イブの激情に苛まれる日々、そして……

那埜

前提


 《前提》


・1897年5月……世界のどこかで人類史上初の血人種けつじんしゅが誕生。この血人種が自然発生したものか、はたまた作為的に発生したものなのか、詳細は不明。


 なお、血人種とは血液を主食とする人類と似て非なるものである。特殊な能力などは持ち合わせてはいないが、人類と同等高度な知能を宿している。姿形も人類と全く同じことを言及する。


 血人種本人は自らの存在が人類に露見した場合、混乱を招くとして身を潜める。だが吸血鬼特有の生き血を求める欲に抗うことは出来ずに、やがては闇に紛れ、当初は動物の生き血を、やがては人間の生き血を啜ることになる。


 これから血人種の数が長い年月を経て、ゆっくりと増殖していくことになる。


・1973年7月……人類に隠れながらも徐々に勢力を拡大していく血人種は大きく二つの派閥に分かれるようになる。一つは自らの家畜とするように人類の支配を訴える強硬派。もう一つは人類と共存し、生き血ではなくその他の血液で代用して生存していくことを訴える穏健派。


 そして、この年、この月。

 強硬派は遂に人類に対して戦争を仕掛けようと画策する。


 ……だが突如として現れた怪物に強硬派ほぼ全ての血人種は蹂躙された挙句、殺害される。

 その正体はいまだに分かってはいないが、生き残って穏健派に寝返った血人種からは『だった』と揶揄されている。

 

 この件で強硬派の勢いが弱まり、穏健派は遂に人類側に接触し、長い年月をかけて信頼を得ていくことになる。


 結果として、穏健派は一部を除いた人類にはその正体を隠しながら生きながらえることができた。そして


・1992年2月20日……


 それは未だに寒さが残る早朝のことだったと記録されている。


 舞台は日本某所。


 川も近い深い森の中に一つの研究施設が存在した。

 建てられて間も無いのか太陽の光で純白に輝く研究所は生き残った血人種の強硬派が建設した施設であり、いまだに人類の支配という野望を捨てずにいた。


 では、一体どのような研究をしているというのだろうか?


 その答えはいたって簡単だ。

 1973年……突如として強硬派の血人種の前に現れた金髪の不死者。その者さえ消し去ることができれば、人類の支配に手が届くというもの。

 その為にも強硬派の吸血鬼は自らの敵である怪物に対抗すべく、兵器を生み出そうとしていた。

 

 その兵器とは?


 それは何も人類が乗り込む戦闘機やら戦車でも、人類が手にとって戦うような銃でもない。


 ……怪物。


「ようやくだ……」


 研究所のとある一室。そこはモニタールームとなっており各部屋に取り付けた監視カメラの映像を全て見通すことができた。

 その一室で年老いた一人の血人種と、強硬派に賛同して前述の彼についてきた若い血人種は映像に映し出された怪物たちを目にしていた。


 部屋の中で叫びを上げる狼人間。

 部屋の手術台に横たわる、ツギハギだらけの人造人間。

 部屋の中で至る箇所に血液チューブを取り付けられた吸血鬼。


 そしてその他にも実に様々な怪物たちを、彼らは眺めていた。


「以前は戦争を前に邪魔が入ったが、今回こそは弱々しい人類はおろか……あの金髪の女でさえ……」


 年老いた血人種はまるで辛酸を舐めたような顔つきでそう呟く。

 この血人種というのは1973年の戦いから生き残った数少ない血人種だった。よって当時の記憶はいまだに残っている。

 ……なす術もなく殺されていった同胞たちの姿も、それを嘲り笑う金髪の不死者の姿も。


「負けるわけがありませんよ。この怪物たちがいれば」


 若い血人種は実に自信に満ちた堂々とした声を張り上げた。

 なにせ知らないのだ。あの金髪の不死者の恐ろしさを。

 何をしても死なない。そして圧倒的な力で全てを踏み躙るような金髪の不死者の力を。

 だから堂々としていられた。


「……あぁ、そうだな」


 しかし無知というものは幸せであるのかもしれない。

 1973年の惨劇を実感していなければ、どうとでも言えるのだから。

 若い血人種の言葉に同意し、年老いた血人種はいよいよ意を決したように告げた。


「今日をもって、この施設から全ての怪物を解き放つ。それが宣戦布告の合図だ。全ての怪物たちで抵抗する人類は抹殺し、そして服従する人類は我々が飼い慣らす……今日がその夜明けだ!」


