怪盗貴族参上!-7
犯行予告時刻まであと20分。
皇都駅の裏口側、
そんな場所に怪盗貴族の指令を受けた悪徳刑事がいた。彼は覆面車両の運転席に座り、反対車線で待機中の白バイ警官を盗み見ていた。
腕時計に目をやる。予定時刻三分前。悪徳刑事は長丈コートの襟を上げて車を降りた。そして渋滞する車道を横断して白バイへ近づく。
「ちょいと良いか。
「はあ。なんでしょう?」白バイ隊員がサングラスの奥で怪訝な目をした。
「向こうのビル陰でガキどもがたむろしてる。どうやら『あんぱん』やってるらしい。すまんが、奴らのガラを抑えるのに力を貸してくれ」
近ごろ皇都都内の非行少年達の間ではシンナー、いわゆる塗料用有機溶剤を蒸気化させて吸引する『あんぱん』が流行り始めていた。気化した有機溶剤を吸って飲酒による酩酊を味わい、多幸感に浸ろうというのだ。
この『あんぱん』はやがて青少年達の危ない遊びとして全国に広まり、大きな社会問題となっていくのだが、それはまた別の話……。
「まったく、これだから戦争を知らねえガキ共は。どいつもこいつも腑抜けやがって」
悪徳刑事はぶつくさ文句を言いながら、白バイ隊員を連れて来た道を引き返す。
そっと後ろを見ると予定通り、金を握らせたチンピラが白バイに細工して、刑事に向かってこっそり合図してきた。
(十秒前……八、七、六)
頭の中でカウントダウン、そして……。
「伏せろ!」と、白バイ隊員の背中を押して自らも地面に伏せる。次の瞬間、白バイがオレンジ色の炎を上げて爆ぜた。
「ば、爆弾!?」白いバイ隊員が真っ青な顔をあげる。悪徳刑事は近くの民間人に「警察だ、そのまま頭を低くして何も触るな!」と、叫びながら自身の覆面車に飛び込む。車載無線機のマイクを引っ掴み、込み上げてくる笑いを抑えながら、それでも必死な風を装って通信を入れた。
「小白3号から本部に緊急連絡! 三重洲区内の沿道で爆発、白バイが爆破された。繰返す、白バイが爆破された!」
我ながら迫真の演技だと感心しながら、助手席の足元に仕込んだ紐を引っ張る。すると、車体の下から「カチカチカチ」と、時計の針を刻むような音が聞こえ出した。
「こっちにも仕掛けられている。全員離れろ、爆発するぞお!」
無線機のマイクを放り投げるや、近くの民間人達を次々と突き飛ばすように遠ざけていく。面倒なお遊戯だが、雇い主が人死にを出すなと厳命しているのだ。従うほかない。
まもなく大勢の人々が遠巻きに見守る中、彼の覆面車からも炎が噴き上がった。
……
〈至急、至急。本庁より各局。三重洲区内で爆発物による事件発生、車両火災が発生中〉
〈整理番号xxx、『白バイと自動車が同時に爆発した』との通報あり。場所は三重洲区×丁目××町○番地。当該地域に近い移動は速やかに転進されたし〉
〈整理番号xyy、白川町皇都第二銀行前で不審物発見の通報あり。至急確認を求む〉
〈整理番号xyz、『中石川公園内で発砲音のようなものを聞いた』と通報。先の事案との関連は不明。担当管区は確認をお願いしたい〉
美術館会議室に設置された通信機がひっきりなしに鳴り響く。いずれも治安警察の中央司令室から発令される通信音声。
都内各所でほぼ同時に、事件の通報が大量に上がってきたのだ。
「ノブスマ警部。これは、これは一体!?」
青ざめた顔の刑事がノブスマを見やる。ノブスマは岩のような顔をより硬くさせて、拳をわなわな握りしめる。
見え透いた陽動。各所で騒ぎを起こして、美術館の警備を手薄にさせる怪盗貴族の作戦。苦労して都内からかき集めた所轄の警官たちを、一気に分散させようというのだ。
絵を守る為には応援を出さず、ここから一歩も動いてはならない。しかし……。
「警部。ご指示を!」
部下の声にノブスマは我に返る。
どんなに分かりやすい罠だとしても、警察は動かなければならない。仮にどれか一つが、無関係の本物の事件の可能性もあるのだ!
