第64配信 スラッシュ&マジック

 俺の名前は犬飼優、仕事はエンジニアをしている。最近職場を異動したのだが、それからは自社のVR型MMORPGスラッシュ&マジックにログインしバグなどのデータ異常がないか調査したり、ログインしているプレイヤーに問題行為は見られないかパトロールみたいな事をしたりしている。


 今日も今日とて俺は仕事でスラッシュ&マジックにログインしている。アバターはかつて俺がプレイしていた時に作成したものをそのまま使っている。

 当時は小説のネタになるかなと思ってこのゲームをプレイし始めたのだが、見事にどハマりしかなりやり込んでいた。

 技術部門に配属になった時には少々たしなんだ程度と説明していたのだが、今は皆にバレてかつてのデータでやっている訳だ。


『いつも思いますケド、ワンユウ様は本当にネーミングセンスが壊滅的デスネ。犬飼だからキャラ名がケンケンっテ……ケンケン……ぷふっ……失礼しまシタ』


 俺の左肩に乗って憎まれ口を叩いている人形は相棒のセシリーだ。

 このゲームを管理する超優秀なAIなのだが、色々なストレスを抱え込んで今では立派な酒カスAIに進化している。他に聞いた事ないよ、こんなAI。


「今、笑ったよね?」


『イエ、だって……安易なネーミングセンスとその姿を見たら笑いマスヨ。黒衣のローブに二刀流、右目に眼帯、左腕に包帯、普段身につけている鎧モ……。ネェ、どんだけ厨二病引きずってるんデスカ?』


「別にいいだろ、仕事とはいえゲームなんだから趣味出しても! 右目の眼帯格好良いじゃないか。この下は紋章が刻まれた赤い瞳になってるんだよ。ギ〇スっぽくて良いでしょうよ!」


『言い訳必死で草デスネ。そのなんちゃってギア〇、なんの効果もないじゃないデスカ。その変な格好そろそろ違うのにしまセンカ? 一緒に仕事をしていてそろそろ恥ずかしくなっテ――ッ!? ワンユウ様、データ異常を検知しまシタ』


「こっちも確認した。ここから北の方か。王都アルビオンに近いな。あそこは初心者が多いから被害が出ないうちに現場に向かわないと。――スレイプニール!」


 昔ハマっていた時にイベント報酬で手に入れた八脚の馬スレイプニール。

 こいつはスピード、ジャンプ力、スタミナが非常に優れているので遠い場所にもすぐに駆けつける事が可能だ。

 スレイプニールに乗って平原を疾走していく。その速度、疾風の如し。たまにすれ違うアバター達が驚いた顔でこっちを見たり指さしたりしているのが目に入る。


「目立ってるなぁ。こいつで走るのは止めておいた方が良かったかな?」


『ブヒヒ~ン』


「ああ、ごめんねごめんね! 別にお前が悪い訳じゃなくて性能が良すぎるのが問題なだけなんだよ」


『ヒヒーンッ!!』


 スレイプニールが悲しそうな声で鳴いたので慌ててフォローする。

 何でもこの馬の性能が優秀過ぎたので、その後に実装された移動用の動物は能力が控えめになったそうな。

 自分に非がないと理解するとスレイプニールは気を良くして速度を上げた。


『ワンユウ様』


「なんだい?」


『この作品ってVTuberといちリスナーのラブコメでしたヨネ? それがどうして今VRのMMORPGで冒険しているのでショウカ? ラブコメ要素どこイッタ?』


「そういうこと言わないで! 俺も同じこと思ってたんだからさぁ。しょうが無いだろ、作者がついに我慢できなくなってバトル要素入れたくなったんだから! そんな事を言ってたらこの先どうすんだよ。これからロボットバトルが始まるんだよ? ライフル撃ったり、ビームソードで斬ったり、ガトリング砲ガトガトしたり、パイルバンカー打ち込んだり、ミサイルパーティーで板〇サーカスモドキやる気満々なんだよ!? マジで何考えてんだよ、あのアホ作者!」


 愚痴を言い合っていると王都アルビオン近くの森に到着した。データ異常の反応はすぐ近くだ。


「スレイプニール、跳躍!」


『ヒヒ~ン!!』


 その場で空高くまで跳び上がり周囲を見下ろす。――いた!


