僕と怪異の関係性

西羽咲 花月

第1話 新しい学校

半袖の白シャツに汗が滲んできた頃、2年B組の教室内から担任の先生が僕の名前を呼んだ。

「真崎くん」


と、手招きするのは40代半ばになる少し頭が薄くなってきた社会科の男性教師だ。

僕は「はい」と、短く答えてアスファルトに囲まれた廊下から教室内へと足を踏み入れた。


しっかりと冷房が聞いた室内にホッとすると同時に、沢山の視線に動揺するが、どうにか自然さを装って教卓の前へと移動した。

黒板にはすでに僕の名前が書かれている。


「さ、真崎くん自己紹介して」

「真崎郁哉です。よろしくお願いします」


父親の転勤でこれが何度目かの転校になるから、今回は声がうわずることがなくてまたホッとした。

みんなからの拍手を聞きながら空いている一番後の席へと向かう。


通路を歩いていく途中で「よろしくな」と声をかけられて顔を向けると、そこにはよく日焼けした男子生徒がニカッと白い歯をのぞかせて笑っている。

僕はニッコリと微笑み返して頷く。


これが、大ヶ原中学校初日の、一番最初の出来事だった。


☆☆☆


「俺木下和彰、よろしくな!」

休憩時間になにをしようかと暇を持て余していたとき、さっき僕に話かけてきてくれた男子生徒が近づいてきた。


「僕は郁哉」

「知ってる。友達を紹介するよ」


和彰はそう言うとあとふたりのクラスメートを呼んでくれた。

「ボクは盛岡誠です。よろしく、郁哉くん」

誠は少し照れて頬を赤くしながら笑顔を見せた。


背も小さくて女の子みたいに可愛らしく、色白でおとなしそうな雰囲気の生徒だ。

「オレは橋本功介」

功介はそう言うと大きな手を差し出してきた。


反射的にそれを握り返すと、大きく上下にブンブンと振り回されてしまった。

功介は大柄で、長袖シャツの制服の上からでもしっかりと筋肉がついているのがわかる。


こんな時期に長袖なんか着て暑くないのだろうかと思うが、功介は涼しい顔をしている。

三人はてんでバラバラに見えるけれど、とても仲が良さそうだった。


「教科書はちゃんとあるか? わからないことがあれば、なんでも聞いてくれよ」

しっかり者の和彰があれこれと気にして世話を焼いてくれるから、僕は校舎案内をお願いした。


「もちろんそれくらいお安いご用だぜ」

張り切って答えたのは功介だった。


さっそく廊下へ出てみれば他のクラスの生徒たちが珍しげな顔を向けてくる。

僕のことを初めて見るからだろう。

だけど3人はそんなことを気にする素振りもみせずにどんどん先へ進んでいく。


「ここは図書室だよ。おすすめの本はアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』」

大きな扉の前で誠がおずおずと言った。


「誠くんは本が好きなんだね?」

「う、うん! 日本の作家なら東野圭吾とか大好きなんだ」

「へぇ、大人っぽい本を読むんだね」


そう言うと誠は嬉しそうに微笑んだ。

「おい、お前」

他にも色々教えてもらおうとしたとき後方からそんな声が聞こえてきて僕は振り向いた。


「えっと、誰だっけ?」

声をかけてきた男子生徒の顔がわからなくて僕は首をかしげる。


他の3人はなぜだか黙り込んでしまった。

「同じクラスの水田淳だ」

淳はなぜか不機嫌そうな顔で僕を睨みつけている。


なにか怒らせるようなことをしただろうかと考えるけれど、思い当たることはなにもない。

「水田くん。僕になにか用事?」


「お前さぁ、ちょっと気持ち悪いんだよ」

「え?」

突然の言葉にペをパチクリさせる。


そんなことを言われたのは初めての経験で、全身の血の気が引いていくのを感じた。

「やめろよ、そういうの」

淳はそれだけ言うと僕に背中を向けて行ってしまったのだった。


どうして淳がそんなに起こっているのか覚えのない僕はただその場に立ち尽くす。

「気にする必要ないさ」

僕の肩をポンッと叩いたのは和彰だった。


和彰は困ったように苦笑いを浮かべている。

「そうそう気にする必要ねぇよ。あいつ、いつもあんな感じだしなぁ」

「うんうん」


功介と誠も同意している。

「そ、そうなんだ? 僕がなにか怒らせるようなことをしたんじゃなくて?」


「郁哉は転校してきたばかりでまだクラスメートの名前だって覚えてないだろ。あいつは虫の居所が悪かっただけだ。さ、気にせず次に行こう」

和彰に手を引かれて、僕はまた歩き出したのだった。

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