第55配信 いきなりのターニングポイント

 キャニオン社長は少しずつ平静を取り戻していき呼吸を整えると話を再開させる。


「あなたの覚悟はよ~く分かったワ。陽菜ちゃんはあなたに任せまショウ。それじゃあ、次の話に移るわネ」


「次の話……ですか?」


「その通りヨ。さっきの太陽ちゃんの件も多少絡むけれど、これはどちらかというとあなた個人に対するお話ヨ。――アタシからのメッセージはあなたに届いたカシラ?」


「メッセージ?」


「そう、メッセージ……ガブちゃんの初めての3D歌配信と言えば分かると思うのだケレド」


「――っ!?」


 忘れられる訳がない。あの時の配信が切っ掛けで俺はガブリエールが太陽の転生であると認められるようになったんだ。

 もしもあの配信がなかったら、俺はガブリエールと……陽菜と今のような関係にはなれていなかったかも知れない。


「まさか、あの時ガブの一曲目にラブラボを選曲したのは……」


「アタシよ」


「それじゃあ、ソレイユの歌詞を認めたのは……!」


「それもアタシよ」


 なんてこった、あの歌配信で俺が受けた衝撃は全部この人が仕組んだことだったのか! 


「ウフフ、その目を見て確信したワ。ちゃんと届いていたみたいネ。あなたならきっとアタシの意図を理解してくれると思っていたワ。何せあなたはアタシに似てるかラ」


「俺はそんな凄い筋肉はありませんよ」


「外見の話ではないワ。ライバーに対する目利きみたいなものヨ。太陽ちゃんの存在を知って色々と調べていくうちにワンユウちゃんの事も知っていったのだケレド、あなたが太陽ちゃんを手伝うようになった動機……あの子の魅力を知リ、その上で許せなかったのでショウ? あのまま放っておけば太陽ちゃんが居なくなってしまう状況ガ。そして観たかったんじゃないカシラ、あの子がその名の通りに太陽みたいに配信者として輝く姿ガ」


 何だこの人は……何処まで俺の心を見透かしている? 何処まで理解されている? 

 まるで目の前にもう一人の自分が居て、これまで俺が陽菜と歩んできた歴史を心情ごと暴露されているような感じだ。この人は俺に何を求めているんだ?


「キャニオン社長、あなたは俺に何をさせたいんですか? あの歌配信でガブリエールが太陽の流れを汲んだVTuberだと証明して、それを俺に伝えて何を……」


「まず結論から言いまショウ。アタシはぶいなろっ!!を世界一のVTuber事務所にしたいと考えてル。その為に最初は国内一を目指すワ。――その第一歩として今から半年以内に『GTRぶいなろっ!!サーバー』を開催スル」


「GTRってまさかあのGTRですか!? あれをぶいなろっ!!で……本当に!?」


 GTRはGalaxy Theft Robotの略で直訳するとロボット銀河窃盗というクライムアクションゲームだ。

 遙か未来、地球を脱出した超巨大移民船<ノア>の一区画に設けられた特殊居住ブロックが舞台となっている。

 居住ブロックに作られた巨大な街では移民船で製造された巨大ロボットが窃盗されて犯罪行為に使われたり、その犯行を鎮圧するために保安部隊のロボットが送り込まれたりして戦闘が発生し街が大パニックになるという滅茶苦茶なストーリーだ。


 このGTRのオンラインゲームが巷で大変人気であり、最近では大勢のVTuberが所属する箱で期間限定サーバーが開設され所属ライバー達が参加し大変話題を呼んでいる。

 その何れもがもの凄く盛り上がりVTuber界隈は賑わった。俺も切り抜き動画で観たのだがバチクソ面白かった。

 GTRはロボットを題材としているものの、別にロボットに乗って暴れなくてもいい。ライバーはその街で生活する市民となって十日間自由に動き回る。

 職業はアウトロー、保安部隊、メカニック、医療スタッフ、キャバクラ、オカマバー、メイド喫茶、ぼったくりバー、コンビニ等、多種多様でそれらの職に就いたライバー達による奇跡的な群像劇を視聴者は楽しむ事ができた。


 実施できれば盛り上がること間違い無しのGTRではあるが、現状これをぶいなろっ!!でやるのは難しい。

 ぶいなろっ!!はアイドル性が特徴の女性VTuber事務所であり、他の箱の女性VTuberとは頻繁にコラボするが基本的に男性VTuberと絡むことはない。

 そうなると男女VTuberが入り乱れて爆発的に盛り上がるGTRは実現不可能だ。


 仮にぶいなろっ!!以外の女性ライバーを集めGTRをやってみたとして、他の箱のライバーのスケジュール問題もあるし定期的にログイン出来るかも分からない。

 ぶっちゃけ他の箱で行われたGTRと比較して面白みに欠けるような気がしてならない。

 基本的に世の中アホな事をするのは男なので、彼らがいないと街は割と平和な気がするのだ。ロボットバトルも発生しないと思う。


「う~ん、面白そうとは思うんですけど……」


「正直に感想を言って貰って構わないわヨ。いちリスナーの意見を是非聞かせてチョウダイ」


「……ぶいなろっ!!メンバーの二十四名と他所属の女性VTuberを集めてGTRをやっても、他の箱で実施したようには盛り上がらないと思います」


「その根拠は何カシラ?」


 俺は考えた事をキャニオン社長にありのまま説明した。社長はその間ふんふん頷きながら最後まで聞いていた。


「――以上です」


「そうね、あなたの言う通りGTRを成功させるには百人程度のライバーが必要とされるワ。それも男女が関わる環境が望ましいわネ。現状のぶいなろっ!!では実現は難しい。――でもその打開策は既に考えているのヨ」


