シリコンSOS-6


 

「アレかい。さっきからずっと、こっちを見張っている連中ってのは」

 マダム・ヒバリは串焼き屋台の裏から、こっそり裏通りを覗き見た。


 道路を挟んだ向かい側、錆びた荒屋の物陰に、一台のセダンが隠れるように停まっていた。車内には鳥打ち帽を被った男が二、三人乗っており、いずれも屋台街をじっと見つめていた。


「ボーイのお兄さんたちが言うには、表で開かれている露店の列に四人、他にもさっきから周りをグルグル回って彷徨いているのが二人も居るそうです」

 オトギは不安げな面持ちで説明する。雨雀のボーイ達が不審な集団を見かけた為、マダムに指示を仰ぎにきたのだ。


「見た感じ、アタシらと同じアキヅ人のようだけれど。ねえ、マダム。最近どっかのチンピラといざこざ起こしたりした?」

 リサが尋ねると、マダムは首を左右に振った。

「あったけど、それはもう終わった話。それ以外では何にもないね。それこそリサの方じゃないの、用が有るのは」

 などと言い返して、火のついていないタバコでリサを指す。


「リーメス騎士団ですか?」

 物憂げに言うシキ。


「とっ捕まえてやれば正体も分かるわ」

「とっつか……雨雀の周りで面倒を起こすのはご勘弁頂きたいのですが」

『ヤタノ財団理事長が風俗街で乱闘』

 そのような新聞記事を想像して、シキは困惑混じりにたしなめる。

「今さら遅いのよ。この子、とっくに二人転がしてるんだわさ」

 ヒバリの一言にシキはガクリと項垂れた。


「やむを得ませんね」

 もはや諦めの境地に達したのか、浮かない顔で自ら着物にたすき掛けをした。

「うんうん。食後の運動には手頃な人数だし、パパッと片付けちゃいましょう」

 リサがシキに顔を向ける。美しき顔に浮かべる不遜不敵かつ余裕に満ちた微笑は、やはり娘のマキナとそっくりだった。


 ……しばらく後。

 突如、屋台街の中から喧しい騒音が聞こえ出してきた。車で監視をしていた鳥打帽の三人組は思わず顔を見合わせる。

 ドラムや複数の管楽器、それに中低音の声で歌われる異国の歌詞。どうやらバンド演奏をしているようなのだが、三人組にとってその音色は耳慣れない……というより、酷い言い方をするなら「バカ騒ぎ」のような出来であった。


「酔っ払いの軍艦マーチの方がよっぽどマシだ」

 目元に古傷のある男が苦々しくぼやいていると、周辺を見張っていた同志が車に駆け寄ってきた。


「何なんだ、この耳障りな音楽は!?」

 古傷の男が音楽に負けじと大声で尋ねる。

「そ、それがですね分隊長。屋台街の中で急に演奏が始まって……」

 狼狽気味に同志が報告している後ろを、きゃあきゃあ黄色い声をあげながら、屋台街へと入っていく若い女たちが通り過ぎていく。

「ご覧のとおり、野次馬どもが屋台街の中に殺到して、監視どころではありません」


「サエグス・リサはまだ中なのか?」

 分隊長と呼ばれた古傷の男は危惧していた。この混乱を利用して、サエグス・リサが脱出を図るのではないかと。

「お、おそらくは」

 分隊長は舌打ちをすると、車から降りた。

「一等兵、お前は裏門の同志たちと合流しろ。残りは俺と表門から突入。サエグス・リサを見つけ次第、裏に追い立てる……作戦開始!」


 やがて分隊長に率いられた集団は、露店を横切り表門から屋台街へと足を踏み入れる。

 お天道様が顔を出している時刻だというのに、屋台街は縁日のように大勢の人々で賑わっている。特に中心部に設けられた仮説ステージ周辺は、見渡せども見渡せども、人間の壁で埋め尽くされている。

