飽くまで悪魔と契約を!!

風若シオン

第1話 †契約†

 「朝だ、起きろ。学校に遅れるぞ」


 むぅ……なんだか気怠そうな女の子の声がするような気がする、僕は親の形見であるこの家で一人暮らしなんだけどな……

 高校三年にもなると疲れが日々溜まり元気が出ない、起きるのが億劫だ。天涯孤独のこの僕、阿久あくまさるともなれば尚である。

 むくり。とうとう幻聴の聞こえ始めた体調を心配しながら、しぶしぶベッドから起き上がる。……ん、味噌汁かな?

 なにやら香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


「んぁ……? 味噌汁作り置きしたっけ」


 ぼんやりしたまま目を開けると、紫の髪をざんばらなショートにした黒いセーラー服の少女が勉強机の椅子に腰掛け、その蒼い双眸でこちらを見ている。頭からは二対の黒いコウモリみたいな翼がぴょこっと飛び出している。目の隈が濃くて眠そうだが、意志の強そうな目つきだ。

 全体的にクールさと可愛らしさの両立された非常に僕好みな容貌である。……で、誰?


「おはようございます、……え誰」


「やっと起きたか、さっさと学校に行くぞ。

誰かって?

マサル、貴様が呼び出して契約した大悪魔、

"ラ・ザーニャ"様だよ……」


 半覚醒の意識で問いかけると、学校に行くぞと言っておきながら、うだーっ、と机に溶けているその少女はトンデモ設定な紹介になっていない自己紹介を告げる。あ、でもおぼろげに思い出してきたかも……

 昨日の夜のことだ……


 ~(昨晩の回想)~


「ふむふむ……『悪魔召喚、我が望みに応え顕れ給うことを願うなり』っと。

これで良いのかな、後は願いを書くんだったか」


 灯りを消した暗い部屋で、明るさを最大限に下げた、個人用携帯デバイスの"スマボ"

(国から支給される市民の必需品、使用して様々なサービスを受けることの出来る携帯端末。昔使われていたスマートフォンの進化形)

の検索欄に、噂になっているキーワードを打ち込む。

 ウワサの、悪魔召喚儀式である。

 ここ最近、都市伝説としてまことしやかに囁かれている悪魔召喚儀式は、スマボの検索欄に特定の時間にキーワードを打ち込むだけで可能と言われる簡易なものだ。

 だが、それにより実際悪魔と契約できて願いが叶った、或いは不幸に見舞われた、という事実らしいことが噂され、その噂と関係するのか否か、先日から不可解な事故・事件が多く発生している。

 両親が事故死して親戚はおらず天涯孤独、友達も恋人もいない、暇で寂しい僕が試してしまうには、足るくらいの噂だった。


「願いか、なんだろな……そうだ、

『人恋しい僕を慰めてくれる優しい良い人な可愛い悪魔っ娘よ味噌汁を作って下さい』っと。

コレで行くか!」


 夜中の0時、恐らく日々の寂しさと深夜テンションによりハイになった僕はそんな願いを打ち込んだ。

 そして代償として食物を捧げねばならない、とのことだったので、どんな食べ物か知らないがコンビニで半額だったので買った、冷凍ラザニアを解凍して皿に盛り付けてスマボと共に机の上に置いた。

 そして、眠くなったので風呂に入って歯を磨き、寝たのだった。


 ~(回想おわり)~


「そうだ! 悪魔召喚したんだ!!

え、じゃあ君がその悪魔っ娘ちゃんなのか」


「あぁそうだ、呼ばれてネットの海原から飛び出した大悪魔のザーニャ様だ。

そして悪魔っ娘というその気色の悪い呼び方を今すぐ辞めろ」


 えぇ……なんか望んでたのと違う……って、儀式成功したの!?

 ヘソ出し黒セーラーとミニスカから眩しいお腹と太ももを惜しげ無く晒している、その自称悪魔は確かに可愛い悪魔っ娘だろうが、優しい良い人……なのか?

 というかさっきネットの海原から呼ばれて飛び出したとか言ってたが、悪魔がなんでネットから飛び出すんだ?

