毒の反哺

いしも・ともり

第1話 田嶋美月

 2018年6月2日㈯、親友の由奈ゆなが死んだ――。


 私は田嶋美月たじまみづき、高校3年生。親友の斎藤由奈さいとうゆなとは、同じ高校に入学して以来の親友だった。

 とろくて、人と話すのが苦手で地味な私と、美人で活発で華のある由奈。対照的な二人が親友であることに、まわりはいつも不思議がった。私にとって、由奈は「憧れ」の存在だった。


 そんな由奈が廃墟はいきょビルから転落死した。その日は土曜日で、雨が降っていた。死亡推定時刻は、20:00すぎ。人通りの少ない場所にある廃墟ビルの外付け非常階段から上り、4階建てのビルの屋上から自ら飛び降りた、というのが警察の見解だった。


 『そんなわけない!』私は心で叫んだ。翌6月3日は、由奈の誕生日で、一緒に祝う約束をしていたのだ。10時オープンのカラオケBOXのフリータイムを予約して、誕生日ケーキとお昼ご飯を持ち込んで、20時まで歌いまくろう、しゃべりまくろうと約束していた。それなのに、自殺なんてするわけがない。誰かにこのことを伝えたい、捜査のやり直しをしてほしい、そう思うのに、意気地なしの私の足は震えるばかりで動かなかった。きっと逆の立場だったら、警察に乗り込んででも、捜査のやり直しをすごんだことだろう。


 そもそも、まだ由奈の死を現実のものとして受け入れられなかった。由奈のお葬式なのに隣には由奈がいて、『同級生が死ぬなんてありえないよね。』ってこそこそ耳打ちしている気がする。ひょっこり現れて、『ドッキリでした!』なんて言われる気がする。だから、ひつぎの中を見ても涙も出なかった。でも、そんな私をよそに、式は着々と進んでいった。

 

 肩を寄せ合ってしくしくと泣いている女子生徒たち、無表情で参列する関係者たち、そして校長先生、担任の田中先生、養護教諭ようごきょうゆの九条先生が神妙な面持ちで、由奈の母親に挨拶をしているのが見えた。校長先生は淡々とした様子で簡単に挨拶を済ませると、黒ネクタイが不似合いな30代後半の小太りの田中先生は、気の毒なぐらい吹き出る汗と涙を拭いながら、母親に何度も頭を下げていた。その横で、同じ黒ネクタイの喪服をスラリと着こなした長身の九条先生は手を前に組み、田中先生の挨拶が済むと軽く会釈えしゃくをして、一緒にその場を立ち去った。こんな時までカッコよく見えるなんて、私もどうかしてるよね、由奈。あぁ、聞いてくれる由奈はいないんだった。


 由奈は母親と二人暮らしで、家へ行った時に何度か会ったことがある。由奈は母親似で、二人とも美人だが、母親はどこか暗く影がある人で、正直苦手だった。今日は、いつにも増して暗くひどくやつれて見えた。

 

 私と同じように一人で茫然ぼうぜんと立ち尽くす黒いスーツ姿の男性が目に留まった。由奈の隣人で幼馴染の矢野翔太やのしょうただった。一度アパートの廊下ですれ違った時に紹介されたが、寡黙かもくで静かな印象だった。私の視線に気が付き目が合うと、軽く会釈をしてその場を立ち去った。


 最後の見送りとなり、茶碗を割る音がむなしく響き渡る。由奈の母親はずっと気丈に振る舞っていたが、この瞬間泣き崩れた。


「私のせいだ――。私が由奈を――」


 母親の親族らしい人が抱き起こし、霊柩車れいきゅうしゃの助手席にうながした。泣いていたクラスメイト達もピタリと泣き止み、その場は静まり返った。異様な雰囲気を残しつつ、親族以外の人たちはぽつぽつと帰路についた。


 ***


 どうやって帰ってきたのか記憶もなく、制服のままベッドに横たわる。ドアの閉まる音が、より部屋の静けさ引き立てた。由奈はこの世から本当にいなくなったのか……。仰向けのまま、ポケットから取り出したスマホのフォトアプリをスクロールする。二人で撮った自撮じどり写真を見つめる。


「由奈、どうして……。なんで死んじゃったの?」

 笑顔の由奈は当然、何も答えてくれない。『ん?気のせいか?』


 スマホの中の由奈の眼が一瞬、瞬きをしたように見えた。『そんなわけないか。』

 次の瞬間、私は無意識にガバッと起き上がっていた。由奈の口がパクパク動いている。

 スマホのマナーモードを解除する。

「美月!?」

「きゃっ!」

 思わず、スマホを放り投げてしまう。

「美月、聞こえる?あれ?真っ暗になっちゃった。」

 画面が下向きに落ちたスマホから、由奈の声が聞こえる。

「ゆ、由奈?」

 恐る恐るスマホを拾いあげた。

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