ノブスマはくるりと振り返り、岩顔を険しくさせた。
「通報のあった管区の警官を優先的に向かわせろ。残った者たちでここの警備を再編成する」
号令直後、館内が慌ただしくなった。現場へ急行する為パトカーへ走る者、館内警備の持ち場を切り替える者、遠方から予備の人員を集めようと通信機に飛びつく者……犯行予告時刻が迫るなか、彼らは職務を果たそうとする。
その様子を陰でほくそ笑む怪盗貴族。警官に扮し、既に侵入に成功していた怪盗は、予定通りの結果に満足していた。
(折角のお祭りですのよ。賑わいを絶やしては興醒めですわ)
怪盗貴族はポケットに忍ばせた送信機のスイッチを押した。
……犯行予告時刻まで残り九分。
サーカス団「旭一座」の座長は、白粉を塗りたくった丸顔を真っ青にさせて、オロオロ狼狽えていた。
「やはり見つからんのかね、エリスは?」
座長の周りには、沈んだ顔を揃えて佇む座員達の姿があった。
「ダメです。公園の中を隅々まで探したんですが、ちっとも見つけられません」
「一緒にいたアメリクス人の男も、どっか行ったみたいで。警察にも声を掛けたんですが、事件があったとかでちっとも取り合ってくれなくて」
サーカスのテント内に重苦しい空気が立ち込める。座長は頭に被ったカツラをわしゃわしゃかきながら、忙しなく「どうしよう、どうしよう」と呻いた。
「開演まで時間がないってのに、あの子を目当てに通ってくるお客もいるんだよお」
その時である。彼らの頭上を、耳を覆いたくなる轟音が通過していった。一瞬遅れて、サーカスのテントが激しく揺れて、幌がバタバタ音を立てる。一同が慌てて外へ出ると、公園内にいた人々が、揃って同じ方角を見上げていた。
「空を見ろ!」
誰かの声につられて座長も視線を向ける。
「なんだアレは?」
人々の視線の先、白い雲に覆われた昼の空に、黒い影が浮かんでいた。翼を広げて尖った頭部で風を切る黒い影。人々は口々に、
「鳥だ!」
「飛行機だ!」と、声をあげる。
「いや、違う。アレは……」
黒い影はぐんぐんと高度を下げて公園へと降りてくる。一本角を生やした魚を思わせる頭部、羽付きの砲弾型ロケットを背負った鈍色の胴体、そしてドリル付きの両手に重量感溢れる太い両脚。頭の先から足先に至るまで、全身が金属で構成された機械仕掛けの巨人。
「人形重機だ!?」
人々の叫びが悲鳴に変わるなか、二足歩行型作業機械、またの名を人形重機が公園の敷地内に着陸した。
「ダアァッハハハアァ! 行くぜぇオレ様の最新作
胴体背部寄りに設けられた操縦席で、ドクター・バイスは高らかに吠えた。正面モニタが目標である西洋美術館を映し出すや、両脇に備え付けられていた操縦桿を握りこむ。
「まずはコイツからだ。派手に吹き飛びなあぁ!」
βダーゴンの両手ドリルが開いて、三枚の羽が表れる。そしてドリルが高速回転を始めて竜巻を生み出す。
凄まじい勢いで突風が吹き荒び、地上の人々を襲う。その多くが風の壁にぶつかって後方へゴロゴロ転がっていき、サーカス団のテントや警ら車両までもが吹き飛ばされていった。
負けじと拳銃を撃つ警官もいたが、38口径の弾丸程度では、鋼鉄製の体に傷一つつけられない。
〈おじ様。派手にやって下さっているようですが、くれぐれも、お約束は守って下さいまし〉
怪盗貴族から嗜めの通信が入る。ドクター・バイスは舌打ちをしながらも「こまけぇお姫さんだぜ」と不機嫌に答えた。
「これでも出力は最低まで落としてある。テメエに言われたとおり死人は出さねえ。それで良いんだろう?」
