第101配信 マネージャー香澄の萌え地獄 夏コミ編②

 今回の相良さんの同人誌作成の件で良く分かったのは、ぶいなろっ!!という事務所は相当ヤバいという事実だった。

 事務所を運営するファイプロのキャニオン社長とぶいなろっ!!のVTuberデザインを請け負っている白雨綾は相良さんがぶいなろっ!!メンバーを次々にエロ同人誌にしている件を容認するどころか作品のクオリティーを上げる手助けをしていた。

 公式が同人誌の作成手伝いをしたら、それはもう公式と言わざるを得ないんだよっ!! そんな狂った公式が認めた相良さん作の同人誌を楽しみにしている俺も結局は狂った歯車の一部なのかも知れない。


 自分の在り方を見直そうかと真剣に悩み始めた時、休憩室に一人の女性――いや、まだあどけなさの残る少女が勢いよく入ってきた。

 少女は俺たちの方に真っ直ぐ近づいてきた。何やら切羽詰まった様子だ。


「香澄ちゃん、大変だよ!」


「メイ、どうしたの? 今はお客様の対応をしているからブースの方をお願いしていたでしょう?」


「それはそうなんだけど、売り子を依頼していたコスプレイヤーさん、二人共体調不良で来れなくなっちゃったって……どうしよう」


「それはしょうが無いわね。残念だけどコスプレイヤーさん抜きでやりましょう」


「うう……せっかく衣装作ったのになぁ……」


 俯き泣きそうな顔をしているメイと呼ばれた人物。

 とても不憫そうではあるが、相良さんを名前で呼んだり、会話の雰囲気からすると二人は距離が近い関係のようだ。

 俺と陽菜とルナが呆然としていると、それに気が付いた相良さんが少女の紹介をしてくれた。


「ええっと、この子はあたしの姪でして……ほら、メイ挨拶しなさい」


「お話中に済みませんでした。あたしは相良……かえでと言います。先程は香澄ちゃんの同人誌を購入して頂きありがとうございました」


「あ、いえ……相良さんの姪っ子さんだったんですね。俺は相良さんの会社の同僚の犬飼優です。よろしくお願いします」

 

 ――と挨拶を交わしてみたものの俺の心中は穏やかではない。こんな幼気いたいけな少女に「同人誌を購入してくれてありがとう」と言われるのはちょっとした羞恥プレイだ。

 しかしちょっと気になった事がある。姪っ子さんは自分の事を楓と紹介したが相良さんは彼女をメイと呼んでいる。これは一体……。


「ちょっとメイ、嘘を吐いちゃダメでしょ。ちゃんと本名を言いなさい」


「くっ、分かったよぉ。相良……メープルです」


 その名が告げられた瞬間、申し訳ないが俺はそれを名前と認識出来なかった。だからパードゥンする。


「……何て?」


「うぅ……相良メープル……です。楓と書いてメープルと読むんです」


「OH……」


 楓と言ったらカナダ、カナダと言ったら寒い、寒いと言ったら秋、秋と言ったら焼き芋、焼き芋と言ったら蜜、蜜と言ったらシロップ、シロップと言ったらメープル!!

 頭の中で勝手に楓とメープルを繋げるマジカルバナナが始まり笑いを誘ってくる。

 

 ダメだ、これ以上考えるな。人の名前で笑うなんて最低の所業だ。でも何でメープルにした? いやいやいや、考えるな考えるな。無になろう、石になろう、心を石にしてこの場をやり過ごそう。


「……今、あたしの名前がメープルだと知って頭の中で連想ゲームやって面白がってませんでした?」


「ぷふっ! ……あ、ごめんなさい」


「香澄ちゃん、この人あたしの名前で笑った! 酷いよぉ、だからメープルって言いたくなかったんだよ。もうさぁ、あたしだって何度も思ったよ! 何でメープル? 何故にメープル!? 楓で良いじゃん、whyメープル? 紫それはパープル、全人類平和ピープル」


