怪盗貴族参上!-8


「またテメエか黒焦げ野郎。毎度、毎度オレ様の前に出てきては邪魔をしやがって。いい加減にウゼェんだよおぉ!」

 ドクター・バイスは目の前に突如現れたくろがね鬼に対して怒鳴った。アキヅに来てからというもの、このくろがね鬼に二度も煮湯を飲まされているのだ。


「今度こそスクラップにしてやらあ!」

 ドクター・バイスはβダーゴンの速度を一段階上げた。若干空回りしながらも履帯が高速回転を始めて機体を前に押し出す。

 くろがね鬼……もとい、ゴウライオーは腰を低くして両腕を広げる。


 両機が真正面からぶつかり合った。

「フムン……」

 両機は力を込めて押し返そうと試みる。一進一退の押し合い。その最中にサエグス家の地下秘密基地から執事のフルミが通信を送ってきた。

〈お嬢様。面妖すぎて気づくのに遅くなりましたが、これは〉

「ダーゴンだ、ドクター・バイスの人形重機。あの三下悪党、まさか怪盗貴族の使い走りをしていたとは」

 取っ組みあいながら、マキナは不適な微笑みを作って応答する。彼女は過去に戦った魚顔の人形重機ダーゴンを、覚えていた。


「ふむん。このゴウライオーとがっぷり四つで組みあう。この間より馬力が上がっているな」

〈感心している場合では有りませんぞ、お嬢様。おそらく戦い方も変わっているはず、妙な動きにご注意を〉

 などと言っているそばから、βダーゴンの両手のドリルが高速回転を始める。


 機体を左右に振るβダーゴン。回転するドリルがゴウライオーの両肩にぶつかり、眩い火花を散らす。

 操縦席まで届いた衝撃にマキナは一瞬だけ眉をひそめる。更にβダーゴンは半歩退き、左右のドリルを交互に突き出して攻撃してくる。


 それらは悉くゴウライオーの巨腕によって阻まれて不発に終わる。被害が無いのにもかかわらず、マキナはふと抱いた違和感にますます顔をしかめた。

「前に戦った時より素早い。機動力まで上がった?」

 攻撃の合間を縫うように右フック。するとどうだ、前回のダーゴンであれば易々と胴体を捉えることができたであろう一撃が外れた。

 半歩横へ動いて間合いの外へ逃れたのだ。


「ちがう。こちらの動きに対する反応速度が上がっているんだ。まるで直に見ているように。まさか……有人操縦!?」

 マキナはモニタに見えるβダーゴンのサメ頭を睨む。正確には、その頭部カメラを通して見ているであろうドクター・バイスを。


「直に乗り込んで動かすなんざ時代遅れで癪だがよォ。まさか、こんなに上手くハマるとは思わなかったぜ。テメエをぶっ潰すには、おあつらえ向きのようだなあ、黒焦げ野郎!」

 上機嫌にドリル攻撃を繰り出すドクター・バイス。破壊されたダーゴンを改修する際、彼は操縦方式を有人式に切り替えていた。


 部品調達の都合で操縦席を組み直したのだが、これが予想に反して良い方向に転がった。状況判断から直接機体を操作、そして実行。無線操縦ではどうしても生じてしまう空白が短縮できたのだ。

 加えてフレームの段階から再設計を行い、素材から装甲配置まで、全てを大幅に変更する事で機動性の底上げにも成功していた。

「お姫ちゃんの秘密口座の金に騎士団の金と部品在庫、贅沢に贅沢をつぎ込んだβダーゴンに死角はねぇんだよお!」


〈はぁっー!? それは初耳でしてよ、おじ様ぁ!? ワタクシの通帳からァッ……幾ら抜きやがったんですのよオォッ!?〉

 怪盗貴族がビックリするのも無視して、バイスは左手を操縦桿から腰元のレバーへと移した。「食いやがれやアアァ!」


 レバーのスイッチを押すと、βダーゴンのサメ口が開放されて、火球が吐き出された。

「おっと」マキナはゴウライオーの上体をのけぞらせる。同時に足を動かして立ち位置をずらして、直進してきた火球から逃れた。


 回避に成功したゴウライオーは前に踏み込み、無手のβダーゴンへ鉄拳を見舞う。

 人間でいう所の鳩尾に一打を食らったβダーゴン。機体が宙を舞うほど後ろに吹き飛ばされた。だが、ドクター・バイスは取り乱さない。

 背部の砲弾型ロケットが点火、橙色の火柱を噴射しながら、二十数メートル級の巨体を空に浮かす。


「その鈍臭い図体でついて来れるかあ?」

 下品極まる野獣の笑みを浮かべてバイスはゴウライオーを見下ろした。

 βダーゴンは両脚を折り畳むと、そのまま上空へ飛翔していく。

「ずいぶん芸達者じゃあないか」

 マキナも口の端をつり上げて、不敵な笑みを作ってみせる。そしてβダーゴンを追うために、自らもゴウライオーの飛行装置を起動させた。


 ……


 空の彼方へ飛び去る二機をシマ・シキは美術館の一室で見守っていた。

 ノブスマ警部たちは避難誘導につきっきりで、人のない館内は静まり返っていた。


(お嬢様なら大丈夫……ですよね? いつものように勝ってくださる筈。だからあたしも信じないと)