〈ええ。おじ様ならきっと期待通りの成果をあげて下さると信じておりますから。後でまたお会い致しましょう〉
通信が切れると、バイスは油で固めたオールバックに櫛を入れて整えた。
「麗しのお姫さんに『信じてます』なんて言われちゃあ……しょうがねえなぁ!」
突風攻撃を中断し、足底に仕込まれた履帯を機動させる。砂塵をあげてβダーゴンは美術館を目指して前進を始めた。
「一方的な痛さと怖さ、味わえってんだよオォッ!」
……
「今度は人形重機の襲撃だと!?」
窓に張り付いたノブスマ警部は外の光景に驚愕した。犯行予告目前で現れた所属不明の巨大人形重機は、逃げ惑う市民達を横目にこちらへ接近して来る。
「まさか。強引に美術館を壊して絵を盗むつもりじゃあないよな?」
刑事の誰かがボソリと呟く。美術品専門の賊が、そのような強硬手段をとるなどあり得ない。
先ほどまで大掛かりな陽動をして、また更に……というのは、ダメ押しにも程がある。
「今度は脅しか!」
怪盗貴族の意図に気付いたノブスマ警部は歯軋りした。
彼の視線の先には人形重機から逃げ惑う市民達の姿があった。外にいた警官達が避難誘導を試みているが、見るからに人手が足りていない。残っている館内の警備も総動員しなければならないのは一目瞭然である。
ノブスマは悔しさのあまり壁を殴る。怪盗貴族は選択を迫っているのだ。
人命か、絵か、守るものを一つ選べと。
「展示室の機動隊員のみを残し、あとの全員で市民を公園外に避難させる!」
ノブスマは低い声を喉奥から絞り出す。そして、警官に変装している怪盗貴族は悔しさのあまり顔を赤くするノブスマを間近で見物していた。
(人命尊重を重んじる警察であるからこそ動かざるを得ないのです。貴方がたが立派な公務員で居てくれて、とても感謝いたします)
やがて怪盗貴族は、動き出した警官隊に紛れて会議室を後にした。
(ですがどうかご安心を。観客の方々の命、決して奪うような真似は致しません。それが怪盗貴族の、私めの流儀にございます)
一方、公園内では逃げる人々とは反対に、βダーゴンに向かって走る人物がいた。
男装の麗人にしてサエグス家の末娘、マキナである。
彼女は腕時計の仕掛けを起動させると、自らの半身を呼び出した。
「来い。ゴウライオー!」
彼女の呼び声と共に公園の地面が激しく揺れ出す。文字通り、立っているのもやっとという横揺れに、避難する市民も警官たちも動きを止める。
そして彼らの眼前で大地に穴が空き、白い蒸気が間欠泉の如く噴き出した。
「まさか」
美術館前で指揮をとっていたノブスマ警部が目をひん剥いた。
白い蒸気の中から黒い巨腕が二本飛び出て蒸気の壁を左右に切り割く。
露わになったのは赤黒い鋼鉄の巨人だった。
二本角を生やしたドクロの顔に、鬼の口を模した赤い面頬。全身をくまなく覆うのは無骨かつ堅牢な赤黒い装甲で、ゴツゴツした太い四肢は物々しい機械仕掛け。
「くろがね鬼だあ!」
人々を驚嘆たらしめた巨人は、皇都で自警活動を繰り返している謎の人形重機、その名も……くろがね鬼。
しかしその正体を知る者たちはこう呼ぶ。
ゴウライオー。
操縦席に飛び乗ったマキナは慣れた手つきで起動手順をこなす。そしてくろがねの巨人はすぐさま臨戦態勢に入った。
「ゴウライオー。推して参る!」
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