人身御供5人か6人-5
同時刻、グンタマ県の山中では……。
「雲行きが怪しくなってきましたね、大尉」
穴だらけ、草だらけの荒れた坂道を上りながら、野戦服の隊員は言った。
山岳帽子の隙間からジワリと汗をにじませ、ズレたサングラスを指で押し上げる。
近ごろは何かにつけて「季節外れ」が枕につくような、おかしな日が突然やって来ることが多かった。
ある時は真冬だというのにバカ陽気。
ある時は真夏だというのにクソ寒い。
今日もそうだ。春を目前にして、真夏のような強い日差しが降り注いできたと思えば、短時間でどんよりと厚い雲が空を覆い尽くす。
「……うん。雨が降るかもな、ノヤ軍曹」
などと、上官のセンバ大尉が返してきた。
陽に焼けた角ばった顔には野武士の如き口ひげを生やし、トレードマークの赤いスカーフを、しっかり首に巻いていた。
ノヤはズレたサングラスをまた指で押し上げつつ、「あの。自分が言いたいのは」と、遠慮がちに言葉を続ける。
「この状況が、という意味でして。確かにこのクソ……失礼、この奇妙奇天烈な天気も怪しいといえば怪しいのですが」
「ははは。そう真面目に返すな、俺も同じ気分だぞ。ただの輸送任務、終わればさっさと麓の町で酒と女でどんちゃん騒ぎしていた筈だったのに。よもや、よもやだ!」
磊落に笑って軽快に斜面を登るセンバ。防衛隊のノヤ軍曹は山岳帽子を取ると、わしゃわしゃ角刈り頭をかいた。
「大尉。どうしてそんな悠長に構えていられるんです。いまの状況を、お忘れで?」
ピタリ。ちょうど斜面の終わりに差し替かった所でセンバの足が止まる。
「忘れるわけなかろう。むしろこんな状況だからこそ、冗談の二つや三つ、言っておかなければ気が保たん」
センバは鋭い目で眼下を睨んだ。
そこは山奥の牧場であった。本来であれば、柵の内側は背の低い草原で覆われており、牛たちがのんびりと食む光景が見られた筈だ。
本来であれば、だ。
「目視でざっと、直径20
ノヤはサングラスの奥で目を細めた。
眼下に広がるのは牧草地ではなく巨大な穴。緑豊かな牧草地など影も形もない。壊れた柵の内側だけがぽっかりと陥没し、消え失せてしまっていた。
「牧場主の話では、大きな地揺れと同時に地面が陥没したとか。それと……」
ノヤは一瞬躊躇った後、
「大きな獣のような声もしたとか」と、厳かに言う。
センバは穴を睨み下ろしたまま黙る。
沈黙に顔を曇らせるノヤが耐えきれず、また口を開こうとしたのと同時に、センバが口火を切った。
「覚えているか。
……昨年のことだ。皇都の下町を流れる魑魅川流域で水難事故が多発した。その犯人は人間ではなく、摩訶不思議な巨大生物であった。
当時、センバの部隊は巨大生物の駆除任務にあたっていた。しかし、最新の兵器群を持ってしても件の巨大生物には全く歯が立たず、苦い敗北を味わったのである。
「忘れる筈ないでしょう。酷い目にあった訳ですから……まさか大尉?」
センバはこわい顔をしたまま答えない。だが、ノヤは直ぐに察した。上官の考えを。
「今回もアレの類いの仕業と?」
「出来の悪い空想小説の世界に迷い込んだようだな」
皮肉を交えて答えたセンバだったが、直ぐに疲労に満ちたため息をついた。
「いまは目の前の任務に集中しよう、軍曹。我々の任務は輸送だ。彼らを目的地に運び、結論を出させる。先ずはそこからだ」
センバは後ろを振り返る。揃いの青い作業着を着た男たちの集団が、ゼエゼエ息を切らしながら登ってきていた。
彼らは国の気象業務を担う、中央気象局の職員たちだ。
「お、置いていくなんて、ひひ、ひどいじゃあ、ないですかあ。そ、遭難でもしたら、ど、どうしてくれるんです」
ふるふる震えながら抗議する職員。この男が調査チームのまとめ役、ナンヨウ課長。まるで地震で揺れているようなくらい、体を震わせる癖があった。
「いや、失礼。ほらあの、真下のアレ。アレについて話し合っている内に、つい熱が入ったようで」
センバは陥没穴を指差す。
「こんな状況です。一度、状況を整理しましょう。まず事の発端は3日前」
センバが口火を切った。
「まず、ここから西の湖沼地帯で最初の地震が発生、地面が陥没する被害が出た。続けて間隔を置かずに第二波、場所は30キロ南の地点。そして今度は二時間後、40キロ先の田畑……そこからはひっきりなしに続いている」
「そそ、そうです。そのいずれもが、そもそも、じ、地震が起こる可能性が、極めて低いと、土地、でした」
