第23話 ガス抜き担当の恭弥様
あれから奏と入れ違いに風呂に入り終わった後、大の字でベッドに寝転がる。
もうそろそろ冬になるということもあり「そろそろ布団を出そうか」と考えながらも、俺の頭の中には綾瀬の言葉が渦巻いていた。
「いや、だからと言ってどうしろと...........」
顔を顰めて真っ暗なスマホ画面を眺め、数秒唸る。
けれどそんな俺を鼻で笑う男の顔がなんとなく浮かび上がってきて、俺は不意に画面を何回か操作した。
プルルル、と部屋に呼び出し音が響く。
「11時...........出るかな」
電話をかけたのは自分だが、正直出てくれないほうが親友としては安心する。
そんな俺の想いを裏切るように、コール音はわずか数回で止まった。
『...........瑞稀?』
「恭弥...........」
「いやなにがあったんだよその声」
よほど疲れた声をしていたのか、高校の体育祭で200mを3回連続で走らされた俺をゲラゲラ笑っていた親友が心配そうな声を出す。
それに適当な返事を返しながら、俺はいつの間にか起こしていた体をもう一度ベッドに沈ませた。
「いやー..........久しぶりに親友の声が聞きたくなって」
『気色悪いこと言うな。それについ最近会ったばかりだろ』
ド正論を返され、俺は同意を返しながら長く息を吐く。
それにスマホ越しに首を傾げた気配を感じて、俺は考えながら言葉を選ぶ。
「あー、恭弥って、すごい焦っている時ってどうしてる?」
そう口に出しながら、自分が感じていたこの気持ちは『焦り』だったのか、と僅かに驚く。
けれどそれと同時に「深夜に電話をかけてまで聞くことじゃないだろ」と脳内の自分が鋭い突っ込みを入れて、俺は慌てて口を開いた。
「あっ、いや、こういうどうでもいいことだからっ、まっ、1回切るっ」
『まーまー、俺はいいから』
いつもより少しゆっくりで穏やかな恭弥の声が聞こえる。
何のために親友がいると思ってんだよ、と返された恭弥の返事に、なぜか少し泣きそうになった。
「少なくともこんなどうでもいいことで夜に電話を掛けられるためじゃないと思うんだ、俺...........」
『違いない。だが、『どうでもいい』ことかどうかは俺が決めるがな』
くくっ、と微かに笑った恭弥は、出会った時から何も変わっていないように思える。
けれどそこには確かに『大人』の落ち着きと気遣いが――――それは昔から軽そうに見えて人を大切にする親友にはもともとあったものだけれど――――確かに存在していて、俺は震える声を誤魔化すように声を張り上げた。
「男前っすね、恭弥さん...........」
「そら昔からモテるもんでね」
「男前すぎて惚れそうですよ」
「惚れられるのは日和で十分だな」
ぽんぽんとテンポよく交わされていく会話に、気分が落ち着いていくのが分かる。
最初よりも少し空気が緩んだのがわかったのか、しばらくしてから恭弥がこちらを少し気遣いながらも声を上げた。
「で? そんな俺に片想い中の瑞稀君はどうしたのかね?」
「俺が片想いしてるのは奏だけどな」
「お前は結婚してもまだそんなことを言う」
大きくため息をついた恭弥に、そういえばと本日の出来事を話す。
まあ要は「当て馬が出てきた。けれど結局奏がめちゃくちゃかわいかった」を連呼する俺に、逆にどこか疲れたような恭弥の声が聞こえた。
『それの何が問題なんだよ。瑞稀はそんなことをされて嫌だったのか?』
「は? 好きだが」
『食い気味に言うじゃん…………』
じゃあ何に焦ってるんだよ、という恭弥の声が聞こえる。
『何に』と言われると途端にどこかに行ってしまいそうな思考をなんとかフル回転させながら、俺は一つずつ言葉を選びながら声を発した。
「何がって言われると、よくわかないけど。...........ただ、奏がどっかに行ってしまいそうで」
『はあ? それだけ仲いいアピールしてそんなこと言うのかよお前。どこにその柊? くんに奏をとられる要素があるんだよ』
疑問を前面に押し出した恭弥が、そのままそれを俺にぶつける。
どう考えても奏は、と不自然に言葉を切った恭弥は、数秒黙り込んだのちにもう一度声を上げた。
『瑞稀。お前はいったい何に焦ってるんだ?』
「俺はただ、奏がどっかに行ってしまいそうで」
『なんでどっかに行ってしまいそうなんだよ』
「...........それは」
どこかで何かが、引っかかる。
けれどそれを言葉に出して伝えることはできなくて、開きかけた口を閉じた。
「...........ごめん。やっぱなんでもない。どうでもいいことだ」
『お前なあ』
呆れ、というよりもどこか起こった様子の恭弥の声色に、少し肩を揺らす。
それを察したのかわからないけれど、それから少しだけ声のトーンを落とした恭弥は、どこか言い聞かせるようにもう一度俺に声をかけた。
『最初に言った通り、『どうでもいい』を決めるのはお前じゃない』
「うん」
『んで、俺はそんな風に悩むお前を『どうでもいい』とは思わない』
「...........うん」
本当に自分にはもったいない友人に恵まれた、と思う。
いつだってどんなことも真摯に受け止めてくれるこの親友がいるのは、きっと前世の俺がいいことをしたのだろう。
「お前が人への思いやりがあるってことは俺が一番知ってる。そのうえで電話をかけてきたんだ、親友としてはそれに全力で答えるのが筋ってもんだろ?」
「...........ありがとう」
電話をかけてからだいぶ時間がたっている。
そろそろ日付が変わりかけている時刻になっても急かすことなく付き合ってくれる親友に何か言いたいはずなのに、やはり言葉は出てこない。
ずっと口を開いては閉じることを繰り返した後、俺は何故かスマホがカメラモードになっていることに気づいた。
「え、なんで」
『瑞稀。...........お前は何が怖いんだ?』
「は」
怖い? 焦るとかそういうのではなく、俺は何を怖がっている?
