第15話 女子会〈奏〉
まさかの第二ラウンド突入に、瑞稀が眩暈に当てられている頃から。
――――時は、恭也と日和の酔いがさめ、日和が奏の部屋に行ったところまで遡る。
「はああああああああ!? あのバカ、ヘタレだチキンだとは思っていたけど、12年間あってないのに出合い頭にいきなりプロポーズしたの!?」
「う、うん」
そう言った中学校からの親友の折原日和が怒り狂うのを見て、もはや自分の怒りがそれに飲み込まれながらも、私――――日野................じゃなかった、天都奏は小さくうなずいた。
自分が一番怒っていると思っていたけれど、どうやら親友の怒りはその比ではなかったらしい。
怒り心頭というように拳を振り上げる日和は、ごくごくと手に持っていたビールを飲み干すと、「カンッ!」という勢いのいい音とともにそれを机に力強く置いた。
それをどこか呆然として眺めていると、日和が二缶目を開けているのが見える。
それに少し心配になって「ちょっと今日はペース速くない?」と声を上げると、彼女はふんっと鼻息荒くしながら口を開いた。
「こんなの呑まなきゃやってられないわよ! 今夜は女子会だよ! 女子会! 土壇場報告は奏にしてはおかしいから事情あると思ってたけど、まあその事情が事情でむかつくのできっちり全部話してもらうから!」
「わ、わかった」
瑞稀は後で絞める、ととてもいい笑顔で言い放った日和は少し怖いけれど、親友と久しぶりに会うのは素直に嬉しい。
まあ、久しぶりとは言っても、流石に瑞稀ほどじゃないけれど。
「まあ、大方話はさっき聞いたけど。でも私、話聞いててちょっとわかんないことがあって」
「うん?」
ビールなどのアルコールにはなかなか弱いということは自分でもわかっているので、ノンアルコールビールをちびちびと口に運ぶ。
そんな私を軽くなでてから、日和は小さく首を傾げた。
「30歳の誕生日になって、約束があるからって言ってもいきなりプロポーズできる人間が、なんでここまで片思い拗らせてるの?」
「日和? 片思い拗らせてるのは私の方だよ」
「ああそうだったこいつら両片思いだった」
どこか遠い目でそう呟いた日和は、ふっと何かをあきらめたように笑う。
それに今度は私が首を傾げると、彼女は「何でもない!」と言って快活に笑った。
「んー................これは、答えなくなかったら答えなくてもいいんだけど」
「うん。日和の聞いたことが私にこたえられるなら何でも答えるよ」
「それはそれでどうなの................。えっと、聞きたいことはさ。奏はなんでプロポーズされてもなお、自分が瑞稀に好かれていないって思ってるの?」
「................好かれてない、とは思ってないけど」
そこまで言ってから、心配そうにこちらを見る親友に「人類として、多少好感度がある方ではあると思う」と言葉を返す。
人類、となぜか呟いて不可解そうな顔をした日和に、私は再び言葉をつないだ。
「実際、幼馴染としていい関係が築けていなかったら、いくら高校生だとしても「結婚しよう」とは言えないと思うし」
「そうだね」
「ただ................私は、瑞稀に嫌われてたから」
大嫌いって、言われたの、と笑うと、日和は絶句する。
「あの奏大好きLOVEな瑞稀が................?」と相変わらず時々わけのわからないことを呟いた彼女は、私の肩を掴んで引き寄せた。
「ねえそれ、聞き間違いとかじゃなくて? 大好きを大嫌いって聞き間違えたとかではなく?」
「やだな、日和。流石に私はそんなこと聞き間違えないよ」
「いやでも君達天然記念物の鈍感系主人公だから、今更それでしたとか言われても違和感ないというかなんというか」
「日和?」
「とにかく! 瑞稀が奏を嫌いなんてありえないと思うけどね」
「うんそうだよ、もう多分今は嫌いじゃないと思う」
私がそう言うと、日和は首を捻る。
「――――だから、だからこそ私は、瑞稀の事が『好き』ってバレちゃいけないの」
(だって彼は私に................と言ったのだから)
心の裡でそう言葉を続け、そっと目を伏せる。
流石にここまでは話さなくてもいいだろう、と自己判断で決めたけれど、目の前の親友は小さく小刻みに震えていた。
「ひ、日和?」
「................なんて」
「日和。日和さーん」
「................なんて邪悪な人間だ、天都瑞稀................」
「え」
まるで地の底から這い出たような言葉に、今度は私が絶句する。
いつもはそのきれいな顔に浮かんでいる快活な笑顔は鳴りを潜め、そこにはただ冷酷な笑顔で笑う――――酔っ払いがいた。
「日和、ひよりっ!?」
「行くよ、奏! いざ出陣じゃあ!!」
「いやどこに!? というか何をしに!?」
「決まってるでしょ」
いつの間にか二本目のビールの缶すら空にして、三本目のビールを手に取った彼女は不敵に笑う。
ああ、嫌な予感がするな、と思いながら、私はいつだってその予感が当たるのは、中高の六年間で身をもって知っていた。
「もやもやしてることは本人に聞くしかない! それが夫婦の義務でしょ!」
はんっ、とどこか決め顔でそう言った日和はどこまでもまっすぐで、見ているこちらがまぶしくなってくる。
ああ、この子に惹かれる恭也の気持ちがよくわかる。
「瑞稀! 覚悟なさい!」
まあ、惚れるほど美人だろうが男前だが優しかろうが、「面倒な事柄を引き起こす存在」という事実は変わりようがないのだけれど。
――――第二ラウンドの悲劇が始まるまで、あと30秒。
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