くろがねの鬼ゴウライオー

碓氷彩風

くろがね鬼

くろがね鬼-1


 近ごろ皇都おうとじゅうの町という町、道という道では、二人以上の人間が顔を合わせると、まるで天気の挨拶を交わすように「くろがね鬼」の噂をしていた。


 くろがね鬼というのは、近ごろ世間を騒がす謎の巨人のことである。


 曰く、くろがね鬼は二十メートルを優に超す巨大な体を持ち、真っ黒な肌は鋼のように硬いのだとか。

 曰く、くろがね鬼は常にむせ返る程の熱く濃い霧をまといながら、丑三つ時の闇夜を徘徊しているのだとか。

 曰く、くろがね鬼は獲物を見つけるや、まるで寺の大きな鐘楼同士を激しくぶつけたような、恐ろしい雄叫びを轟かせるのだとか。


 噂は人から人へ次々と渡っていき、最近ではある者は「朝焼けの空を飛んでいた」と声高に喧伝し、またある者は「大きな角から雷を出すのを見た」などと、真っ青な顔で語る始末。


 科学技術が目を見張る進歩を遂げる昨今だというのに。

 古より語り継がれてきた、狐狸妖怪こりようかいの類いが、眩い街灯に退けられて久しい時代だというのに。

 東の島国『アキヅ』の首都は、このような荒唐無稽極まる噂話でもちきりなのであった。


 ……


「壊せ、壊せ、どんどんやってしまえ。ブハハハッ!」

 草木も眠る丑三つ時。夜空の星が輝く陰で、わるの笑いがこだまする。


「ブハハハッ! 治安警察の奴らめ、遠慮は要らん。我ら黄巾族の恐ろしさをもっと味わうと良い……ブハハハッ!」

 男のよく通る声が、大銀行のロビィじゅうによく響く。手下達が窓に張り付き、短機関銃を撃ち続けているのだが、それらの喧騒より男の声は優っていた。

 彼らは『黄巾こうきん族』という、世界じゅうで悪事の限りを尽くした武装強盗団だ。

 黄巾の名のとおり、顔を覆い隠す覆面から首に巻いたマフラーまで黄色。その見た目は非常に分かりやすく、同時に彼らの犯行である事を広く世間に知らしめる要因にもなっていた。


 そんな黄巾族が今宵、皇都有数の大銀行を襲撃し、現在は駆けつけた治安警察との銃撃戦を繰り広げていた……。


「カシラぁ。コイツが最後でさあ。金庫の金は全て回収しやした」

 黄巾族首領のもとに、一人の手下が駆け足でやって来た。

「ご苦労。1号機は前進。金を積んだ2号機の先頭に立て」

 カシラと呼ばれた男が指示すると、ロビーの端に控えていた二つの大きな影が、くぐもった始動音をあげて動き出す。


「突破しろ。人形重機1号、2号!」

 合図に呼応するように、ヂーゼル発動機を唸らさせて、二つの影が鳥のような二本の脚で前進を始めた。

 徐々に速力を上げていき、赤煉瓦の厚い壁を粉々に破って屋外へ飛び出した。これには、銀行を包囲して応戦中だった治安警察の警官隊も、大いに狼狽えた。


 そして投光器を一斉に向けて正体を確認するや、警官隊の狼狽はより大きくなった。

「人形重機だ。黄巾族の奴ら、人形重機を持っているぞ!」

 灯りに晒されたのはブルドーザーの車体にカニのような鋏を備えた腕、そして逆関節の脚を生やした異形の乗り物。


 その名も人形重機。昨今、世界各国で急速に普及している、新時代の歩行型作業機械だ。

 黄巾族は密かに手に入れた二台の人形重機に装甲板を重ね合わせ、内一台には旧式の狙撃砲まで搭載していた。


「アニキ。いつでも撃てらあよ!」

 装甲板に囲われた乗員席で、強盗犯の下っ端が大声を張る。足元の発動機がとにかくうるさく、喉が枯れるほどまでに大声を出さなければ会話もままならぬのだ。


「おう、派手にぶっ放せ!」

 前席に座る兄貴分も大声で応える。排熱のせいで乗員席は蒸し風呂のように熱く、二人は覆面と黄色マフラー、そして黄色褌一丁姿となっていた。

 そして彼らが発射準備を進めているのは火力支援用の狙撃砲であった。


「発射!」

 一号機の肩に載せられた狙撃砲が火を吹く。

 旧式とはいえ口径37ミリの砲口から放たれた徹甲弾は、正門前を塞ぐ治安警察のパトカーを撃ち抜いて爆発四散させた。


 警官数名が爆風に吹き飛ばされ、破片が周囲に飛び散る中、カイゼル髭を生やした指揮官が怒鳴り声をあげる。

「あの人形重機を撃破しろお!」

「ダメです。弾が通りません!」

 白い鉄帽を被った若い隊員が半泣きになりながら言い返す。


 短機関銃などの重武装で身を固める黄巾族に対して、警官隊は拳銃や旧式ライフル、ガス弾発射機と圧倒的に火力不足だ。

 それに輪をかけて厄介なのが二台の人形重機。後付けとはいえ銃弾を弾く装甲に火砲……正にその姿は戦車であった。


「どわあ!?」

 そうこうしている内に、狙撃砲の第二射がすぐ近くで着弾。爆風で警官数人が吹き飛ばされた。

「救護班、負傷者を急ぎ後方へ連れていけ。動ける者は一歩も退くな! 警察のメンツに掛けて賊どもを……」

 指揮官の言葉が唐突に途切れた。言葉を発する事さえままならぬ激しい揺れが、前触れもなく起きたのだ。


 もはや足を踏ん張る事もできず、指揮官はパトカーの車体にしがみつき、他の警官達もよろめき転んでしまう。

 それは賊側も同じだった。突破口から脱出していた者達も突然の地揺れに耐えれず、転倒する者が相次いだ。


 揺れはますます強くなり、ついに警官隊と黄巾族との間に大きな陥没が生じた。

 落ちた者は居なかったが、代わりに地中からは真っ白な蒸気が噴き上がった。


 間近にいた者達があまりの熱さに悲鳴混じりに騒ぎ、方々へと逃げ惑う。そんな中、人形重機1号だけは踏み止まっていた。そして屋外に脱出していた首領もまた後退せず、急ぎ起き上がって機関銃を構えた。