 そしてステージの上では、洒落たモーニングを着込んだ男たちで構成されたバンドが、例の喧しい演奏を奏でていた。


 迂回路を探す分隊長であったが、ものの一瞬で周囲を聴衆たちに囲まれて身動きを封じられてしまう。更には部下達の姿まで雑踏の中に消えて見えなくなる始末。

「何なのだ、これは……」

「教えてやろうか?」

 分隊長の独り言に応える女の声。はっとして振り向くと、浴衣姿の女が笑って立っていた。


 サエグス・リサ。


「あ」声をあげようとした分隊長の鳩尾に、リサの拳がめり込む。分隊長はぐりんと白目を向き、体をくの字に折り曲げる。

「アドリブだよ」

 リサは気絶させた分隊長を足元に転がすと、そのまま雑踏の中を潜って歩き出した。


「奥様。こちらも片付きました」

 人垣をかき分けてシキも合流してきた。

「この人たちの持ち物、見ましたか?」

 シキは奪った手帳をリサに差し出す。

 黒革の表紙には金色の蓮花紋章、そし「皇都治安警察」という金色の文字。


「警察手帳です。やはり奥様の勘が正しかったのでしょうか」

「そうね。最初の奴らも保護しに来たって感じに見えなかったし、アタシの動きは警察の協力者を通じて騎士団に流れていたのね」

 話をしていると雨雀の眼帯用心棒も合流してきた。


「まずいですぜ、お二人さん。見た事ある面だと思ったら、コイツら所轄のデカたちだ。身柄はこっちで預かりますから早く脱出を」

 眼帯の用心棒は聴衆に紛れ込ませた仲間たちに、合図を出した。雨雀のボーイや女中達も乗り込んできた追っ手たちを囲んで孤立させ、各個撃破したのである。


「ありがとさん。マダムには後で礼を言いに顔を出すと伝えて頂戴」

 リサはウインクをして別れを告げると、シキを伴って正門を目指した。


「それにしても流石はマダムね。短時間でバンドを呼んで、生演奏の支度まですべて整えちゃうなんて」

 勝ち誇ったような満面の笑みでリサは言う。反面、彼女に付いて歩くシキは、少々不安げな面持ちでいた。

「こんなにスンナリ上手く行くなんて。油断は禁物ですよ、奥様。相手は警察まで味方につけているんですから」

「んもう、シキちゃんったら心配性ね。あの程度の奴らだった、それだけのことよ」

 相変わらずリサの勝ち誇った笑みはマキナとそっくりだった。故にシキはどれだけ宥められても不安を拭えないのである。

(だってお嬢様が余裕ぶっている時は決まって……)

 などと考えている間に二人は正門を通過し、門の前で開かれる露店市へ。


 その時、長裾の外套に中折れ帽子を被った十数人規模の男たちが、二人の前に立ちはだかった。彼らの纏わせる剣呑な空気に、露店市はたちまち静まり返り、近くに居た者達がいそいそと距離を取り始めた。


「あらあら。お友達がこんなにたくさん」

「お嬢様といい、奥様といい。どうしてこんなにも似てしまうのかしら……」

 シキがこめかみを指で抑える。

 娘のマキナは、ここぞという時に油断しては失敗する。その悪癖はどうやら母親譲りのようだ。


 シキはこっそり身八つ口に指を入れると、着物の裏に貼り付けた小さな装置のスイッチを押した。

(ごめんなさい、お嬢様。あたし一人では手に負えそうにありません)


