第21話 最強の寮母
予定ではもう一泊野宿が必要かと思っていたが、レ―ヴァたちが頑張ってくれたおかげで日が落ちる前に王都に戻ることができた。
あたしから離れたくないと制服を噛んでくるレ―ヴァの機嫌取りに少々時間を割いてしまったが、何とか厩舎に預けることができた。
それから懐かしの兵舎に帰ってみると、メイド服姿の可憐な少女が玄関先で出迎えてくれた。
「リーティア様、ロウファス様。おかえりなさいませ」
「ただいま~、カレン姉!」
「カレンさん、ただいま戻りました」
「お二人ともお荷物は私めが自室に運んでおきますので、まずは旅の疲れを落としてきては?」
カレン姉は表情一つ変えずそう尋ねると、こちらの返答を待つこともなく踵を返し兵舎の奥に消えていった。
真っ白な肌に銀髪、黄色い瞳とお人形のような可愛い容姿をした彼女は、ここの兵舎を管轄している人で一言で表すと超スゴイ寮母さん。洗濯、掃除、料理といった家事全般から兵舎の補修、改修まで何でもこなす。
その上、格闘術にも長けていて、生半可な実力では三秒ももたずに地に伏せることになる。小柄で華奢な彼女からは想像できないほどの怪力。その拳から放たれる一撃は自分よりも大きな岩石を粉々に砕く。彼女のギフトもその戦い方に相性ピッタリな髪と同じ銀色のブラスナックルという拳にはめて使う打撃武器となっている。
ただその場面に出くわしたとある人物が言うには、彼女はその時手に何もつけていなかったらしいが……。
「久々にカレン姉に会ったけど、やっぱりすごいわね。気づいた時にはもうあたしの手からカバンが無くなってたわ……」
「だよな。一個だけならまだしも二個同時にとか、どうやったらあんな動きできるんだよ。って、それよりもカレンさんの言うようにさっさと風呂に入ってこい」
「もちろんそうするけど、ロウは入らないの?」
「俺は後で入る。団長に帰還した報告だけは済ましておかないとな」
「……それもそうね」
「こっちのことは気にせず行ってこい。じゃまた後でな」
その会話を最後にあたしはロウと別れ、一足先に旅の汚れを落とすため風呂場に向かった。
うちの兵舎には風呂場が二つある。一つは団員みんなで一緒に入っても手足が伸ばせるほど大きな浴槽がどんと置かれた男子風呂。もう一つはカレン姉のためだけに作られた女子風呂。あたしがどっちの風呂に入っているのかと言うと、シャワーが備え付けられている女子風呂の方だ。
男性として入団したはずのあたしが、ごく普通に女子風呂に入っているのにはもちろん理由がある。それは入団初日に副団長から『リーティアちゃんはこっちね。シャワーもあるから使ってみてね』と勧められたからだ。とはいっても、大浴槽がある男子風呂も興味があったりもする。だけど、まだ一度も入れていない。毎回誰かが入浴していたり清掃中だったりとタイミングが合ったためしがない。
女子風呂のドアに手をかけ脱衣場に入ると、壁際に空のカゴと布のかかったカゴが隣り合わせに置かれていた。布を取りカゴの中を見てみると、そこには綺麗に折りたたまれた制服、下着、木綿布数枚が重ねて入れられていた。
それから背後のドアを閉めて着ていた服をカゴに投げ入れ素っ裸になると、お湯の張った浴槽が待つ風呂場に足を踏む入れるのだった。
はじめてシャワーのハンドルを回した時の感動はいまでもハッキリと覚えている。だって、丸い取ってを回すだけでお湯が雨のように降り注ぐのよ。こんなん誰だって感動するに決まってるじゃない。
シャワーもだけど、平民生まれのあたしからすれば、大衆浴場にいかなくても風呂に入れるということが贅沢そのもの。宿屋ですら風呂がないところの方が多いのに、平民が暮らす家に風呂なんてあるわけない。風呂がある家なんて貴族が住んでいる豪邸ぐらいなものだろう。
そんな贅沢な時間を堪能し過ぎてしまったようで、風呂から上がって暫く経ってもまだ体が火照ったままで、頭もぼんやりとしている。
「さすがにちょっと長湯しすぎたかな。ロウには悪いけど、もう少しだけここで休んでから団長のとこに行こう。それに髪もまだ乾ききってないようだし……いいわよね?」
脱衣場の壁にもたれながら、自分にそう問いかけ目を閉じる。火照った体にひんやりとした壁が何とも心地よい。
このままウトウトしてしまい本当に夢の世界に行ってしまいそうになった矢先、壁なんて比じゃないほどひんやりを通り越してキンキンに冷えた何かがほっぺに当たった。
その何かが触れた瞬間、あたしは「きゃぁぁ!」と悲鳴を上げると同時に目を見開いた。無表情な少女が鷲掴みにした氷の欠片をあたしのほっぺに当てている光景が見えた。こちらと目が合っても彼女は表情一つ変えることなく、その謎行動を続けている。
「……カレン姉何しているの?」
「それは私めの台詞です。色々と言いたいことはありますが、まずはお水を飲みなさい。一気に飲まずゆっくりと少しずつですよ?」
「いただきます……ぬるい。あたし、冷たい方がいいんだけど……」
「こういう時は常温が一番。その代わりにこうやって氷で体を冷やしてあげているでしょう?」
「えっとね、カレン姉。冷やしてくれるのは嬉しいんだけど、ちょびっとほっぺの感覚が……ね」
「…………」
「あのぉ~、カレン姉。あたしの声とか聞こえてるよね? ついさっきまでしゃべってたよね?」
体の火照りが取れるその時まで、カレン姉の無視攻撃は容赦なく続くのだった。
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