 手を握り合わせて祈っていると、不意に背後の気配を感じ取った。振り返ると彼女が仕えるサエグス家の主人、セイタロウが部屋に入ってくる所だった。


 防衛隊の将校服ではなく、黒革のジャケットに綿のズボン、ブーツという普段着に身を包んだセイタロウは、シキに安堵の微笑を向けた。

「無事で何よりだ、シキちゃん」

「旦那様。ご指示とおり、美術館で待っていましたけど、これからどうなさるおつもりで?」

「無論、怪盗貴族に会いに行く。賊は一連の混乱を利用して、手薄になった美術館から絵を盗み出すつもりなんだから」

 セイタロウは腕時計に目を落とす。


 予告された時間まで二分をきっている。だというのに、彼は至って平然としていた。その訳を尋こうとした次の瞬間、天井の電灯が消えた。シキは慌てて出入り口から顔を出す。廊下も無人のエントランスも、すべて停電していた。

「ふむん。いよいよという訳か。では行こうか、シキちゃん」


 ……畔の貴婦人が置かれている展示室もまた、停電によって室内が薄暗くなってしまった。

 警備を受け持つ四人の機動隊員うちの一人が、咄嗟に懐中電灯を灯して絵の無事を確かめる。

 畔の貴婦人は白布に包まれた状態でイーゼルに立てかけてあった。


「まだ絵はここにある。何も問題はない」

「だがこの停電はなんだ?」

「落ち着け。持ち場から一歩も離れなければ問題ない」

 そう言って隊長は盾を持ったまま正面の出入口を睨んだ。扉の内側に机や椅子を積み上げてバリケードを組み、入らないよう厳重に閉じてある。展示室の出入り口は一つだけ。窓はなく、天井の空気供給管も人が出入りできるほどの広さはない。


 つまり外部からの侵入は実質不可なのだ。機動隊員たちは壁の時計を見やる。

 残り40秒……堂々と犯行を予告したのだ。これから何か仕掛けてくる。彼らは固唾をのみ、警棒や盾を手に身構えた。


 不意に隊員がボソリと声をあげた。

「臭わないか?」その一言で隊員たちが鼻をひくつかせ始める。

 彼らの鼻腔に入り込んできたのは腐った玉ねぎのような刺激臭。咄嗟に隊長が天井の通風口を見上げた。


「ガスだ。奴らガスを流してきたぞ!」

 瞬く間に全員の顔が青くなる。ガスの正体は不明だが、この密閉された部屋に閉じこもっていては危険だ。

「出入口を開けろ!」


 隊長を含む四人の機動隊員達は守っていた畔の貴婦人に背を向け、大急ぎでバリケードを崩し始める。彼らの意識が出入り口へ向けられるなか、天井の通風口から、一筋の液体が滴り落ちてきた。