 それは狭い部屋に響くほどの声だった。

 2月20日。いよいよ怪物たちが太陽の光を浴びようとした時だった。


 その狭い部屋の自動ドアが開かれると同時、からんからんと軽い音が床を叩いた。

 一体何事だと年老いた血人種が音の出た方を見やるとそこにはが落ちていた。

 そしてそれが何か……察した。


「───いかん!」


 年老いた血人種は声を上げた。


「え?」


 若い血人種はそれが何かも理解できなかった。

 無知ほど不幸なものはない。年老いた血人種は必死に若い血人種を庇おうとした。

 しかし……


 ───狭い部屋は突如、強烈な光によって支配された。


 血人種は吸血鬼というものと違って光はさほど敵ではない。

 されど部屋全体を覆う光というものは別であり、視界は遮られ、一瞬で何も見えなくなってしまう。

 

「大丈夫か!?」


 若い血人種を気遣うように年老いた血人種は叫んだ。

 

「は───」


 若い血人種が自分の身が無事であることを告げようとした。

 しかし、そう言い切る前に……銃声が鳴った。


 若い血人種の返事だと言わんばかりに、破裂音と、そして何か温かい液体が年老いた血人種の顔にべちゃりと吹きかかった。


「あぁ……」


 それで年老いた血人種は直感した。

 ……同胞がまた一人、この世を去ったことに。

 そしてまた、直感する。

 あの日もそうだった。

 人類を支配する為に同胞たちと意を決した夜。

 夜に煌めくように現れた金髪の不死者のことを。


 眩い閃光のせいで目が使いものにならなくても、分かる。


「……いるな、ここにいるな!」


 しかし、言葉は返ってこない。

 代わりに響いたのは……また、銃声。


 年老いた血人種は直感した。

 自らの頭部に走る想像を絶した痛み、それに連なる死の予感を。

 なにせ年老いた血人種の視界は一気に深い闇へと切り替わり、同時にその意識も無くなったのだから。


 ……最期まであの女に苦しめられるか。


 それが年老いた血人種が心で叫んだ断末魔の悲鳴だったが、血で染め上がった部屋に入り込む金髪の女には無論、聞こえるわけもなかった。

 黒いコートを着込んだ女は顔が無くなって倒れ込む二つの血人種を見つめた。


「…………笑っちゃうわね」


 そう嘲り笑うと、モニタールームの端末をかちゃかちゃと手慣れた様子で操作する。

 やがて操作を終えると、陽気に歌い始めた。


「かごめかごめ……」


 最もモニタールームで映し出される怪物たちの姿を女は見ることはなかった。

 ……部屋から続々と出ていく怪物たちの姿を。

 もっとも。

 彼女はこうなることを望んでいた。そしてそれが叶った。

 だからご機嫌な様子で歌い、そして黒いコートから球体上の物体を取り出してから安全ピンをご機嫌に外して部屋に放り投げると、陽気に部屋から出ていった。


 ───刹那。部屋に鳴り響く爆発音。そして破壊される機器の音。


 まるでそれさえもBGMにするように女は軽快に踊りながら歩き、再びコートから手榴弾を取り出した。


 その後───。


 かろうじてモニタールームにて生きていた液晶にはとある怪物が映し出されていた。


 それは狼男でも人造人間でも吸血鬼でもない。


 その怪物は


 ♢


・1992年2月20日……突如としてありとあらゆる怪物が日本某所で大量に出現する。原因は強硬派の血人種とされているが、その当事者たちは全て消息不明。その理由は2024年現在でも判明していない。


 しかし怪物たちが徐々に現代日本の表舞台に出現してきたことは明らかなことであり、このままでは怪物が世界を支配してしまうと一部の人類も、穏健派の血人種も一抹の不安を感じていた。


 ……しかし、この日。


 1973年7月と同様にが出現。


 怪物たちはその圧倒的な力に散り散りに逃れ、闇に紛れることになる。

 金髪の女も再び姿をくらませるかと思われたが「呂畑さんから怪物の裁定をするように言われちまったからね。私はしばらく留まるよ」と飄々とした態度で発言しており、日本に留まるものだと思われる。


 なお彼女が言及した呂畑……刑事課所属の警部補、呂畑ろはたヲルトの証言から、金髪の女の名前は《イブ》であるということが判明した。


 また、彼女とどこで遭遇したのか呂畑ヲルトに尋ねたところ「変な装置を適当に動かしたら出てきた」と支離滅裂な報告が返ってきた為、報告書の再度提出を求めている最中である。

 

 ……そして時は流れ───。

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