第7話 助けを求める声

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 老人によって家から追い出され、俺はまた孤独となった。


 しかし、前回とは違って、俺は見えるようになっていた。正確に言えば視力は失ったものの、他の覚醒した感覚によって空間を把握できるようになった。だから目が見えなくても、杖をつかずにこうやって歩くこともできる。


 俺は杖を折りたたみ、そのまま都市に向かった。ここがどこかは分からないが、少なくとも俺がいた都市ではない様子。今は夜だから酒場も栄えているだろう、彼らに尋ねてみれば現在地も分かるはず。


 ただ気がかりになっていたことが1つ、老人の最後の言葉だ。「お前は俺と同じ、絶対に偽るな、盲目の人として生きていけ」と彼は言っていた。俺の白目は最初赤くなっていて、誰かによってつけられた傷も残っていた。しかし今はもう治っており、外から見れば盲目かどうかも分からない。空間把握能力もあるし、何なら普通の人よりも優れている。


 弱点は、色を視認できないことと、写真や文字が分からないこと。立体的に全てを見ているため、看板に文字が書かれていても、遠くから見ることはできない。近づいて文字の凹凸から考えることはできるかもしれないが。


 そして色も分からない、俺には形しか分からないから。モザイクがかかったような、真っ暗の世界。そこに形があるような、不思議な感覚だ。


 言ってしまえば、それ以外は全て分かる。近くにいる生物の種類も、ここからは見えない都市にいるみんなの声も、または森に潜んでいるモンスターの名前も。身体能力も上がっているし、今は誰と戦っても勝てそうな気がする。戦う相手なんてモンスターしかいないけど。


 ひとまず、マーベラスに戻りたい。そして4人に現状を伝えたい。できれば、討伐者としてまたモンスターと戦いたい。そのためにもまずは早く都市に着かないと。そういえば、彼の名前……まだ聞いていなかったな。それもあってか、都市の名前どころか、ここがどこなのかすら聞かされていない。彼も変わった人だ。


 と、ここで……子供の声が聞こえた。


「助けて!」


 微かながらも、俺は聞き取ることができた。甲高くもあるが、変声期を迎える前の男子というところだろう。森が音を遮っているため、音の出処を完璧に特定することはできないが、それでも方角だけは分かった。西側だ、そっちには森が広がっている。


 助けを求める声、迷って崖に転落したのか。それにしては声の移動が見られない。ある一点で発した音が変わらずそこに存在している。ならば他の脅威……モンスターか。それにしては、モンスターが発する独特な臭いは検知できない。あれは俺が視力を失う前から検知できていた、というか悪臭。でも、近くからは変な臭いはしない。


 ならば、少年を襲ったのは人間ということか、それも悪意のある奴らだな?


 俺は杖を持ったまま、声を辿って駆け抜けた。西に広がる森の中に、あの少年はいるはず。俺の鳴らす足音が空間を認識するための手がかりとなる、それは硬い床でも、森の中にある柔らかい土でも可能。倒れた原木の上で宙返りをし、最短ルートで急いで向かう。


「……声を出すなッ」


 ちょうど300メートルを走り抜いた頃、また新たな声が聞こえた。やっぱり少年を襲ったのは人間だったか。今度は場所の特定もできる、ここから100メートルも離れていない、森の中にある古びた倉庫の中だ。それも5人、少年の前に立っている。肝心の少年は縄で捕らえられていて、身動きが取れなくなっていた。


 倉庫の扉が開いているのと、少年を襲った犯人の声もあって場所を特定することができた。「声を出すな」という声そのものが特定の材料になった、なんとも皮肉なことだろう。少年を襲うとなると、誘拐犯か。つまり、俺が助けなかったら、少年はそのまま連れ去られるか殺されてしまう。目的が明確に分からない以上、俺がどうにかしないと。


 奴らは武器を持っている、対して俺は何も持っていない。攻撃を防げるようなアーマーがあれば便利だが、俺が着ているのは、かろうじて着れるようになっているボロボロの布切れ。老人の家で貰ったものだ。文句は言うべきでないが、攻撃を防げるようなものではない。


 都市を守る兵士は、この出来事に気づいていないだろう。となると、少年を助けられるのは、俺だけ。


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「おい、大人しくしとけ。ボスに会えば解放されるぞ」

「俺でもボスに会ったこと無いってのによ、俺らに感謝しろよ」

「何にせよ、計画が進展した。報酬がたんまり入ってくるぞ」


 カンッ……


 グギッ……


 グチュ……


「何の音だ?」

「俺が見てくる、そこで待ってろ」


 カンッ……


 グタァ……


「そこに誰かいるのか?」


 そうやって倉庫から出てきた奴に目がけて、落ちていた石を顔面に投げつける。奴は顔を押さえ、声を上げてもがいていた。だから黙らせるために、壁に顔面を打ち付けてやった。外の警備をしていた2人は、既にぶっ潰したぞ。お前が気づく前に、老人から貰った杖でボコボコに殴っておいた。


「……クソっ!」


 ここで倉庫の中にいる、誘拐された少年のそばにいる男がナイフを持ち、少年の首にそのナイフを当てていた。いざとなれば少年を殺して自分も死ぬつもりなんだろう。それだけはどうしても防ぎたい、俺は杖を使って倉庫の天井に登り、上から状況を確認した。


 誘拐犯は全部で5人。外を警備していた奴らは少し前に杖でボコボコにした。それでさっき外に出てきた奴は壁にぶつけて気絶させた。よって倉庫の中にいるのは2人、1人は少年の首にナイフを当てて脅している。残りの1人は……いた。隅の方で鉄砲を構えているな。


 鉄砲とは、鉄の弾を高速で発射して敵を殺すような武器。弾の装填に時間がかかるが、それでも胸を貫通するほどの威力を持つため、外さなければ一発で敵を倒すことが可能。人間じゃまず避けることは出来ない、それくらい高速で発射される。アーマーを着けておけば致命傷は逃れられるだろうが、今の俺には無理だ。


 しかし、俺にも遠距離攻撃の可能な武器がちょうど手元にある。それは杖だ。長いが折り畳めば、ナイフと同じくらいの長さになる。鉄で出来ていてしっかりしているし、鉄砲ほどの威力は無くても、相手を牽制することはできるはず。


「いけッ」


 俺は倉庫の天井から窓を突き破って飛び降り、同時に杖を上から、鉄砲を持つ奴に向かって放り投げた。また、着地と同時に地面に落ちていた小石を、ナイフを少年に当てている男の手目がけて思いっきり振りかぶって投げつけた。


 バシッ!


 すると、小石は俺の狙い通りに飛んでいき、奴の手に当たった。奴はナイフをその場に落とし、赤く腫れた手を左手で押さえている。しかし、杖は当たらなかった。俺の目の前には椅子に縛りつけられた少年と、ナイフを落とした男。また倉庫の隅には鉄砲を装填し終えた男がいた。


「……何者だ?」


「お前らこそ、計画って何だ?」


「……ベラベラと言うかよ」


 感覚を使って、俺は奴らの位置を完全に特定しようと試みる。視力を失った代わりに手に入れた感覚、恐ろしいことに奴らの動作も分かるようになっていた。鉄砲を装填し終えた男は俺を撃とうと、椅子の近くに立っている男はナイフを拾おうとしているのが分かる。同時に奴らを倒すことは出来ない、ならどちらを優先して倒す?


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