第4話「魔王と英雄による入学試験」

 私はヒロの手を引っ張りながら試験会場である西校舎の講義室へと急いで向かう。どうせ、この手の熱血バカは目を離せばふらふらとどっかに行ってしまうのだからこうして物理的に離れられないようにすればいい……ふと、違和感を覚える。なぜ、ヒロの掴んでいる手首の感覚がないのか?と……

「……まさか!?」

振り返ると、ヒロの姿はなく虚しい風が私の水色の髪と共に静かに流れるだけだった。

「………」

ぽかんとした顔で表情筋を固定したまま私は腕時計を確認する。すると、指し示した時間は午前7時半過ぎほど……一次試験が開始は八時なのであと二十何分などしかないという訳である。しかも、開始十分前には試験管が出席確認をするらしいので、つまりは残り時間はあと十五分ほどという訳である。これはまずい、まじで余裕がない。っていうか、何でこのタイミングで迷子になるかなヒロ君?ここで落ちてもらっちゃ困るんだけどぉ?私の英雄育成計画全部壊れるんですけど?

「仕方ないですね……手段を選んでいられる場合ではありませんか」

そうして魔界で鍛えた魔力探知の応用で魔力をエコーのように飛ばして私を中心とした半径25mの空間を脳内で立体地図として出力しながらその中にいる魔力を持っている生命体の反応を探す……ここから5m地点にいる人……違う、魔力量が少ないから恐らく清掃員……17mにいる落ち着きのない魔力反応……十中八九これで間違いありませんね……確信と共に私は魔力探知の魔術を解除する。すると、途端に頭がクラっとする低血圧に近い感覚に襲われる。正体は短時間過度に脳を酷使したことによる脳の悲鳴である。ただ魔力探知で周囲の空間を認識するだけならば何ら問題はないのだが、細かく周囲を調べようとすればこうして体に負荷がかかるという訳である。私の体が魔王吸血鬼であるからまだよかった。人間の体でこんなことをすればたちまち脳の血管が切れてお陀仏である。まぁ、つまりは人外最高である。そうだ!いけないいけない。こんな風に考えこんでいる暇はないのだった。魔力強化で瞬発力を強化した足ですぐさまヒロがいるであろう場所へと向かっていく。


 そうして、苦労しながらルナ……今はリンと言っておくべきだろうか。が、ヒロを探して学園中を駆け回っている時、そのヒロはと言うと……

「……ここどこ?」

……道に迷っていた。どこかわからない森に迷っているのだ。方向音痴なのは誰から見ても明らかである。

「ははーん!さては迷子になったんだな」

だが、このありさまである。自分の方向音痴を理解しておきながら反省していないのである。前世では、カーナビなどがあったためにまだ何とかなっていたのだがこんせではそんなものはないため完全に迷子の天才となってしまっていた。そんな才能誰も欲しがらないこと間違いなしである。

「さて、どうしたもんかな……?」

「お主……こんな場所でどうしたんじゃ?」

ヒロは背後から声をかけられて振り返る。そこにいたのはシルクハットにマント付きのスーツと明らかに貴族で自分偉いですと言った風貌の男性であった。見た目は若々しく壮年に見える。だが、立ち振る舞いやあり方は正しく年老いて酸いも甘いも経験して成熟した賢者のそれであった。

「実は……迷子でして……」

ヒロはこのおじいさんに正直に打ち明けた。不思議とこのおじいさんには安心感や親しさのようなものを感じるからだ。

「そうか、そうか、君は迷子か」

「はい……まだ?」

『まだ』と言う言い回しに少し疑問を持ったヒロだったが

「では、君はすぐに戻らなくてはいけない。ここは君のような未来ある若者がいていい場所ではない」

そう言ってついてこいとでもいうように老人はどこかへと歩いていた。ヒロは慌ててその老人の後を追うことにした。どれくらいそうしていただろうか?少なくともヒロにとってはかなりの時間がたったように感じられた。老人の後を追いかけて森を歩いていく内に森を抜けるどころかどんどんと深くなっていくような感覚に襲われていた。だが、少なくともこの老人を信用してもいいと思っていた。だから不安もなかった。やがて、森の密度は濃くなり続け夜道を歩いているのと変わりない程だった。すると突然老人が足を止めた。ヒロが奥を覗くとトンネルの出口のように一筋の光があった。

「ここを抜ければここを抜けられるぞ」

「ありがとうございます!」

腰を直角になるように曲げて感謝を告げるヒロ。

「おっほっほ。お主のような真っ直ぐな若者は嫌いではない。すまんが、一つ年寄りの頼みを聞いてはくれんか?」

「はい。いいですよ」

迷子なところを助けてくれたのだ。ヒロは少しくらい恩返ししてもいいと思っていた。

「では、これをもらってはくれんかの?お主にとっても大事なものだと思う故な」

そう言って老人はザクロの実を渡してきた。

「これですか?いいですよ」

これくらいならば平気なヒロはそのザクロの実を受け取る。

「この場所を抜けてからそのザクロを食べて欲しい。そして、吾輩の弟子ルナ・フォン・ドラキュラの本懐を遂げるための手伝いをしてくれんか?」

老人の話を聞いているうちにヒロの意識は段々遠くなっていた……


「ヒロ君!ヒロ君!」

「はっ!」

全身汗まみれの状態でヒロはあおむけの状態から起き上がった。右手にはザクロの実が握られていた。あの人の……名前もしらないが、お弟子さんの手伝いをしてほしいか……いつか騎士になったらそのお弟子さんを探そう……

「……大丈夫?噴水でおぼれれたんだよ?」

「えっ?」

そこでヒロは思いだす。自分がトイレに行こうとしてリンの傍から離れた時、足を滑らせて噴水に落ちたのだ。

「そうだ、俺そこから森をあるいてて……」

「何寝ぼけたこと言ってるの?もう試験まで時間無いんだよ!あと10分もないよ!」

「はぁ!?」

その言葉にぼんやりとしていた頭がギンギンに覚めたヒロはリンに背中を押されるようにして試験会場へと向かっていく。試験開始まであと8分前のできごとであった。


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