 思わず口から出ていたらしい、自称ザーニャちゃんは面倒くさそうに答えてくれた。


「あぁ、私らほんとは魔界っていう異界に暮らしてたんだけどよ。

この世界で未来に起こりそうな感じの戦争みたいな大きな争いがあって、ほぼ全大悪魔が全力で大魔術を行使したら世界が壊れた。

気付いたらネットってこの世界で呼ばれてる空間? にデータとして漂っちゃって、出ようと努力してたものの出れなかったんだけどな。

最近流行った召喚儀式とか言われてる出所不詳の謎術式に引きずられて現出しちまった」


 なんかとんでもない、ビッグビックリストーリーである。そもそも悪魔が実在したのもビックリだが。

 寝起きで頭が回ってせいかな、あんまり驚けないけど。もしくは、心の中では願いが叶うよう結構本気で祈ってたのかも。


 「まァだから、貴様に呼ばれた私はちょっくら電子の大海でこの国の基幹データベースとやらに侵入して戸籍を作ってこの部屋に出てきたんだ。

 というわけで、さっさと学校行くぞ。朝飯は作ってあるから食え」


 「え、ほんと!? 可愛い子の手料理!? 

信じられないことしかさっきから起きてないし多分これ夢だな、夢なら最大限楽しもっと!!

 ありがとうそしていただきます」


 良い人だった、本当にキッチン前のテーブルには白米に味噌汁、焼き鮭の朝ご飯が用意されていた。

 誰かの作ってくれた朝食を食べるという久しぶりの経験に、涙が出てしまう。とっても美味しい。

 良く判らない状況だけど幸せだ。朝起きたら好みの美少女悪魔っ娘が手料理を用意してくれてましたなんて夢、なかなか味わえないだろうからな。

 きっとこのご飯を食べ終わったら覚めてしまうのだろう……


 「ごちそうさまでした、美味しかった……ありがとうこれで成仏できる」


 「何馬鹿なこと言ってんだ、さっさと学校行くぞ」


 ……あれ、覚めなかった。まさか、本当に現実なのか!?


 「寝ぼけてんの? ほら、現実だ。

 あ、制服ならアイロンかけて置いといたぞ」


 「ひゃっ!?」


 むにゅーっ、と柔らかな指が僕の頬をつまんで結構強く引っ張ってくる。

 目の隈が目立つものの、綺麗なラインでやや上がった目尻に長いまつげを揺らし綺麗なサファイアの瞳がこちらに近づく。ふわっと漂う良い香り。

 非リアぼっちの健全な男子高校生としては非常に心臓に悪い。だが、感触がある……

 

―どうやら、本当に僕は悪魔召喚を成功させてしまったらしい。


 目をこすりながら洗面台に立ち、鏡に向かう。久しぶりに人(?)の優しさに触れた眠そうな僕の目尻は、少し泣いて赤くなっていた。

 そして頭上には物理法則を無視したかのように寝癖が飛び出し、口元にはヨダレの垂れた跡があり、僕の様相はおおよそ貴婦人に見せられない有様となっていた……


 「はずかしっ!?」


 「あーもう、こっちこい」


 ひょこっと顔を出したザーニャちゃんに風呂場へ連行される。


 「おわわ、えっ!? 風呂!?」


 「ほら行くぞ、目つぶれ」


 ジャーッ、暖かくなるのを待ってシャワーが僕の頭に降り注ぐ。あれ、いつの間にかパジャマ脱がされてパンツ一丁!?


 「ひゃっ、あっ、そこ気持ちいい……」


 「気持ちの悪い声を出すな、大人しくしてろ」


 わしゃわしゃわしゃ、雑そうだが繊細な手つきで僕の頭が洗われる。信じられないくらい気持ちいい。


 「う、うぐっ……うっううっ……」


 「だー、また泣いて……そんなに寂しかったか」


 また泣いてしまった。あまりにも優しさが身に沁みる。

 しかし、そこで僕は気付いてしまった。彼女は、……悪魔だったよな。

 タオルで頭を拭いてもらいなすがままになりながら僕は聞かずにはいられなかった。


 「どうして、そんなに優しいの」


 呆れたような溜め息の間があった後、答えが返ってくる。


 「はぁ……もう忘れたのか、それとも眠くて夢うつつだったのか? 召喚儀式の時、あんなに言ってたじゃないか。

 『悪魔っ娘様、僕の愛は全て捧げますから愛を下さい』ってな。

 その契約に則り、私は代償としてマサルの愛を受けて愛を授ける」


 だから、そう言って彼女は続けた。


 「マサルは私に愛される代わりに、私を愛さなければならない。私は悪魔だぞ?

 これはれっきとした契約だ。だから、これからマサルは悪魔の呪いにより、恋人が出来た場合は契約違反として死ぬ」


 ……え?


 「つまり、マサルが浮気したら私が貴様の首を刎ねると言っている。よろしくな、マイダーリン(ちゅっ)」


 そう言って彼女、大悪魔ラ・ザーニャは、

にやっと悪く笑い、僕に下手なウィンクと投げキッスを寄越した。

 悪戯を成功させた小悪魔みたいに、天真爛漫な表情で。


 ―あぁ、なんて悪魔だろう。完全に心を奪われちまったじゃないか……

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