「そうなんですか!?」


「ファイプロでは以前からAIシステムの開発を行っているワ。それを導入して自社で運営しているVR型MMORPG『スラッシュ&マジック』は好評を博していル。三期生のセシルはこのスラッシュ&マジックでプレイヤーを補助するAIだった事は知っているでショ。セシルをVTuberとしてデビューさせたのは実際にリスナーと関わらせる事で人間について学習させる為だったノ。そして経験したデータはリアルタイムでスラッシュ&マジックにフィードバックされてアップデートを繰り返しているワ。それによってゲームに飽きが来ない工夫がされているのヨ」


「スラッシュ&マジックは俺も友人と遊んだことがあるので知ってます。VRを使った没入感の高いゲームでした。まるで自分が本当にファンタジーの世界に居るような面白いゲームだと思っています。最近はちょっと忙しくてログイン出来ていないですけど。チュートリアルで助言してくれるAIが親切で驚いた記憶があります」


 今あまり触れないようにしたけど、配信でAIを学習させているとか何かヤベーこと言ってなかったか、この人? 怖いから深掘りするのは止めておこう。


「ワンユウちゃんは嘘をつけないタイプみたいネェ。明らかにAIに興味持ったフェイスをしてるワ。実際、そのAIが重要なノ。ぶいなろっ!!の配信中コメントから得られたリスナーの性格等のデータ、スラッシュ&マジックのユーザーから収集したプレイヤーデータ――それらをAIを使ってNPCに昇華させてGTRの市民として登場させるのがアタシの考えヨ」


「へぇ……はぁっ!? そんな事できるんですか!? いや、それ以前にそんなことやって大丈夫なんですか?」


「全てはエンターテイメントの為ヨ。サプライズとインプレッションをオーディエンスにギブ出来るのならアタシは何だってするワ。この世に生を受けたのなら存分にエンジョイしなくちゃ損でショ?」


 誰よりもこの人の方がよっぽど貪欲なエンターテイナーじゃないか。

 いっそ自分でVTuberデビュー……いや、そのままの姿で配信者としてデビューしたら面白いのではないだろうか?

 

「それにしても壮大な話ですね。AIによるNPCで人数を補えば面白い事になりそうですね。俺、今からGTR楽しみにしています。開発頑張って下さい、キャニオン社長」


「アラアラ、何を他人事みたいに言ってるのカシラ? ワンユウちゃん、あなたも手伝うのヨ!」


「……は?」


 この人、今俺に手伝えと言ったのか? 言ってないよね? だって俺はファイプロの社員じゃないし。――今から近くの耳鼻科にでも行って聴力検査でもして貰うか。


「ワンユウちゃんのお仕事はエンジニアだったわネ」


「何でそれを……」


「あなた、今から一年以上前……六期生がデビューする前の二ヶ月間、お仕事大変だったでショ」


 そう言えばそうだ、陽菜が太陽を卒業しガブリエールとしてデビューするまでの二ヶ月間は大手クライアントから大量の仕事が入り連日残業続きだった。

 そのお陰であの頃の給料はかなり良かった。しかし、何でそんな事まで知って……ん、大手クライアント……?


「あの……まさか、あの頃依頼していた大手クライアントってもしかして……」


「そう、ファイプロだったノ。正確にはぶいなろっ!!の3D歌配信環境の大型アップデートに関連する件ネ。ウチだけでは六期生のデビューに間に合わないから、あなたの会社に依頼したのヨ。あなた達が頑張ってくれたお陰で六期生デビュー直後の3D歌配信は大成功だったワ。ワンユウちゃんなら身をもって体験したから良く分かるでショ?」


 そりゃ俺の人生を左右する感動を与えてくれた訳だから十分に分かってる。

 あれは凄く良かった。心が震える感覚を味わった。俺は自分でも知らない間にあの出来事に関わっていたのか。

 少なくとも誰かに感動を与えられる仕事に関わる事が出来たんだ。何か嬉しいな。


「色々と驚きすぎて頭がおかしくなりそうです。こんな偶然ってあるんですね」


「ソウネ、アタシも驚いたワ。ワンユウちゃんの本名が犬飼優というボーイだと知らされて調べてみたら一年前に仕事を依頼した会社の社員だったんだもノ。――デスティニーを感じちゃうじゃナーイ?」


「ファイプロと関連する仕事が出来て嬉しかったです。先程の話はどう考えても御社の機密情報ですよね。絶対に他言無用を貫きますから安心してください」


「――ところで話は変わるケド、五分ほど前にあなたのスマホに着信が入ったみたいヨ。大切な要件かも知れないし確認しておいた方が良いと思うワヨ?」


「あ、はい。それじゃ失礼して」


 スマホに会社からメールが入っていた。こんな事は滅多に無いから珍しいな。内容は……うん? うん!? ううううううううううん!?


「声に出して読んで貰ってもオーケーかしラ?」


「ええと、『我が社は本日、かねてより親交のあった株式会社ファイナルプロジェクトの傘下に入ることを報告致します。この件に関して現状の仕事内容に大きな変化はありません』……これって、つまり……」


 恐る恐る目の前にいる小麦肌の巨漢オネエの顔を見ると、サングラスを掛けているので目元は分からないものの口角が上がり満面の笑みを浮かべていた。


「そういう訳デ、今日からアタシがあなたのボスよ、ワンユウチャン。これからよろしくネ」

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