クラスのマドンナに消しゴム貸したら交際申し込まれた話
小坂あと
第1話「恵まれた側の人間」
世の中には恵まれた人間と、別にそうでもない人間がいる。
私⸺
顔に関しては切れ長なツリ目をした奥二重の持ち主であり、人にキツい印象を与えてしまう。真っ黒な黒髪のセミロングという清楚な髪型が似合わないガラの悪さである。
小学生の時につけられたあだ名は“キツネ”で、中学生の頃は“キツネ顔ヤンキー”に昇格した。いや降格か。
唯一、身長だけは163cmと周りの子に比べれば高めではあるものの、それも飛び抜けて高いわけではない。どこまで行っても、中の中が相応しい。
そんな私と同じ空間にいるクラスメイト、
赤茶混じりの地毛は綺麗なふわふわカールを描いていて、幼さの残るぷっくらした頬の輪郭と小さい顎、二重で薄茶色の透き通った瞳。鼻立ちも唇も整ってて、身長は低めだけどスタイルは細くて良い。
とにかく誰もが羨む容姿を持った彼女は、
「ふ、伏見」
「なに?」
「わ、わたしと付き合いなさい!」
どうやら、恋愛においては相手を見る目に恵まれなかったらしい。
「嫌です」
「なんでよ!こんなにも可愛いわたしが告白してやってるんだから、ちょっとくらい考えてくれてもいいじゃない!」
おまけにこの通り性格は高飛車で、傲慢なナルシスト。恵まれてるのは容姿だけかもしれない。
高校生になって一ヶ月。入学式から今まで何回も、ひとりになったところを見計らっては告白をしてくる高良に対して、頭を抱えたい気持ちでいた。
「どうして私なの……高良なら、いくらでもイケメンと付き合えるでしょ。サッカー部の堀田先輩とか」
「ふん。このわたしに相応しいのはあんたしかいないと思ったから告白してるんじゃない。バカなこと言わないで」
「……前からレズなの?」
「った、たまたま好きになったのが女だっただけ!別にあんた以外の女になんか興味もないんだから」
「はぁ……まじでなんで私…」
できるだけ目立ちたくないのに、高良と関わってると嫌でも話題に上がってしまう。人前で告白されないことだけが、不幸の幸いである。
「と、とにかく!わたしは諦めるつもりないから」
「よく見てよ、高良さん。私の顔面を」
ここは現実を教えてあげようと、肩を掴んで顔を良く見せてみたら、バッチリ目が合った瞬間に相手の頬が赤く染まった。そしてすぐ、勢いよく顔を逸らす。
そこら辺にいそうな私の顔を見ただけで照れちゃうくらいには本気で好きなのが伝わって、余計に困った。
「き、綺麗な顔してるじゃない…」
「どこが?もっとよく見て!このほとんど一重な重たい奥二重を!キツネ顔を!」
「クールでいいと思う……それに、鼻も高いし…別に言うほどブスじゃなくない?」
「それ絶対に惚れフィルターみたいなやつだよ!冷めた途端にこいつブスだ…って気付くから、まじで」
「ちょっと。あんまりわたしの好きな相手の悪口言わないでもらえる?気分悪いんだけど」
私の手をあしらうように振りほどいて、高良は深々とため息を吐き出した。
「だいたいね、見た目なんて関係ないの。わたしは伏見の中身に惚れたんだから」
「……惚れられるようなところありませんけど」
「わ、わたしにとってはあるの!」
「いつどこで、なんで惚れたの?」
そこまで言うんだから、そりゃ大層な理由があるんだろうと聞いてみれば、
「受験の時、消しゴム貸してくれたから…」
とんでもなく、ちょろい理由だった。
「は……?それだけ?」
「っや、優しくされたら、誰だって好きになるでしょ!」
「いや別に……そんなんで惚れるのやばいよ。ちょろすぎ」
「う、う…うるさい!とにかく好きになっちゃったの!同じクラスにもなれたし……こんなの運命だもん。付き合ってよ…」
唇を尖らせて、上目遣いでうるうると見上げてきた高良を見て、一周回って心配になってきた。この人、こんな美人なのにちょろすぎない?