「しかも、その不可解な地震の震源地とやらは絶えず移動し続けている。まるで意思を持っているように」
ノヤはやれやれとかぶりを振る。
「ますます出来の悪い空想小説だ」
「課長。実を言いますとね」
センバは、ものは試しと自身の推論を口にしてみた。当然のことながら、ナンヨウ以下、気象局の面々は怪訝な顔をしだした。
「き、局所的な地震を引き起こすほどの、お、大きな生き物。あま、あまりにも非現実的、です。し、しかし」
言葉を続けるナンヨウ。
「こ、こうして、非現実的な事態にな、なっている。可能性の一つとして、かん、考えても良いかと」
(割と柔軟な男だな)
センバは心の内で感心する。そしてナンヨウは背のうから地図を取り出し、皆の前に広げた。
「だだ、だとすれば、いい、生き物だと、すれば。じ、地面を掘って、す、進んでいるはず。ああ、そ、そうか。これまでの震源地は、どれも地盤の柔らかい地域ばかり」
終始どもり続けていたナンヨウの言葉が、急に滑らかになりだした。困惑するセンバたちに気象局の職員がそっと耳打ちをする。
「課長は集中しだすとかえって話せるようになるんです。ほら、体の震えも止まっているでしょう?」
確かに。センバはじっと固まり、地図に集中するナンヨウを見やった。そのナンヨウがやがて顔をあげた。
「次の震源地ですが、おおよその方角くらいなら絞ることはできるかもしれません。この牧場は三方の土地が特に地盤が硬い。ですが唯一、東側の丘陵地……この真下には地下水が流れていて、これまでの発生条件に近い……いわゆる地盤の『ゆるい』土地なんです。地震の発生源は、東側からこの地に入り、また次の場所へと移動したと、仮定することができるかと」
「東側って……」
ノヤが反射的に東の方角を向き、他の面々は地図へ目を落とす。
彼らがいるのは、行政区分の上ではグンタマ県
「ノヤ、無線連絡だ。フタラミヤに協力を仰ぐ」
フタラミヤはトチノキ県の県庁所在地であり、防衛隊の部隊が駐屯していた。
指示を受けて即座に坂を駆け降りるノヤ。センバはナンヨウに尋ねた。
「ナンヨウ課長。先ほどの推論をもとに、トチノキ県内のどこで次の地震が発生する可能性があるか、候補を絞ることはできますか?」
「や、やって……みます」
ナンヨウがまたプルプル震え出す。どうやら集中が途切れたようだ。
……
その頃。
「しばらくはこいつで連絡を取り合うことになるだろう。限られた時、人目を盗んで使うからね、定期通信の間隔は長くなる。万が一、何かあった時の合図は……」
マキナは古びた腕時計を口元まで近づけて、ボソボソと話す。その脇からは一本の黒い線が、彼女の耳にはめたイヤホンまで伸びていた。
父、サエグス・セイタロウの率いたZ機関が戦時中に研究していた小型通信機。それを更に改良したものである。音質も感度も申し分なし。惜しむらくは、使うたびにわざわざイヤホンを時計の中から引っ張り出して、耳にはめなければならない点があることだろうか。
〈……ええ、合言葉は承知いたしました。あと、事後報告になり恐縮ですが、最悪の事態に備えてゴウライオーを送り出せるよう、手筈は済んでおります〉
通信相手はサエグス家の執事、フルミだ。
「ありがとう、最悪の事態にならないよう善処するよ。それで頼んでいた調べ物の進捗はどうかな?」
〈ヨルナラ村のニジミ家については方々の資料を可能な限り遡ってみました。ニジミ家の現当主、モレ蔵には二度の結婚歴がありました。最初の妻は村の外から嫁いできた娘で戦時中に労咳で病没。それから戦後に後妻を娶ったようですが、こちらとは昨年の春に離婚しておりますな〉
「離婚?」
〈ええ。その後妻は、先妻との間に生まれた子ども達を全員連れて、まるで逃げるように、突然家を飛び出したとかで。裏取りにメイド長を派遣しております〉
「彼女と連絡がつくなら、このホテルに寄って貰うように指示を出してほしい。何かあった時の……」
〈連絡要員ですな。ご安心を、既に申し伝えております。時にお嬢様〉
「なんだい?」
〈此度は何やら嫌な予感が致します。根拠はないのですが、虫のしらせ、というものでしょうか。くれぐれもご用心を〉
「ふむん? ありがとう、気をつけておく」
フルミとの通信を切り上げたマキナが腕時計を弄る。イヤホンがシュルシュルと音を立てて、時計の中へ巻き戻されていった。
「ふむん?」
不意に後ろを振り返る。
(気のせいか? 微かに気配を感じたが?)