頭の中で、怖いものを思い浮かべてみる。
お化け、母、綺麗な笑顔を浮かべる妻や親友。
(ああ、俺はきっと)
「怖いんだ、ずっと。自分だけ立ち止まっていることが」
眼鏡をかけた目元をふっと緩めた恭弥が視界に入る。
それだけでどこか安心しながらも、俺は息を小さく吸った。
「十二年間、ずっと待ってもらってた。けど、その十二年間の間、奏には俺の知らない関係がある」
『そうだな』
「別に、それを壊したいとか、そういうんじゃないんだけど」
かつて彼女は「将来が怖い」と言って、そしてその言葉をきっかけにこの約束を結んだ。
けれどその『将来』が訪れた今―—――彼女に俺は必要ないのではないか、彼女は俺から離れてしまうのではないかと思ってしまう。
――――それこそ、彼女には彼女を恋慕う後輩だっている。
それこそ彼なら好きな人のことを十二年間も待たせず、めいいっぱい大切にして、彼女を幸せにするだろう。
「―—――十二年間、俺は奏を待たせたんだ、恭弥。十二年あれば、...........俺の約束なんてなければ、きっとあいつは他の人と幸せになれたんだ」
『そうだよ。確かにお前は奏を十二年間待たせた。それは、これからも奏に謝らないといけないことだろうな』
けど、お前の考えることは違う。と親友は言い切る。
ならどうすればいいのだと考えていたのが顔に出ていたのだろうか、少しだけ呆れて笑ったような恭弥が見えた。
『けどその待ってくれた人に対する贖罪は、『これからもずっと一緒にいる』でいいんじゃないか?』
その言葉に、ハッと目を見開く。
それから少しだけ真面目な顔をした恭弥は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
『十二年だ。十二年、お前は奏を待たせた。だったらこの先、十二年でも三十年でも、ずっと奏の傍にいるのがお前がするべきことだろ』
やっぱり、こいつは本当に俺にはもったいない親友だ。
この親友が昔から異性にも、そして同性にも人気があるのは、顔だけだと妬む人も一部いたけれど――――ひとえに彼の人柄ゆえだろう。
先ほど彼は俺に対して『思いやりがある』と言ったけれど、―—――それは、本来なら彼に向けるべき言葉だ。
「ありがとう、恭弥」
『はいはい。またこうやってため込む前に、ガス抜き担当の恭弥様に相談するように』
「ガス抜き担当って...........」
名前がダセえ、と思わず顔を顰めた俺に、そいつは昔と変わらない笑みでげらげらと笑う。
そこに今も昔も変わらないものがあると安心しながら、ふっと方の力を抜いた。
「じゃあいつか、嫌いって言われた言葉も覆るかな...........」
「は? おい待て、お前そんなこと言われたのかよ」
「じゃあな恭弥、俺は寝る」
「待て待て待て待て、それなら話は別で、」
ぐっ、とベッドの上で軽く伸びをする。
置いてある金属の機械から聞こえる聞きなれた声をスルーしながら、俺は適当に転がっていた毛布を頭ら被った。
『てかそうい..........ば、けっ...........きとかは...........』
「すまん恭弥、明日頼む..........」
襲い掛かる睡魔に抵抗することができず、もはや途切れ途切れにしか聞こえない恭弥の声におざなりな返事を返す。
隣にあるスマホから何か質問されているのは分かったが、これ以上俺は意識を起こすことができず、ゆっくり瞼を閉じた。
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今日夜更かしして頑張って完結までストックを作る予定です。
あとまだ返せていないけどコメントでなんか同じ名前のキャラ? がいるらしく。でも本当に何も考えてなかったです。
私の作品を何個か見てる人は何となくお気づきかもしれませんが、主人公の苗字には「天」を入れるようにしてるぐらいが私のこだわりです。あと名前は基本青色のイメージです。瑞稀はエメラルドグリーンぐらい。
最近はろふまおの「Bring it on」という曲にはまってます。今日はその曲聞きながら夜にストック書いていきたいです。
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