第89話 ある一つの願いを壊す時

 三日月夜。

 暗く、陰鬱とした、月の明かりも入らない地下室を私は歩いていた。

 錆びついた格子の続く牢屋の最奥、木の椅子に縛り付けられたキャッツを格子越しに見下ろした。


 服の一切を剥ぎ取られ、けれど闘争の意思を隠そうとしないアビゲイルは私を睨みつけた。


「ニャ……アビゲイル……!!」

「生憎と、私の首を狙う刺客相手に容赦するつもりはない。例えそれが友人だとしても、だ」


 影の中から椅子を取り出し、私は座る。

 ここに来たのは他でもない、キャッツの処遇を決めるためのものだ。


「つい先日、大幹部たちによる会議に参加した。そして、私が新しい首魁に就くことを納得させた」

「ニャ……!?」

「お前は蹴落とされた、ということになる。多少の小細工を弄したが、誰もお前を庇わなかった。裸の王様とはこのことか」


 愕然と。

 口を開き、目を見開くキャッツに私は口角をつり上げた。


「え、う、え……?ミャーの、ミャーの組織が……乗っ取られたニャ……?」

「面倒臭いことこの上ないからこの手段は取りたくなかったがな。が、お前の協力を得られない以上は仕方のない事だ」


 キャッツとの協力を進めた場合、組織の正常化に努めるつもりであった。

 組織を正常化し、組織全体を規律あるものに変えることで社会的な地位を獲得する――その裏で、フィルナンド家に接触し鏖殺する計画であった。

 しかし、キャッツが私の命を狙った以上その計画を行うリスクが高い。故に、キャッツを社会的に謀殺することで組織の長に立つ必要があった。


「これが、目的で……ミャーと接触したのかニャ!?」

「接触は偶然の産物。そも、この街の事は迷宮『テスタメント』によって富を得ている冒険の都としか知らなかった」


 影の中から紙の束を取り出し、キャッツに突きつける。


「だが、私はこの街に巣食う邪悪な悪意を知った。知った以上、私は悪意を潰さなければならない。例えそれが

「ッ!?」


 私の心内に秘め、吐露した決意にキャッツの目に驚愕を露わにする。

 この世界においても国を滅ぼす事は大罪そのもの。国というコミュニティ、アイデンティティを奪う所業は許されざる行為だ。

 しかし、『外宇宙』に住まう怪物、邪神の顕現は許してはならない。顕現を許せば最後、最悪世界が食い潰される。

 故に、


「私は『外宇宙』を、そこに住まう邪悪たちを許さない。そのためにも、お前の組織を乗っ取らせてもらった」

「……酷い、酷いエゴニャ。そのために、何人の人間を巻き込むつもりニャ……!!」


 俯いたキャッツ憎むような声を発する。

 己の身を捕らえ、己の玉座を奪った簒奪者。

 その目的が組織とは関係ない、陰謀論じみた言の葉が理由であり納得できるものではない。

 しかし、それと対して私は微笑みを返した。


「必要ならば、幾らでも。しかし、最初に贄となるのは弱い者だろうな」

「――――!!」


 キャッツは慟哭を上げようと口を開き、そして閉じる。


「弱肉強食は世の常。弱者は食い物にされ、強者のみが生き残る。それを否定し、弱者が弱者のまま生き残ろうとする事は良いことだと私は思う」


 人間は皆弱い生き物だ。

 弱いから群れ、弱いからこそ力を合わせ、或いは支配して力を得ようとする。その行為は人族も魔族も同様で、集団こそ人間の、引いては生物の在り方だ。


「だが、良い事が必ずしも認められる訳では無い。むしろ、善良な事ほど損をする事も多い」


 コボルト討伐の依頼は達成して1000ガメル。

 犯罪組織の制圧の依頼は前金で1000ガメル、達成すれば追加で1500ガメル。

 依頼の難易度としてはコボルトの方が簡単だとしても、仕事としてどちらが楽かと聞かれれば犯罪組織の制圧であった。


「そして、人族社会では金こそ力。力があるからこそ人が集まり、力があるからこそ弱者を守ることができる」


 魔族社会と人族社会。価値観の相違で絶対に相容れる事の無い二つの集団。

 しかし、その実力に縋る性質は変わらない。その柱が暴力か金かの違いでしかない。


「キャッツ、お前は力を削いだ。人が縋る柱を削ぎ落とし、力を在野に放り捨てた。金のなる木を切り倒そうとする阿呆を、金を求めてやってきた者たちが信じるに値すると思うか?」

「ニャ――!!」


 キャッツの瞳孔が縦に割れ、筋肉が隆起する。

『獣化』の種族特性はライカンスロープだけでなく、リカントも有している。元値が高いライカンスロープと比べれば身体能力に劣るリカントでも、それ相応の力にはなる。


「が、一手遅いな」


 縄を引き千切ると同時に手に拳銃を掴む。

 そして、


「ニャ……!?」


 パンッ!!と。

 引かれた凶弾はキャッツの鳩尾を撃ち抜いた。

 腹に血が滲み、手のひらを当てながら後退するキャッツを見下ろした私は背後に忍び寄る気配に目を向けた。


「来たか、ユカ」

「はい、アビゲイル様。それと、キャッツ様」


 私に頭を垂れたユカはキャッツに視線を向け、グチャリと口角を歪める。

 それを目にした私はユカに牢屋の鍵を投げた。


「彼女の身柄はお前の好きにしろ。私はそろそろ眠らせてもらう」

「承りました。……さぁて、まずは何をしましょうかねぇ……!」


 愉快げな声音で手を振るい、黄金の鎖を作り上げたユカを尻目に背を向ける。


(……これで後には引けないな)


 キャッツは裏切り、憎しみを向けられた。

 それは私の行った悪辣への解答であり、ここに彼女との関係は破綻した。


(違うか、私が破綻するよう仕向けたか)


 これより積み上げる悪虐。私が積み重ねる屍山血河に濡れる前に、彼女を私から離させる必要があった。

 それが友人としての最後の我儘であり、私の心内にある枷を砕くには十分であった。


「ガラテア。リリシェーラ。ベラン」


 地上、月光差し込む工房の中で眠りにつくホムンクルスとエルフ、また、見張りとして立つライカンスロープを見回す。


 私の身に勝手に仕えた者たち。


 私と共に血に汚れる事を選んだ者たち。


 彼ら彼女らを前に私は口角をつり上げ、革生地の椅子に座った。


「さて、暗躍を始めよう」


 この街に根差し、暗躍する者たち。


 その者たちとの戦争もまた、暗躍であり、冒険の都を覆う影でもある。


 ―――――――――――――――――――――――

 皆さん、こんにちは。ここまで読んでくださりありがとうございます。作者の黒猫のアトリエAct2です。


 これにて第ニ章『冒険の都を覆う影』が終わります。

 この章の位置づけは暗躍の始まり。他者の罪を飲み干すエゴであり、彼女の身勝手でもございます。……やはり、長いでしょうか。章立てするにしても、もう少し短くした方が良かったでしょうか。


 また、少しでも面白いと感じてくださったのなら♡、★が貰えたら喜びます。





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