「何だ。何が起きたってんだ!?」

 首領は近くに仲間を探すため辺りを見回すが、立ち込める蒸気が濃すぎる余り、殆ど何も見えない。もはや蒸気というより濃い白霧である。


 首領は腹を括った。今の状況はあまりにも危険だ、直ぐにでも離脱しなければならない。撤退命令を出そうと口を開いた、その時であった。


「ぎゃあああっ!?」

 悲鳴。それも聞き慣れた手下の声が、白霧の何処からか聞こえて来た。続けて轟く機関銃の連射音が一つ、二つ……否、四方から大量に。

「なんだよアレは!」

「何にも見え……」

「上だ、上に居るぞ」

「クソッタレ、この野郎!」

 仲間達が先に「何か」を見つけて、半狂乱に撃ちまくっている。


「落ち着け、テメエら。闇雲に撃つな、味方に当たるぞ」などと言っていると、首領の直ぐ後ろで、凄まじい破砕音が響いてきた。

 位置や方角で理解した。後ろにいたのは金庫の金を満載した人形重機2号。


 慌てて振り返った次の瞬間、彼の直ぐ目の前に、人形重機2号が上から降って落ちて来た。

 装甲で覆い尽くされたボディが、まるで丸めた紙のようにクシャクシャに歪み、四肢も折れ曲がっていた。


「お頭ぁ! た、助けてくれぇ!!」

「挟まっちまった、出られねえ」

 乗員席があった空間は屋根がペチャンコに潰れ、わずかな隙間から手下たちの悲鳴が漏れ聞こえてくる。


 首領は肩で喘ぐように息をしながら、辺りを忙しなく見回す。悲鳴に怒号、銃声……それに混じって聞こえてくる甲高い金属音。未だ見えない敵は鋼の装甲まで備えているのか?


 などと考えていると、ひと際大きな「ゴーン」という、硬いもの同士がぶつかり合う音が頭上から聞こえてきた。


「ちくしょう。こんちくしょう」

 首領が滝のような汗をかいて慄いていると、一号機が狙撃砲を乱射しながら、後退している所だった。

「くたばれ……このバケモノおおぉ!」

 尚も後ろへ下がりながら、狙撃砲を頭上に向けて撃ち続ける。

「どうしたんだ。向こうで何を見た」

 蒸気の霧の向こうにいる「何か」の姿を掴めない首領。狼狽混じりに1号機へ駆け寄ろうとした……その次の瞬間!


 號ッ!


 頭上から大きな雄叫びが轟いた。そして間髪入れずに、巨大な黒い手がぬうっと横から迫り来る。蒸気の壁を薙いで迫り来るその手は、大人さえ包み込める大きなもので、掌は光沢のない漆黒の鋼鉄で構成されていた。


 側面を掌で打たれた1号機は、ゴム球のように打ち飛ばされてしまう。重機でありなお且つ装甲もかさ増ししてあるというのに、鉄の体は真横へ軽々と飛んでいった。


「あ……ああっ!?」

 首領は目を見開いて立ち尽くす。彼は見てしまったのだ。

 黒い手が薙いでいった霧の切れ目、その向こうから睨んでくる、鬼火のような青白い双眸を。


 同じころ、蒸気の霧から逃れた警官隊もまた、唖然とした様子で見上げていた。


「化物だ」警官の一人が震え声を発した。

 霧の中で揺れ動く影を一目見ただけで、怪物が余りにも大き過ぎる事がよく分かった。

 背丈は周囲の高層ビルヂングにも勝るとも劣らない、推定でも二〇米以上はある。


 やがてパトカーの無線に通信が入った。

〈ヒノキ11号より移動、ヒノキ11号より移動。至急応答されたし〉

 ザリザリと乾いた通信音と共に、バタバタ忙しないロータ音が頭上を通り過ぎた。


 治安警察が保有するオートジャイロが三機、編隊を組んでやって来たのだ。

 オートジャイロは霧の横を通過、巻き起こった風が霧を吹き飛ばしていく。それから三機は散開するなり、搭載していた投光器で怪物を照らし始めた。

 たちまちの内に動揺の声が上がる。


「や、やつは……」

 指揮官もまたゴクリを息を呑んだ。


 怪物の正体は全身機械仕掛けの、巨大人形重機であった。


 ドクロを模した頭部には二本の角。口元は鬼の口を模した赤い面頬で覆い隠している。

 縦横共に厚みのある胴体は、赤と黒、二色の装甲を重ね合わせる事によって、無骨かつ堅牢そうな見た目となり、そこから巨木のように太い四肢がそれぞれ生えていた。


「くろがね鬼」

 警官の誰かが言葉を発した。

「アレが……くろがね鬼なのか」


 號ッ!!


 姿を晒したくろがね鬼は、大勢の人々に見上げられながら、一際大きな鬨の声をあげるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る