「右側……三時の方向! 振り落とされるなよ、セシリー!!」


『問題ありまセン。データ異常と思われる魔物の近くにプレイヤー反応が四つ――襲われていマス。通常の攻撃では異常個体にダメージは与えられまセン。管理者権限発動により当アバターの攻撃にアンチウイルス効果付与しました。初撃が決まれば通常攻撃でもダメージが通るようになりマス』


「つまりいつも通りって事だろ、任せろ! スレイプニール、着地頼んだぞ!!」


 下方では巨大な花の魔物が触手のようにツタを伸ばしてアバターを捕縛している。

 あれは植物系の魔物ラフレシアだ。牙だらけの口の中に放り込まれたら消化液で溶かされながら噛まれ続ける。俺も経験があるけどあれはトラウマものだ。

 既にラフレシアの花弁が開いて巨大な口が露出している。ゆっくり降下していたら間に合わない。


「このまま踏み潰せっ!!」


 落下速度を落とさずラフレシアを踏みつけ地面に叩き込む。

 普通の魔物であればこれで大ダメージか即死だが、奴のHPは全く変化が無い。やはりバグで無敵化している。

 今の攻撃でラフレシアの動きが一時的に鈍っている。ツタに捕まっているのは一人。

 スレイプニールにラフレシア本体を踏ませて動きを止めてもらうと俺はインベントリから魔剣アブソリュートゼロを出現させ捕縛に使用しているツタを斬り裂いた。


「きゃあっ!」


 捕縛から自由になって高い位置から落ちるアバターをスライディングキャッチすると「ごめん!」と謝って空中に投げる。


「え? ひゃん!!」


 その瞬間、俺の上空をスレイプニールが跳んでいきその子を乗せて離れた場所に退避した。そこに仲間と思われる三人が駆け寄っていくのが見える。


「ひとまずセーフだな。――これで心置きなくやれる」


『捕縛されていたアバターにデータ汚染は見られませんデシタ。間に合いましたネ、さすがデス』


 データ異常のある魔物にアバターが接触したりキルされればアバターがデータ汚染され何かしらの不具合が起こる可能性がある。

 それを未然に防ぐのが俺の仕事であり間に合ってホッとする。自分が手塩に掛けて育てたアバターが穢されるのは最悪だからな。


「褒めるのは早いよ。もっともこんな奴を相手に負けていたら洒落にならない。――とっとと終わらせる!」


『ラフレシアのデータ異常増幅を確認――キマス』


 ラフレシアが鎮座している地面から無数のツタが生えてきて眼前の空間を埋め尽くす。


「とんでもない数の触手だな」


『薄い本に出てきそうな絵面デスネ』


 セシリーと軽口を言っていると無数の触手が俺に向けて一斉に放たれる。これはとても躱しきれるものじゃない。

 躱せないなら迎撃しようホトトギス。もう片方の手に魔剣レーバテインを装備する。炎属性と氷属性の魔剣による二刀流を構え迎撃態勢を整えた。


「全部叩き落とす! アーツスキル――破魔はま斬奸ざんかん!!」


 スラッシュ&マジックにおいてプレイヤーのアバターには大まかに分けてHP生命力MマナPポイントという二つパラメータがある。

 HPが0になれば死亡するのでパラメータの管理は必須。MPはアーツスキル及びマジックスキル魔法に使用するのでこれまた大事だ。

 ちなみにスキルは音声認証による発動なので技や魔法の名前を言わなければならない。


 俺を囲むように近づいてくるツタを破魔斬奸――二刀流による乱舞斬りで斬り落としていく。

 炎属性のレーバテインで灼き斬り、アブソリュートゼロで切断面を凍らせてツタを再生不能に追い込んでいく。

 破魔斬奸が使用限界に達する頃には全てのツタを斬り終えていた。


『ツタの切断面からアンチウイルスワクチンの投与開始……完了、ラフレシアのデータ異常沈静化しましタ。レベルは高いままなので注意が必要デスガ、ワンユウ様のレベルと技量があればハッキリ言って雑魚デス』


「それじゃ、サクッと決めようか」


 遠距離の攻撃手段を失ったラフレシアに接近しながら二刀の刀身を十字に交差させる。間合いに入った。


「これで止め! 双十そうじゅう戯牙ぎが!!」


 アーツスキル双十戯牙を発動し二振りの刀身を炎と氷の刃に変化させるとラフレシアを挟み込む。巨大な花の魔物の身体を両サイドから灼いて凍らせ中心部分を目指して斬り進める。

 ラフレシアは口内から溢れた消化液をぶちまけるが俺の位置には届かず、足元の雑草を枯らせるだけだ。勝負は決まったも同然。終幕に向けて剣を握る手に力を込める。


「ラフレシア……この十字の刃とたわむれるにはお前の牙は脆すぎる。――消えろっ!!」


 死刑宣告すると二刀により形成していたハサミを閉じる。

 その瞬間、合わさった炎と氷の刃が対消滅を引き起こし、生じた波動によってラフレシアは細かい肉片となって消滅した。


『ヘッ! きたねえ花火ダゼ!』


「……ドラ〇ンボール観た?」

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