マキナは小部屋の方々を見回した。
彼女がいるのは霞岳の麓にあるホテル。使われていない離れの空き部屋にこっそり忍び込み、無線通信を行っていた。
扉はぴったりと閉めて、誰にも気づかれないように用心は払っていたはずだった。
(気のせいであって欲しいものだ)
マキナはやおら立ち上がり、部屋を後にした。
……さて、部屋を出て本館へと戻っていくマキナの後ろ姿を、物陰から覗く一人の男。
彼は陰の中で腕を組み、思案していた。
(やはり若くてもサエグスの一員、か)
男は保険調査員ニワサメ・ジョーの仮面を取り、鋭い眼差しを作る。
タキ・ハヤト。内務局公安部の捜査官、それが男の正体だった。
これまでに何度も謎多き変人一族と関わってきた捜査官は、彼らに対する大いなる不審を抱いていた。
古くから続く謎多き一族、サエグス。特にその現当主セイタロウは、元陸軍の技術将校で、秘密兵器開発に従事した第26號機関室……またの名を「Z機関」の親玉だった男だ。
公的な発表では否定されているが、あの男こそ、旧アキヅ陸軍で表沙汰にできない兵器開発を指揮していた張本人である。
名家の看板を振り回して軍隊にあるまじき自分勝手を貫いた触れ得ざる者。軍の解体、公職追放、軍事裁判の追及さえも躱し、新設された防衛隊の技術開発の責任者におさまった……妖のような男だ。
そのような男に、公安のタキは不気味さを覚えていた。
妖怪が果たして戦後の皇都で大人しくしているものか、と。
まるでカストリの三文記者のような、砂の塊によって組み上げられた憶測の塊。しかし、それを補強するように、大騒動の渦中に現れる一人の若娘がいた。
サエグス・マキナ。
これまでに何度も、タキはマキナとの偶然の遭遇の繰り返してきた。こうなってしまうと、たとえ憶測や妄想であっても、確かめずにはいられない。
だから今回は、嫌々と渋るフリをしながらついて来たのである。
(お前たちが何者なのか、調べなければならない。悪く思うな、それが仕事だ)
公安局のタキは影の中に消えていった。
……
……1時間後。三人は麓の村で古ぼけた三輪トラックを借り、ヨルナラ村を目指して走っていた。
険しい山道を登るなか、舵輪を握るマキナは隙間から入り込んでくる臭いに顔をしかめていた。
「なんだい、なんだい。山を登っている間からからずっと酸っぱい臭いがしていると思っていたが、臭いが酷くなりだしたぞ?」
不快そうに言いながら、バックミラー越しに荷台のニワサメを睨む。
「保険屋くぅん。まさか君、何日も風呂に入っていない、とかじゃないだろうねえ?」
「馬鹿言うな!」
と、ムキになって言い返す荷台のニワサメ。
「風呂なら毎日入っている。と言うかだな、外の俺の方が、ずっと臭いに苦しんでいるんだぞ!」
「そうですよ、お嬢様。コレは体臭というより、何というか食べ物が腐っているような」
助手席のシキが着物の袖で鼻を覆いながら言う。
「この臭い……どこから?」
マキナはキョロキョロ、舵輪を握りながら目だけを動かす。その一瞬の不注意が発見を遅らせた。
「あ」
気づいた時には遅かった。
彼女の視界に飛び込んできたのは、畦道の死角から弧を描いて飛んでくる小さな祠。
避けられない。
祠はオート三輪の助手席側の窓に激突。慌てて舵輪を切ったせいで三輪車は道脇の用水路に頭から突っ込んだ。
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