第20話 愛馬と野営

 部屋でひとり待っている間、何度か思い出そうと試みたが結局、この村から離れるその時になっても何一つ思い出すことはなかった。


「あいたたた……う~む、無理に思い出そうとすると頭が吹っ飛びそうになるわ。はぁ~、それにしても部屋を出てからもうかれこれ十分は経つけど、ロウのやつまだ戻って来ないわね」


 ただ食器を返しに行っただけでこんなに時間がかかるのだろうか。そんなことを思いつつ、ふと自分のカバンに視線を移す。そこであたしはあることに気づいた。


「あ~、もしかして荷物の整理とかしているのかも?」


 あたしが持ってきたであろう荷物はそこのカバンにまとめられているようだし、そう考えると彼も自分の荷物をまとめているのかもしれない。


「リーティアにしては良い読みしてるじゃないか。分かってるなら話が早いな、じゃ行くとしようか」


 あたしの独り言に対して返してくる声が聞こえてきたかと思えば、ロウはニヤッと笑みを浮かべながら部屋に入って来た。支給されたカバンを肩にかけ、手には小さな麻袋を一つ持っていた。

 彼が戻って来た時にトリス村に訪れた理由を聞くつもりだったが、すぐに別のことで頭がいっぱいになった。なぜなら麻袋の口からうっすらと湯気が上がり、その湯気に焼き菓子の甘い香りが乗っていたからだ。

 あたしはその小さな麻袋を指差しすぐさま問い詰める。


「ねぇ、ロウ。その手に持ってるものはなに?」

「何って、見てのとおり麻袋だが?」

「あ・た・しが言ってるのはその中に何が入っているのかってことよ!」

「はぁ……お前あんだけ食ってまだ食い足りねぇのかよ。これはだな、ここの厨房を借りて焼いたクッキーの余りだ」

「――余り?」

「あぁその話はまた後でな、つうかお前はまずそこから降りろ……」


 彼はぶっきらぼうにそう言うと、今度はイスに置かれているカバンをトントンと叩く。あたしは彼の指示に従い恋しいベッドから離れカバンを手に取る。


 焼きたてとはいかずともまだ温かいクッキーが目の前にあるというのに、それを一枚も味わうことができないことがただ悲しくて辛い。だけど、いまこの状況でそれを言えばまた怒られそうな気がする……ここはグッと我慢するのよ、あたし。


 その後、お世話になった人たちに別れの挨拶を済ませトリス村を後にした。

 トリス村から王都まで約四日かかるが、一日中歩き続けるわけではない。日が落ち真っ暗になるまでなので、実際の移動時間としては季節にもよるが大体八時間から十時間。ただこれはあくまで徒歩で移動したらの話。


 夜になると足元どころか目の前すら見えないほどの暗闇に包まれる。王都みたいにあちこちに街灯があればまだ何とかなるかもしれないけど、こんな舗装もされていない道を手持ちのランプだけを頼りに移動するのは無謀だろう。

 

 ということで、今日はトリス村から六時間ほど進んだところで野営することになった。

 ロウは移動中に拾い集めていた枝で焚火を起こし、カバンから取り出したパンや干し肉を炙ったり、鍋に入ったスープをかき混ぜ温めていた。

 あたしはせっせと野宿の準備をする彼を横目に見ながら、愛馬の頭を撫でまわしていた。


「よーしよしよしよしよし、いい子いい子」


 目を細めて気持ちよさそうにしているこの子の名前はレ―ヴァ。あたしが王国騎士団に入団してまだ一週間も経っていない頃に出会った子で、名前の由来はレーヴァテインのような真っ赤なタテガミからそう名付けた。候補としては他にも赤い槍のゲイ・ボルグからボルグやあたしの名前から一部を取ってティアとかも考えたが、その中でこの子が一番気に入った名前がレ―ヴァだった。この子以外にも何頭か団長が用意してくれていたんだけど、他の子に目もくれずに秒でこの子を選んだ。


 そういやあの時、団長に『気性が激しく誰にも懐かない暴れ馬を選ぶとは実にお前らしい』って言われたけど、きっと他の馬と勘違いしているに違いないわ。こんな綺麗で可愛くて賢い子がそんなことするわけないもの。


「リーティア、そろそろ晩飯にするぞ」

「分かったわ。レ―ヴァ、あなたもちゃんとご飯食べるのよ」


 撫でていた手を止めると不満そうにぶるんと首を振るレ―ヴァから離れた。

 ロウのもとに向かうと、干し肉を挟んだパンとスープがもう用意されていた。干し肉から漂う香ばしい匂いが食欲をかきたてる。木の皿によそわれたスープにも野菜以外にも細かく刻まれた干し肉が入っている。


 あたしは地べたに座り、布地の上に置かれたパンに手を伸ばすが邪魔が入る。ロウの手によって、パンを取り上げられてしまった。


「あたしの……パン」

「飯を食う前は手を洗えって、何度も言ってると思うが?」

「あっ、はい。そうでした」

「ほらよ、あっち向いて手を前に出せ」


 ロウに言われるがまま振り向き両手を前に出すと、彼は手に持った水筒をあたしの手にかかるように傾ける。ジャバジャバと水筒から流れ落ちる水で手を洗うたびに思うことがある。

 飲み水としても使えるほど綺麗な水で手を洗うというこの行為……罪悪感がすごい。


 そんな後ろめたさを感じながら、ロウから手渡されたパンにかぶりつくのだった。

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