、席に戻った。
焼き鮭に味噌汁に白米とくれば、定番の朝食という感じだった。
父子家庭になってからは、父子共々面倒くさがりなので朝食の準備などはしたことなく、学校へ行く途中でコンビニで簡単に済ますか、なにも食べないかのどちらかだった。
これほどまともな朝食を食べた記憶がほとんど無かった。
「ほ、本当にありがとう」
健一は改めて、感謝の言葉を述べた。
「別に気にしないで。たいしたことはしていないから」
玲香は本当にそのように思っているか、特に表情を変えずに答えた。
「じゃ、じゃあ……いただきます」
これ以上なにを言えばいいかわからないので、食べ始める。
さすが、作り慣れているというだけあって、とても美味しかった。
「あ、あの凄く美味しい……です」
「そう、うれしいわ」
本当にうれしいのだろうか、と疑問に思うほど感情の起伏を感じさせない声だった。
表情もまったく変わらない。
クラスで見ていた玲香の姿そのままだった。
そういう所を見せられるとこれ以上、会話を続ける勇気がなくなってしまった。
その後は、静かな食卓となった。
――ど、どうしよう……
こういう無言の空間は本当に苦手だった。
なにか話さねば、と焦ってしまう。
だが、なにか共通の話題があるわけではないので、黙々と食事を続けるしかなかった。
「…………」
玲香を見るが、相変わらず無表情で食事をしていた。
なにを考えているか、まったくわからない。
健一としてもなにを言えばいいのかわからなかった。
それでも、なにか言わなければならないという思いに駆られた。
と――
思い出したことがあった。この話題にしよう。
「…………あの……そういえば、学校では義理の兄妹になったってことは秘密にするのでいいんだよね」
両親とも相談した結果、学校では兄妹であることは明かさないことにしていた。もちろん、学校には伝えてはあるが。
名字についても、学校では神楽坂のままにするつもりだった。
「ええ。わざわざ公開することもないでしょうし。でも、別に絶対秘密にしたいというわけではないので、健一さんが言いたいのなら構わないわ」
「いや、絶対言いたくないよ。僕みたいな奴が神楽坂さんと同居しているなんて知られたらどんな目に遭うか……」
「大げさね」
「大げさじゃないって。クラスでの自分の立ち位置理解してる?」
「地味で目立たない存在と認識しているけど」
玲香はさも当たり前のような言った。
本人はそういう認識なのか。
確かに、玲香は口数も少なく、特定の誰かと仲良くしているという印象もない。
あまり感情を表に出さないところも、近寄りがたくさせていた。
だが、見ての通り容姿端麗な上に運動神経も良く成績も優秀なので、親しみやすさはないが注目はされる。
そんな存在だった。
クラスで存在感ゼロの健一とはえらい違いだった。
「そんなことないって。たぶん、学校では神楽坂さんのこと知らない人はいないんじゃないかなぁ」
「なぜかしら」
「やっぱり……運動も勉強も出来るし……それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
凄い美人だから――なんて、恥ずかしくて言えない。
「言いかけたのだから言って欲しいのだけれど」
「……神楽坂さんは、凄い……存在感があるから」
そう言うのが精一杯だった。
玲香は納得いかないようで、
「なにそれ。よくわからないわね。なら、私に友人がほとんどいないのはどういうわけなのかしら?」
「……………………いや、それは僕にはなんとも……」
理由はわかるが、はっきりと言ってしまうと、玲香が傷ついてしまいそうなので、黙っていた。
――有名人ではあるが、親しみやすいという訳ではないんだよね……
「健一さん、何故黙っているのかしら」
「あ、あのご、ご馳走さま」
立ち上がり、食器を台所の流しに持っていった。
話が逸らされたのはわかったようだが、玲香はなにも言わなかった。
健一は、そのまま食器を洗おうとすると――
「洗い物は私がやるので置いておくだけでいいわ」
「で、でも悪いよ」
「むしろ、適当に洗われる事の方が悪いわ。――私が昨日、引っ越してきて洗い物が溜まりに溜まった流し台を見た時の気持ちはわかる?」
「…………」
なにも言えない。言えるはずもない。
「キッチン周りに限らず全体的に雑なのが私としては我慢ならないの。――これからは家事全般は私がやるから」
なんだか、これまでで一番感情を露わにしているように感じた。
「いや、さすがにそれは体裁が悪いというか……」
「いいの。下手に
有無を言わせぬほどの威圧感。
「…………わかりました」
健一としてはそう言うしかなかった。
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