そもそも消しゴム貸したことすら、私は覚えてなかったっていうのに……そのくらい、どうでもいい出来事で好かれるなんて思ってもみなかった。
仮に消しゴム貸したのが私じゃなかったら、その相手に惚れてたよなー…この感じ。
だとしたら、彼女をレズにさせてしまったのはわたしにも原因がある?…いやいや、無い。あってたまるか。
どうやって諦めてもらおう……私の平穏な高校生活のために。
「高良、悪いけど私はレズじゃないんだ。女には興味ない。だから付き合えない。分かって」
「……あんたは逆に、この美貌をよく見なさいよ」
傷付ける事も覚悟して馬鹿正直に伝えたのに、彼女は自分の胸元に手を置いてフン、と鼻を鳴らした。……そこで気付く。胸は意外とある。
「女でも惚れるこの、クラス一……いや、学校で一番の美少女であるわたしからの告白を断ろうって言うの?」
「うん。さっきからずっとそう言ってる」
「っ…ち、ちょっとは悩んでよ!あんたみたいな性格が良いやつは他にいっぱい候補がいるのかもしれないけど!」
「いや、いないよ…」
この人、私をどんだけ良いやつと思ってんだろ…そこまで言われるほどの聖人じゃないんだけどな。
そもそも、ムカつくやつに対して心の中で「死ね」とか願っちゃうくらいには、ある意味で“良い性格”をしてる私が、聖人なわけがない。健全で、人間味溢れるごく普通の女子高校生してる。
むしろこういう時に、「あんたみたいなブスが断るなんて」と言わない高良の方が、意外と性格が良いとさえ思った。根はいい子なんだろうな。
ただの友達なら、大歓迎なんだけど……
「せ、せめて……連絡先、交換してよ」
「え。嫌です」
「なんで。そのくらい良いじゃん」
「だって毎日連絡きてめんどくさそうだし…」
「ま…毎日するに決まってるでしょ。好きなんだから!」
「はぁ……私、苦手なんだよね。文字打つの」
「じ、じゃあ…電話にしてあげる」
「もっと嫌です」
「っひ、ひどい……そこまでわたしのこときらいなの?」
「いや嫌いとかじゃないけど…」
学校以外でもこんなしつこい絡みされたらと思うと……気が重い。
どう断ろうかと、頭の後ろをかきながらチラリと高良の方を見たら、彼女の瞳にどんどん涙が溜まっていくのが映ってギョッとする。
「ち、ちょっと待って。なんで泣いてんの」
「だって……学校以外でも声聞きたかっただけなのに、そんなに嫌がられると思ってなかったんだもん…」
ついには涙が溢れて、ポロポロと頬に伝ったのを、慌ててポケットから取り出したハンカチで拭った。ま、まさかここまでガチ泣きされるなんて思わなかった。
「ご、ごめんって。泣かないでよ」
「うぅ〜……その気ないなら優しくしないで……もっと好きになっちゃう…」
「それは困るけど、泣いてるのにほっとけないって…」
「んんん、そういうとこ!ずるい、大好き、ばか」
「えぇ…?」
情緒どうなってんの?
戸惑いながらもハンカチは貸してあげて、泣きやまない様子の高良のそばに付き添う謎の時間をしばらく過ごした。
あんまり優しくしすぎると、ちょろい彼女はすぐ惚れちゃうらしいから……なるべく体には触れないように、オロオロした情けない姿はここぞとばかりに見せておく。これで少しは好感度が下がることを祈って。
「……落ちついた?」
「ん。…ごめん、ハンカチ汚した」
「いいよ、そんなの。洗えばいいんだから」
「…伏見」
ハンカチを口元に当てて、俯いていた高良の顔が持ち上がる。
泣いたからか、真っ赤な顔で潤んだ瞳をした彼女は、男にやればイチコロな仕草で弱く制服の裾を引っ張ってきて、可愛らしく眉を垂らした。
「やっぱり、好き……付き合って…?」
情けない姿を見せる作戦は、失敗に終わった。
「なんでそうなるの…」
「こんなに優しい人、他にいないもん。だいすき」
「過大評価しすぎ。いっぱい居るから」
「それでも……伏見がいいの」
きっと、理屈じゃないんだろう。
不安げな眼差しで下から窺うように見つめられたら、私まで言葉には言い表せない不思議な気持ちになってくる。
「……分かった。連絡先くらいならいいよ」
完全に降参して折れてしまった私に、高良は瞳を輝かせていた。
こうして、根負けしたことで連絡先を交換することになった私と高良は、結果的に付き合うことになる。
が、それはまだ少し先の話である。
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