第73配信 デート④

 夕方になり俺と陽菜は水族館を後にし大帝国ホテルに到着した。同ホテル内にあるレストラン『カイゼルダイニング』、そのディナービュッフェに訪れた。


「来ちゃいましたね」


「うん、来ちゃったね」


 エレベーターで高層階に上がり扉が開くと窓から眼下に広がる街の風景が一望できる。高所が苦手であれば足がすくんでしまう。今まで人生でこんな高度で食事をしたことは無いので緊張する。

 レストランの受け付けにはスーツに身を包んだ女性がいた。


「予約をしていた犬飼です」


「犬飼様ですね。お待ちしておりました。お席にご案内致しますのでこちらへどうぞ」


 女性スタッフに案内されたのは窓側の席で夜景が良く見える場所だった。席に着くとディナービュッフェの説明がされる。食事の時間は二時間だ。

 かくして俺と陽菜はホテルビュッフェの初陣となった。レストラン内には多くの料理が並べられていてどれから手を付けたらいいものか迷ってしまう。


 ともかくここは配信でも言っていたようにホテルビュッフェの代表料理の一つであるローストビーフを取りに行く。

 気分的にはあれだ。居酒屋の最初の注文で「取りあえず生!」とビールを頼むみたいにまずはローストビーフから全てが始まる感じ。

 専門のスタッフが切り分けて一枚ごとに提供してくれるのだが、その一枚がかなり大きいので結構ボリュームがある。これが食べ放題なのか……凄いな。

 他にもサラダやスープに寿司など多彩なメニューがあったので皿に取ってテーブルに持ってきた。

 二人で席に戻るとワインを飲んで初デートを祝う。


「優さん、ありがとうございます。私、デートするのって今日が初めてだったんです。凄く楽しくて夢を見ているみたいです」


「俺もデートをするのは今回が初めてだったから陽菜が喜んでくれて良かったよ」


 陽菜の笑顔を見て安心しながら美味しい食事に舌鼓を打つ。

 どれもこれも繊細な味付けで舌が喜んでいる。例のローストビーフも咀嚼する度に肉のジューシーさが染み出てもの凄い満足感があった。――これは皆がリピートする訳だ。後でまた貰いに行こう。


 陽菜は最初に持ってきた料理を食べ終えるとデザートのエリアから各ショートケーキを持ってきた。

 食べやすいサイズに切り分けられたケーキを頬張り陽菜はニコニコ笑っている。その笑顔を見ていると只でさえ美味しい料理がもっと美味しく感じられる。

 昔誰かが言っていたが人の味覚というものは、食べているもの自体の味の他にも食事をする環境にも左右されるらしい。

 どのような場所で食べるのか、そして誰と食べるのか――心と味覚は直結している。それを今……いや、陽菜と初めて会った時から実感してる。


 お互いにワンユウとガブリエールだと知らなかった頃に一緒に食べた天ざる蕎麦。あれはとても美味しかった。陽菜はずっと幸せそうに食べていて、その幸福をお裾分けされたみたいに俺も幸せな気分になった。

 あれから何度も一緒に食事をしているけれど、その度に陽菜の笑顔を見ながら食べるのが大好きになっている。




「ふぅ……お腹いっぱいになりましたぁ」


「全部美味しかったね。大満足だよ。――あのさ陽菜、今日は俺たちが付き合い初めて一ヶ月の記念デートなんだけれど……」


 ここまで言って何だか緊張して声が詰まってしまう。陽菜は俺が再び話し出すまで笑顔で待っていてくれた。


「その、これまで何処かに出かけたり恋人らしい事があまり出来ていなくて、それで自分なりに調べて選んでみたんだ。だからこれ――プレゼント」


 白い箱を取り出して陽菜に手渡すと彼女は目を丸くして驚いている様子だった。喜んでくれると嬉しいんだが。


「あの、これ開けても良いですか?」


「もちろん」


 陽菜は丁寧に箱を開けると中に入っていたアクセサリーをそっと手に取って目を細めて眺めていた。


「これは……ネックレスですか?」


「うん、太陽モチーフになってる。これが一番陽菜に似合ってると思って」


「優さん、着けて貰っても良いですか?」


「いいよ」


 ネックレスの止め金具部分を接続しようとすると小さい為か中々上手くいかなくて焦る。その時、陽菜は笑みを浮かべて「焦らなくて大丈夫」と言ってくれた。

 多少苦戦した末にネックレスの接続に成功すると、陽菜は側にいる俺の手に触れて目を潤ませていた。


「ありがとうございます、優さん。凄く……凄く嬉しいです」


「良かった。凄く似合ってるよ、陽菜」


 プレゼントは何を選べば良いのか悩みに悩んだ。

 最後の方は指輪かネックレスの二択になったが、よく考えたら陽菜の指のサイズを知らなかった事に気が付きサイズを訊いたらサプライズにならないのでネックレスにした。次プレゼントをする時は指輪にしよう。