 無色透明だが僅かにトロリと粘性を持った液体は、真下のカーペットに落ちて小さな水たまりを作り出した。

 そして水たまりは瞬く間に中心へ集束、小さな球体へと形を変えていく。

 球体は落ちてくる液体を浴びながら、みるみる内に体積を増やし、静かに大きくなっていく。


 ようやく機動隊員たちが異変に気づいて振り返る頃には、五人目の隊員が立っていた。

「ごきげんよう」

 五人目が顔を上げる。その顔は蠱惑的な微笑を浮かべるナイアス・セリアンス、怪盗貴族その人であった。


 隊長が指示を出そうとするより先に、怪盗貴族が動く。

 目にも止まらぬ速さで隊長に鋭い横蹴りをくらわせた。黒い革長靴が鳩尾に埋まり、隊長は開け広げた口から「ごっ!?」という苦しげな声をあげる。


 隊長はそのまま後方のバリケードに激突し、その衝撃でバリケードが音を立てて崩れた。

 残りの三人の隊員たちが三方から一斉に飛びかかる。


 彼らの手が五人目に掛かる寸前、怪盗貴族の体は突如液体と化し、床に溢れてしまう。

「え!?」

 仰天する隊員たちは勢いそのまま、お互いに鉄帽を被った頭から衝突。バタリと顔面から床に落ちていった。


「……お可愛い方々ですこと」

 声を発した液体が集束、再び人の形を作り出す。透明だった液体に複雑な色がつき、のっぺらぼうの頭部にナイアスの顔が浮かぶ。

 出動服を着た元の姿に戻るまでに掛かった時間は二秒も掛かっていない。


 怪盗貴族が指を鳴らすと、バリケードの破られた扉を開けて、三人の警官たちが入ってきた。その装いは気絶した機動隊員と同じである。


「腕っぷしも良いとはな、流石は怪盗貴族」

 隊員に扮した悪徳刑事がニヤリと笑う。

「それにドクターの仕掛けも上手く動いた。ガスの臭いだけを作る小型精製機。ここまで上手くいきすぎると、却って末恐ろしい」

 などと言い合いながら、盗賊達は絵の前に立った。悪徳刑事が布を剥がすと、そこにあったのは間違いなく『畔の貴婦人』であった。


「針が正午を回った。予告どおり、オレたちは絵を手に入れた!」と、手下の一人が誇らしげに言う。他の悪徳警官たちも嬉しそうに笑い合う。

 その一方、怪盗貴族は、絵を間近で見ようと顔を近づけた……次の瞬間!


 バシャリと絵の後ろで眩い閃光が迸ったかと思うと、中央から小さな火が現れた。火は瞬く間に表面を焼き焦がしながら広がっていく。


 狼狽える手下たちを尻目に、怪盗貴族はひったくった白布で、火を叩いて消しにいく。

 顔からは血の気が引き、勝利に酔いしれていた不遜な表情も崩れていた。

「そんな……そんな! やめて、やめてよおォ!」

 懸命に火を消していると、後ろから鋭い声が掛かった。


「そこまでだ!」


 賊たちが振り返ると警棒や盾を携えた機動隊員たちが展示室内に突入してきていた。

「どうして。警備の警官たちは外に……」

「追い出した、だろう。怪盗貴族くん?」

 そう言って隊員たちの後ろから声をかけて来たのは、サエグス・セイタロウである。


「マグネシウム粉末と酸化剤を用いた発火装置だ。驚いたかね?」

 セイタロウは悪戯に成功した子どものように、切長の目を輝かせた。


「知りませんよ、こんな事しちゃって……」

 その様を傍らに控えるシキがため息混じりに見やる。

 更にトレンチコートや背広を着た男たちが部屋に入ってきた。彼らを見た悪徳刑事たちの顔色が悪化する。

「監察だと!?」

「公安の見知った顔もいやがる。畜生。張っていたのか、俺たちを!」


「報酬に目が眩んで肝心の警戒がおざなりになっていたようだな。普段の貴様らなら直ぐに気付けただろうに」

 丸縁眼鏡を掛けた監察官が軽く手を挙げるや、機動隊員たちが怪盗貴族たちの周りを素早く取り囲んだ。


 怪盗貴族は包囲の外で状況を見守るセイタロウを睨み返す。

「貴様あ! 絵を燃やしたな!?」

「浪漫に欠く方法は不本意なんだがね……しかし、負けるのはもっと不本意なのだよ、怪盗貴族くん」

 セイタロウは不敵に微笑んでみせる。

 シキは困り眉で、

「だからって何億もする絵を迷いなく燃やしちゃうなんて。バチが当たりますよ、旦那さま?」と、不安そうに言う。


「そうだ! 呪われてしまえ、この野蛮人!」

 怪盗貴族が鬼の形相で罵る。そして吠え狂いながら突進してきた。

「殺す! 殺してやるうぅ!」

 手前の機動隊員を踏み台にして高々と跳躍。迷うことなくセイタロウに襲いかかった。


 セイタロウはその場から一歩も動くことなく、頭上から迫る怪盗貴族を真っ直ぐ見返す。その両者の間に割って入る大柄な影。

「破ァッ!」

 上空から降ってくる怪盗貴族に、シキは後ろ回し蹴りで応戦。

 洋靴の踵が怪盗貴族の脇腹を捉えた。

 直後、シキは目の前を開け広げて驚愕。

 怪盗貴族の体が瞬時に透明の液体と化し、横へ飛んでいってしまったのだ。


「何だあ!?」

「人間が水になったぞ!」


 機動隊員たちが一気にざわつき、狼狽える。その動揺を脱出の好機と見た悪徳刑事たちが、出入口を目指して駆け出した。

「こうなりゃ無理やりにでも突破するぞ!」

「捕えろ」監察官の号令のもと、機動隊員と公安部の捜査員達が一味に殺到。大乱闘の幕が切って落とされた。


「おっと。荒事は専門外」

 セイタロウは踵を返してそそくさと撤退。廊下に出るや、焦げた絵を抱えて駆け去る機動隊員の背中が見えた。

「ふむん。さっきのは演技か。それにしては怒り方が迫真というか……」

「待てえ!」

 セイタロウの横をシキが暴風をまとって通り過ぎる。そして怪盗貴族を追いかけて、あっという間に廊下の奥へ消えていった。

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