「何で突然ラップ調で歌い出す……ぶふっ! くっそぉ……いんを踏むなよぉ……相良さん、この子どうなってんですか!!」


 もうね、訳が分からないよ。今まで奇人変人色んな人に出会ってきたけど、その中でもトップクラスで意味不明だよ。

 自分の名前を使って笑わせに来るとかとんでもない逸材だ。


「メイはキラキラネーム故に幼い頃は友達にからかわれて引っ込み思案だったのよ。そんな時に気晴らしになればと思って同人誌を見せてあげたの。勿論成人向けのね。そしたらキラキラネームがなんぼのもんじゃいって感じになってどんどん明るくなっていったのよ。同人誌様様でしょ」


「様様じゃないよ! あんた子供に何て物を読ませてるんだよ。明らかに人として何かしらの弊害が起きてるよ。サターナとベルフェの姉妹と同じ道を辿ってんじゃないか。もう取り返しのつかない状態になってるよ」


「犬飼さんって言いましたよね? ちょっと失礼じゃないですか。あたしは正真正銘、現役女子校生、リアルセブンティーンですよ? セブンティーンメープルは無限の可能性を持っているんです」


「セブンティーンメープルって何なんだよ! 自分をセブンティーンセブンティーン言うなや、卑猥に聞こえるんだよ」


「素晴らしいわ、メイ。犬飼さんのツッコミをここまで引き出すなんて、あなたは既に立派なセブンティーンよ」


 これはヤバいぞ。この相良セブンティーンは既に相良初号機級の変人レベルに達している。実質、目の前に相良さんが二人居るようなものだ。

 只でさえこんな危険なオタクが二人居るのに陽菜と月がそこに合流する。


「メープルちゃんって可愛い上に面白くて素敵ですね。私は太田陽菜です。香澄さんにはお仕事でお世話になっています」


「わたしは月影月よ。月と書いてルナって呼ぶの。わたしも昔はこの名前のお陰で色々あったけど今ではとても気に入ってるわ。悩みがあったら相談してね、メープルちゃん」


「ふわぁ、素敵なお姉様が二人も! あたしの事はメイって呼んでください。はぁん、お姉様たち二人共ナイスバディで裏山……じゃなくて羨まし……ハッ!?」


 陽菜と月を蕩けた表情で見つめる自称セブンティーンメープル。突然何かに気が付き二人を舐め回すように見始めた。


「どうかしたの、メープルちゃん?」


「わたし達の顔に何か付いてる?」


「顔ではないですけど付いています。大変立派なものが二つも。――あの、すごく失礼な話ですけど陽菜さんと月さんの身長とスリーサイズを教えて貰えませんか?」


「「へっ?」」


 二人にスリーサイズを訊いて何を企んでいるのか分からないが、陽菜と月は戸惑いながらも自分たちのスリーサイズを耳打ちする。するとメープルの目が見開かれた。

 何だろう……嫌な予感しかしない。


「陽菜さんと月さんにお願いがあります。――あたしが作ったコスプレ衣装を着て貰えないでしょうか?」


 ほら、言わんこっちゃない。とんでもない事を言い出したぞ、あのセブンティーン! 


「それはちょっと……サイズだって合わないだろうし」


「わたしと陽菜はコスプレ経験の無い素人だからメイクも出来ないわよ?」


「メイクとコスプレの着替えとかはあたしに任せてください。それに二人のスリーサイズは衣装にピッタリだから問題ありません」


 ――ん? 陽菜と月のサイズにピッタリ? それにコスプレと言うからには同人誌と関連があるキャラクターだよね。言ってる……俺の危険察知レーダーが言ってる……これはヤバい。

 ふと相良さんを見ると顔から大量の汗が流れ出ていた。明らかに動揺してるよ、この破天荒が動揺してるって事はやっぱり――。


「お願いです! ほんの少しだけで良いんです。あたしが作ったガブリエールとルーシーのコスプレ衣装を着て売り子をして貰えないでしょうか!? 本当にちょっとだけ……先っぽだけでいいからぁ!!」


 VTuberの中の人が自分のアバターのコスプレをしたら、それはもう本物と言えるのでは?

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