「実は私もプレゼントを買ってきたんです」


「そうなの?」


 陽菜がプレゼントしてくれたのは革製のキーケースだった。シンプルながらも洗練されたデザインでオシャレだ。


「革製のものは長く使えて使うほどに味が出るのでこれが良いなって思ったんです」


「ありがとう、嬉しいよ。――あれ、既に鍵が付いてる?」


 これは何の鍵だろうと思っていると陽菜が頬を染めて遠慮がちに言う。


「それは……私の家の鍵……です」


「陽菜……ありがとう、大切にするよ」


 それが陽菜の俺に対する信頼の証なのだとすぐに分かった。こうしてディナービュッフェの最後はプレゼント交換で終わり、俺たちはホテルを後にすると電車に乗って帰路に就く。

 電車内は人がまばらで二人並んで席に座ることが出来た。俺も陽菜も少し酔っていて身体が熱い感じがする。


 デートを満喫してお腹も心も満たされ気分が高揚している。電車に乗ってから俺たちは恋人つなぎをしていたのだが、途中で陽菜は手を離すと俺の手で遊び始めた。

 親指の付け根や各指をマッサージするように刺激してきて非常に気持ち良い。他にも俺の手の平に指腹を這わせてきてくすぐったい感じがする。


「気持ち良いですかぁ?」


 陽菜の手遊びを満喫していると俺に聞こえるぐらいの声で訊いてくる。小声のせいかどこか色っぽく聞こえるのは気のせいだろうか?


「ん……気持ち良いよ。手を弄られるってクセになるね」


「手には沢山ツボがありますから。それに私気づいたんです。優さんと手を繋いでいる時、気持ち良いなぁって」


 なるほどと思い、今度は俺が陽菜の手をマッサージし始める、さっき彼女がやったのと同じようにツボと思しき場所を刺激したり手の表面を指腹で撫でるように動かしたりしてみた。


「……んぅっ」


 陽菜から甘い小声が漏れる。これは……何か楽しくなってきたぞぅ。

 陽菜の手をすみずみまでマッサージしていくと、彼女は時々身体をビクッと震わせてどんどん色っぽい表情になっていく。


「ひ、酷いですよぅ。公衆の面前でこんな事するなんて……優さんのエッチ」


 陽菜の目を見て理解した。彼女はもう完全にスイッチが入っている。手を弄っただけなのにこうなるなんてマッサージって凄い。これはもはや大人の手遊びと言えるのではないだろうか?

 ドキドキしていると何やら視線を感じる。それも一方向からだけじゃなく全周囲から向けられているような気がする。多分俺の勘違いだろう。


「優さん、さっきあそこの女子高生二人が話していたのが聞こえたんですけど、私たちの様子を見てこの後絶対エッチするんだろうなって言ってましたよ。私たちそんな雰囲気出ちゃってるんですね。ちょっと恥ずかしいです」


 勘違いじゃ無かった!! ごめん、多分調子に乗った俺のせいです! 

 気恥ずかしい思いに耐えること数分、最寄り駅に到着し足早に電車から降りると手を繋いで駅から出る。

 二人共何も言わず家へ向けて早歩きで進んで行く。陽菜の家に到着すると彼女は玄関の前で立ち止まった。


「優さんが開けてくれませんか?」


「分かった」


 陽菜がプレゼントしてくれたキーケース。その中に既に入っていた彼女の家の鍵。

 それを玄関ドアの鍵穴に入れて回しドアを開ける。陽菜に先に入って貰うと彼女は振り返って俺を見る。


「お帰りなさい」


「……ただいま」


 玄関ドアを閉じ鍵を閉めた瞬間――世間の目から隔絶された瞬間、俺と陽菜は熱い口づけを交わし、火が灯っていた情欲は朝まで消える事は無かった。

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