 一方のリサは、周りを取り囲んだ男たちを、挑むような目つきで見回した。

「良かった、よかった。アレで終わりなのかと思って退屈してたのよお」

 パキリ、ポキリと拳を鳴らしながら、リサは先頭に立つ小柄な男へと歩み寄る。彼女の不敵な笑みには殺気が宿っているというのに、相対する男は平然としていた。


 ……というより、丸メガネを掛けた色白の丸顔に、ニヤニヤと意地の悪い笑みを貼り付けて、リサが近づいて来るのを待ちわびている風だった。


「そんじゃあ、先ずは景気付けにいっぱ……」

 プスリ。

「……つ?」

 リサはキョトンとした顔で首筋に手を当てた。


 羽付の針が首に刺さっていたのだ。リサが横を見やると、小さな拳銃に似た器具を持った男が立っていた。

 麻酔弾を打ち込まれたと、意識を失って倒れ込んだ彼女は、果たして理解できたであろうか。


「奥様!」

 慌てて駆け寄るシキ。膝をついて抱き起こしてみると、リサはぐうぐう眠ってしまっていた。

「心配するな、元から命を奪るつもりはない。だが、お嬢さん。君の振る舞い次第では、その保証もできんがね」

 丸メガネの奥で男は卑しい笑みを深める。シキは周り囲み、嘲笑する男たちを睨み返した。


 ……


「偶然というものは本当に面倒なものだ。一度重なり出すと、まるでドミノ倒しのように連鎖する。次から次へと際限なく」

 電車の長椅子に腰掛けていたマキナが、心底呆れたようにボヤきだした。


「差し出がましいようですが、まるっきり全てが悪いことばかりでは有りませんぞ、お嬢様」

 などと言葉を返すフルミは、揺れる電車の運転席に座り、慣れた様子でハンドルを握っていた。


「奥様の側にはシキ様が付いています。あの方に持たせた発信機が生きている限り、連れ去られた場所など簡単に割り出せます」

 フルミはライトに照らされた前方の線路をまっすぐ見ながら言葉を続けた。

「それにエニア様、ユニア様のお二人が発信機の信号を追って奪還に動いております。皆様がたのお力は、お嬢様が一番ご存じのはず」

 マキナも猛スピードで流れる真っ暗なトンネルの景色に目を向けて「逆転の余地は充分あるか」と呟いた。


「左様です。その為には、それぞれが手の届く範囲で出来ることに集中するのが良いかと」

「……ふむん」


 皇都の地下には、大界震の地殻変動によって崩壊した地下鉄線跡が存在する。その多くは復旧の目処が立たずに今もなお放置されていた。皇都の行政は地下鉄の完全修復は不可能であると断じると、一帯の路線全てを埋め立てた後、跡地の真上に、また新たな地下鉄を開通させた。


 ……放棄した筈の跡地を、サエグス家が無断で修復しているとも知らずに。

 サエグス家は秘密基地からマキナのD坂の事務所の間を結ぶ地下鉄を、密かに造り上げていた。

 その速度は民間の鉄道など優に及ばず、郊外の秘密基地まで、ほんの数分で到着してしまうのである。


 ……さて。ほんの数分という短い時間の中で、マキナは姉達から聞かされた話を振り返っていた。


 ……


(ミルヒーXが消えていたあ!?)

 事務所の書斎にマキナの素っ頓狂な声が響いた。

「正確に言えば」「当時の政府機関が」「場所を移した」「空襲が始まる前に」

 姉達は揃って目を細めると、険しい顔で言葉を続けた。

「ゲルマは終戦からずっと」「政治的混乱が続いている」「戦時中に消えた」「材料の追跡なんて」「後回し」「発覚したのは」「最近になってから」「騎士団の不正と一緒に」「痕跡を見つけた」

「まさか昨日の人形重機は」

 フルミは狼狽えながら三姉妹を見回す。


「戦時中にミルヒーXを使って造られていた試作機かな。そのリーメス騎士団とかいう連中がミルヒーX共々持ち出したんだ。ふむん、ますます親近感の湧く話しじゃあないか」

 マキナは困ったように頭をかいた。

「ですが何故、今になってミルヒーXで造られた人形重機を稼働させたのでしょうか?」

 フルミの疑問に、マキナは「あ」と、声をあげて目を大きくさせた。

「襲われた工場の中にシリコンの製造工場があったよね」

「ま、まさか!?」

 マキナの意図を察したフルミの瓜顔からも、一気に血の気が引いた。


(ミルヒーXはシリコンと似た性質を持つ。いわば同規格の競争相手。ということは、騎士団の狙いは……)


「お嬢様。まもなく到着いたします」

 運転席からフルミの声が飛んできた事で、マキナは我に返った。彼女は小さくかぶりを振り、口元に薄らと不敵な笑みを作った。

「ふむん。いまは目の前のことに集中しよう」

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