第二章 冒険の都を覆う影
第48話 1年後
木々の生い茂る森の中、一人の男が走る。
薄汚い服には真っ赤な鮮血が濡れ、息は絶え絶え。走る速さは遅く、その背後を追いかける私は魔力を練り上げた。
「【黒刀】」
足を縺れさせ、それでも止まらないよう走る男の体が縦に裂かれた。
漆黒の刃。影の斬撃が男ごと目の前にあった木を切り落とし、倒れる轟音が響く。
完全な即死。滑らかな断面から流れ落ちる赤い血が腐葉土へと染み込む。
一人の男の末路を冷たい目で見下ろした私は指先から影の糸を垂らす。
「……逃げなければ楽に死ねたのにな」
指先の影の糸を操り死体に絡みつかせる。
その瞬間、糸が死体の肌を、肉を、骨を断ち切る。バラバラな肉片となった死体を見下ろし、影の中へと収納する。
「終了。マスター。こちらの方は終わりました」
影の糸を影へと還すと、私が駆けてきた道からガラテアがゆっくりと歩いてくる。
手にしたライフル型魔動機銃『パイソン』から漏れ出る魔力の残滓とブーツについた赤い血痕は一仕事を終えたことを意味していた。
「わかった。とりあえず、ガラテアは川の方で休息しておいてくれ」
「了承。食事の準備をして待っています」
一礼し、私に背を向けたガラテアが立ち去る。
その後ろ姿を見えなくなるまで見届けると、私は来た道を戻る。
集落の滅びから1年が経過した。
私とガラテアはあの日決めたイリクスの街へと向かうため、西へと向かっていた。
街までの道のりはもう少しのところであり、今日一日歩けば到着できるまでの位置にいた。
(しかし、存外治安が悪いな)
眉間を撃ち抜かれた死体の山を影の糸で切り刻み、影の中に入れていく。
死体は皆人族の盗賊であり、人里離れた目につかない場所に拠点を構えていることが多い。
そして、魔族である私もまた人里から離れた道のりを歩んでいるため、遭遇することは少なくない。
盗賊は人族が多く、そのため金品を貯蔵している。稼ぎが不安定な時期の初期費用を稼ぐには丁度良いのだ。
肉片に変わった死体たちから視線を外し、立てられたテントの中の物を物色する。
保存食にガメル硬貨、手入れ不足ではあるがナイフや剣といった武具。
それら全てを影の中に収める。
(影の収納は便利だな。バッグの類も基本的に持たなくて良いし。……と)
簡易的なテントを立てている川の方へと向かおうとした瞬間、鋭い殺気を感じとる。
身を引いた直後、私の首を掠めるように矢が通り抜け、木の幹に突き刺さる。
「はあァァァァァァァァァァァァァァ!!」
直後、木の幹から隠れていたのか、ヒュームの戦士が飛び出す。
手にした武器はロングソード。ありきたりな得物を振り上げ、私へと振り下ろす。
「冒険者か」
魔族語で呟き、サイドステップで打ち下ろしを躱す。横薙ぎの追撃を左手の甲で打ち落とし、続けざまに迫る拳を右手の平で受け止める。
冒険者の仕事の中には人族の集落や街道に現れる盗賊の討伐も含まれる。
盗賊といえど、冒険者くずれから武器を持っただけの素人まで幅があり、初心者でも行う者は少なくない。
盗賊と交戦する機会がある以上、総じて冒険者とも戦う機会は少なくない。
(戦士一、格闘家一、弓使い一、神官一。見た目と年齢からして
木の上より私を狙う弓使いの女エルフと戦士の背後に立つ神官服を着た女神官を見た後、割り込んできた格闘家の蹴りを後ろに跳んで躱す。
前衛二。後衛二。バランスが良く、また崩しにくい。
(前世風に言えば『オーソドックス』だな)
「だが、私を殺すには足りない」
同時に迫る戦士と格闘家を一瞥し魔力を練り上げた。【残影】気味に地面を蹴り、女格闘家を拳の間合いへと入れ込む。
「【プロテクション】!!」
直後、神官の声が鳴った。
その瞬間、私も女格闘家の間を割るように光の壁が生まれた。
【プロテクション】、信仰魔法と呼ばれる魔法体系の魔法。それは神聖な光の壁を作り、防御する。古くからある魔法ではあるが、それ故に使い勝手の良さもまた同等だ。
「が、悪手だ」
直後、格闘家の足元の影が伸びた。
背部より差し貫く影の触手が背後から心臓を刺し貫き、棘が体から突き出た。
正面を防御する障壁。シンプルで使い勝手が良いが、障壁が生まれた瞬間、僅かな安心感という隙が生まれる。
その隙を影魔法が見逃すことはない。
「よそ見するな」
仲間の唐突な死に目を見開く戦士へとヌルリと【残影】気味に肉薄し、拳を胸へと打ち込む。
「【魔力撃】」
ドンッ!!という音が戦士の胸から響く。
戦士は口から血を吐き出しながら後ろに倒れ込み、息絶える。
「えっ……」
「っ!!」
神官は愕然と、弓使いの女エルフは即座に矢を番え私へと射る。
仲間の仇を討とうとする行動に私は笑みを浮かべ、
「【地槍】」
その目論見ごと粉砕した。
大地から突き出た岩の槍が障壁を粉砕し、弓使いの体を刺し貫く。
「ゴフッ!?」
口から血を吐き出す弓使いを一瞥し、砕けた障壁の残骸を踏み付け神官へと近づく。
恐怖で顔を青く染め、体を震わせる神官の首に手を伸ばし、掴み、握り絞める。
「ガ、あ……」
ジタバタと藻掻く足。
首に爪が伸びてひっかき傷を作り、恐怖からか下から液体が漏れ出す。
しかしそれも十数秒にも満たない出来事。次第に抵抗は収まり、その体から生命の活動が停止した。
完全に生命活動が停止したのを確認し、首から手を離す。
(集落があれば、敵対する理由を聞いていたが……それも無い。敵対するのなら問答無用で殺すだけだ)
四人の死体を影の中に収め、川のある東側へ体を向けた。
旅はまだ途中。少しでも先に進むためにも、時間ばかりかけてはいられない。
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