ジャガーと戦う
2024年2月4日。
立体駐車場に設置された監視カメラはずっと見ていた。
黒いジャガーノートの様子をずっと。
カメラの奥の人間には耐え難い状況だった。
しかし黒いジャガーノートには監視カメラなど知ったことでは無かった。
その身を全身赤く染め上げながら、ジャガーノートは自らの腹部を撫で回すようにして口元を拭った。
それはまるで自らの気持ちが晴れるような気持ちであった。
復讐を満たし、そして自らの欲を満たしたような幸福な感情。
そうか。これが父の言っていた幸せなのか。
そう満喫し、コンクリートの天井を見つめていた矢先だった。
「………随分派手にやってくれたじゃあないか。えぇ?」
声。女の声。人間の女の声。
黒いジャガーノートは声の先を見つめた。
そしてその赤い目を見開いた。
「まさかここまでやってくれるとは……さぞやいい気分だったろうねぇ」
そこには……金色の髪の女がいた。
そして金色の瞳をしていた。
黒コートを身に纏った女の姿……イブがそこにいた。
金色の瞳を怒りで迸らせたイブが……包帯のついた右手を握りしめていた。
「だから怪物ってのは嫌いなんだよ。そうやって情け容赦なく人の幸せってのを踏み躙っていく。なにより、なによりだ。あんたらはさ、一番弱い奴からやっちまうだろ?女なんてのはその典型だ。あんたら怪物は揃いも揃って女からやっちまう。屈強な奴じゃなくてか細い女からやっちまうんだ。私にはそれが気に食わないね……」
「オマエ…………」
黒いジャガーノートは正直、イブの言っていることが分からなかった。
だがわかることはただ一つ。
金色の髪の女が目の前にいること。
コンクリートの地面を赤く染め上げた、何かが足りないブロンド髪の女ではない。
こいつもまた復讐の相手だ。
そう短絡的に、黒いジャガーノートは決めつけた。
そして───吠えた。
「ーーーーーーー!」
それは人間が低い声で唸ったような獣の声。
だがコンクリートの建物には十分すぎるほど、鳴り響く。
「オマエ…………シヌ…………」
黒いジャガーノートは明確に殺意を伝えた。
「そうかい。私は死ぬのかい。いいさ、やってみろよ……やれるものならな」
イブは挑発した。
その口角をあげ、嘲笑するように。
「オマエ……シヌ……!」
黒いジャガーノートはそんな挑発に乗ってやった。
そして一歩踏み出して、跳んだ。
その爪先を向け、イブの心臓を目掛けて。
「バカな奴」
イブは鼻で笑い、羽織るだけのコートを脱いだ。
ひらり、まるでマントのように舞うコートにジャガーの爪先は虚しく当たる。
つまり……防がれた。
「!?」
黒いジャガーノートはコートに爪を引っかけられながら、一瞬で上半身をコートで覆われてしまう。
そのせいで赤い目はイブの姿を見ることは出来ないし、無理やり覆われたせいで関節にも感じたことがない痛みを感じてしまう。
「ーーー!?ーーー!?」
コートで分厚く覆われたせいで言葉を発することも難しく、叩き落とされてから地面でじたばたと動くしかなかった。
「いい気味だね」
だが声は聞こえる。
低い女の声が。
ミチミチ、ミチミチ、と何かが張り裂ける音が。
黒いジャガーノートには無論、見えていない。
イブの包帯が裂かれ、その黒い腕が徐々に大きくなっていることが。
狙いを定めるようにその黒い腕が一瞬、ジャガーノートの顔に位置する箇所に寸で止められたことが。
そして一瞬、瓦割りを果たす者のように力を込めたイブの姿が───。
「死ねよ」
それが黒いジャガーノートが聞いたイブの言葉。
そして自分の頭部が張り裂ける痛み、頭蓋骨が破られる痛み、目が飛び出すような痛み、身体中の体液が全て抜け出すような痛みをほんの一瞬……ほんの一瞬だけ認識してから。
まとわりついた黒いコートは赤く染め上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます