英雄愛好家の殺人鬼による英雄育成計画

夜野ケイ

第1話「英雄愛好家の最期」

 サイレンが鳴るうるさいくらいに。警察車両の赤色のパトランプがキラキラと昼間だというのにあたりを照らしている。警察は冷や汗を滝のように流しながら完全武装で一つの廃墟を囲んでいた。たった一人の殺人犯のためだけにこれほどまでの厳重警戒をするという前代未聞の事態であった。

「警部!なぜ突入しないんですか!」

新米の警察官がこの現場の指揮官である警部に不満をぶつける。

「……現代の切り裂きジャックの話を知っているか」

警部は神妙な面持ちで新人に話しかける。

「はっ!現代の切り裂きジャックと言えばここ8年間で400人以上を殺害した伝説の殺人犯のことでしょうか?本官も噂はかねがね耳にしておりますがそれが……まさか!?」

敬礼しながら新米警察官は現代の切り裂きジャックことジャパニーズジャック・ザ・リッパ―について知っていることを答える。その質問の意図を考えているとき、ふと気が付いてしまった。

「そうだ。我々がこれから相手取ろうとしているのは紛れもなくご本人様だ。犯行声明が来た時点で過去のデータベースと照らし合わせたら声が一致した。野郎、担当刑事が死んでから丸一月大人しかったから引退したかと思ったがまだ牙は捨ててなかったらしい」

そう言いながら警部は自分含めこの中の何人が生き残るかと考えも巡らせていた。


 中年サラリーマン男性はこの状況を切り抜けるすべを必死で模索していた。自分はただ平凡に生きてきた。そこそこの私立大学を出て、そこそこの一流企業に就職した。そして妻と反抗期真っ盛りの一人娘と一緒に一軒家で静かに楽しく暮らしていた。無論、悪いことをしてこなかったという訳でもない。ムカつく上司の陰口をたたくこともあったし、後輩を無理矢理酒の席に連れて行こうとしたこともあった。だが、それでこんな目に合うべきなのか?なんで私は廃墟のビルの一室でイスに縛られて若者にナイフを向けられてるんだ?

「ん~!んっん―!!」

中年男性はイスに100均の結束バンドで手足を縛られていて、口はタオルで塞がれていた。何とか逃げられないかと身をよじらせる。建物の外にはパトランプの光とサイレンがあるのを感じたからだ。

「おや、そう騒がれては耳障りですよムッシュ?」

「ん”ん”!!!!!」

「あぁ、綺麗な血の色ですね。生にしがみつこうとあがこうとするいい色だ」

聞こえてくるサイレンの音に安堵したのもつかの間、中年男性は中年太りして肥えた腹を包丁で刺されてしまう。あまりの激痛に声にならない悲鳴を上げる。このままでは警察に救出される前に死ぬかもしれないと中年男性は死を幻視した。

「…警察の対応は大変遅いようですが、彼に比べれば十分と言えるかもしれませんね」

中年男性を傷つけた紳士風な青年はナイフを手でくるくる指の間を這わせながらため息をつく、目には真っ黒なクマが出来ており、全身のどこをとっても細く頬は骨格が浮き出ている。その様子は支えを失った柱、あるいは燃え尽きた灰を連想させた。

「『白馬の王子』という言葉をご存じでいらっしゃいますでしょうかムッシュ?」

紳士風な青年は突如として語りだす。

「正確な定義で言うならば『自分を幸せにしてくれる理想の男性』だそうです。私にとっての白馬の王子様とは正義感を胸に抱き、悪を裁き、弱きを助ける存在……つなわち英雄ヒーローでした。私はそんな存在に……



「ん”ん”ん”!?!?!」

中年男性は青年の言葉など聞いてはいなかった。なぜなら、青年が怒りを吐露されるたびに八つ当たり先として刃物で全身を切り裂かれているからだ。ただただこの時間が早く終わることを願っていた。

「しかし、あの方はもうおられません。であれば、来世に期待するしかないのかもしれません」

青年はそう言いながら男の方を振り向き確信と共に目を細める。

「あぁ、眠ってしまいましたか。すいませんね長らく私事を聞いてもらって……」

首筋を少しだけ切ってまだ熱を持った血液の鉄臭く癖になる味を舌で転がして楽しむ。全身に熱が火照るのを感じながら、ナイフで左目をえぐり取る。取り出した眼球を舌先で感じながら眼球を転がす。眼球を堪能した後窓から下のパトカーに向けて乾いた眼球とナイフを投げ込む。

「さぁ!ジャックザリッパ―の最期のパーティーと行きましょう」

建物の外ではガヤガヤと武装した警察や機動隊共がこちらに向かって自ら死への階段を上って来るのが物音で分かる。

「♪~」

青年は鼻息交じりに沈黙した中年男性と向かい合うようにイスに座る。武装した警官たちが自分のいる部屋に蝉の死骸に蟻の大群が群がるかのようにわらわらと部屋の中に青年を取り囲むように入って来る。

「ジャックザリッパーだな!?お前を逮捕する!無駄な抵抗はよせ!こちらにはお前を射殺する許可が出来ている!」

囲む円の中の誰かが勇気をもって自身に対して銃口を向けながら敵対の意を表してくる。

「……そうじゃないんだよなぁ」

「はぁ?」

君のように勇敢で行動力のある人は嫌いじゃあない。けどね?僕を殺していいのは、君じゃないんだ。だから、君の正義の弾丸では死ねない。いや、死にたくないんだ。組織に縛られ、思考する権利自由すら手放したマリオネットに僕はぜんぜんたぎらないや……

「まぁ、いいや。あの世の六文銭は用意しましたか?神や仏様に謁見するお覚悟は?」

「お前何言ってんだ?状況分かってんのか?」

警官はわけもわからないという顔で困惑を露わにする。

「ま、いいでしょう。最後にお教えしておくとこの部屋には匂いを抜いた都市ガスを充満させています」

そういって青年は片手に持っていたライターを点火した。

「まっ――」

警官が焦りを見せるがもう遅い。辺りは炎を越えた爆発に包まれる。あらゆる悲鳴は爆発の膨大な熱と破壊力によって塗りつぶされてしまう。

(あぁ、次の人生は私の求める英雄がいる世界がいい。いや、受け身ではいけませんね、次は才能のある人を私好みの英雄になるよう教育しましょう――)

次があるかもわからない来世に期待しながら全身の焼けるように痛みを感じながら意識は暗転する。

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