第32話 運命の刻
骨組みを組み立て、その上に布を被せる。
テントを手早く作り終えた頃には既に太陽は頂点に昇り、昼食を取り終えた私は自分のテントに戻った。
「よいっしょ……と」
着ていた黒のワンピースを脱ぎ、影の中から針と黒い糸を取り出す。
(あーあ、ばっさり斬られてる……)
切り裂かれた腹を見下ろし、ため息をつくと黒い糸を針に通し、縫い始める。
裁縫は母に習った。ネクスと戦い、すぐにボロボロになる服を捨てることが出来ない――捨てるだけの余力がない――から、幼い頃に母に教えてもらった。
採寸から服作りまで一人でこなせる母やフランメと違って、服の補修しかできないが、それでも捨てなくて済む。
針を動かし、切り裂かれた場所に布を当てて縫い付ける。時間がゆっくりと過ぎていき、やることもないので独り心地に欠伸をこぼした。
(……しかし、もう12歳か。そろそろ身の振り方を考えなければならないか)
バジリスクの成人年齢は15歳。残り3年もすれば、晴れて大人の仲間入りとなる。
そして、大人になってすぐに集落を出るつもりでいる。その決意は欠片も変わっていない。
(集落出た後、何をしようか)
自由に生きる事は前提条件であり、必須条件だ。
では、自由に生きて何をしたいのか――そう問われると、答えることができない。
私が暴力を求めた理由も自由に生きるための必要最低条件であり、必須条件ではない。
(うーむ……やりたいことは色々とあるが、一番は冒険だろうな)
この世界は剣と魔法のファンタジーであり、それに付随する形で『迷宮』等の存在や『魔物』等の脅威が存在している。
未知なる場所、未知なる生き物との闘争はそれだけで胸躍る。魔族としての私は、未知の闘争を望んでいた。
(後は……まぁ、魔法の研究だろうな)
『初級魔法教本』に書かれた三つの文明。それらはそれぞれ特徴を持ち、現代までに失伝した技術も多い。
その中には魔法に関連した技術も含まれており、影魔法に関する技術もあるかもしれない。
(……結局、人族の書籍でも影魔法が何なのか分からなかったからな。……人族領域に忍び込み、調べるか)
『初級魔法教本』含め、各種魔法理論、魔法考古学に関する書籍を読み込んだものの、影魔法に関する記述はなかった。
一般に広まっている書籍では影魔法に関する情報は載っていない――そう判断した私は、人族領域への潜入というリスクを手に取る必要があると理解した。
(しかしまぁ、潜入のためには色々とやらないとならないことがあるがな)
補修を終えたワンピースを洗い物が積まれた籠の中に放り込む。曲線を描き、綺麗に落ちたのを確認するとタンスを開ける。
「しかし……今日は暑いな」
熱の籠もるテントの中、汗をかきながら黒ワンピースを取り出し着替える。
(後で私も水浴びでもしようか)
「アビーちゃん、いるー?グランドール様が早く来いって」
「ああ、わかった」
テントの入口を開け、中を覗き込むフランメに顔を向け、返答する。
(……そろそろ、か。かなり時間がかかったな)
フランメが外に出ていくのを確認し、軽く魔力を練り上げ影を伸ばす。影は本や保存食に伸び、引きずり込んでいく。
親父が直接来ず、奴隷であるフランメに呼びかけに来る――直接来れないほど、事態が逼迫している事の現れであり、予見していた事態の発生の可能性があった。
(半年以上かかったが、それほど警戒してくれたお陰で準備を整えれた)
魔法理論を用いた影魔法の強化。
戦斧を用いた近接戦の強化。
呪詛魔法を利用した搦め手。
ネクスとコンビナートを利用した一対多想定の戦闘経験。
この半年、急ピッチで進めた戦闘能力の増強。充分とは言えないが、それでも最低限実戦で使えるレベルには仕上げることができた。
「さて、行くか――」
テントの入口を踏み越え、外に出向く。既に外は臨戦態勢が取られており、大人たちやネクスたちが武器を手にしていた。
「あ、アビーちゃん。来たんだね」
ネクスの下へと足を進めるとネクスが気づき、にこやかに手を振る。拳を痛めないよう革製のグローブで保護し、私に抱きついてくる。
「ああ。……結局、逃げなかったのか」
「うん。アビーちゃんがいない人生はつまらないからね。だから……生き残ろう」
ネクスを抱きしめ、離れる。ネクスは笑みを浮かべ、拳を突き出す。
「当然だ」
突き出した拳に私もまた拳を突き出し、小突く。
その瞬間――世界から色が抜け落ちた。
「……………………………………………………………………は?」
数瞬、否数秒の間、私は現実を受け入れることができず、思考が追いついた瞬間間抜けな声をあげた。
周囲を軽く見回すが誰も動いていない。
風の音も、喧騒の声も聞こえず、風に飛んだ葉は空中で静止している。
時間の停止――影や空間を操る事とは比にならない、規格外の神秘に私は目を見開く。
「おや、随分と驚いていますね」
「ッ!!」
静寂を引き裂く穏やかな、それでいて邪悪を隠さない男の声に反応し、即座に踵を返し影を纏わせた足を振り抜く。
鋭利な斬撃と化した足は声の主に当たり、しかしその腕に傷つけず静止する。その事実以上に、私は、声の主を見て目を見開く。
声の主は頭がなく、その代わりに空間に穴を開け、漆黒の中に銀河と星を浮かばせる存在――スペースマンがいた。
「スペース、マン……!!」
「はい。お久しぶりですね、……いえ、初めまして、アビゲイル・セイラム様」
足を退き、距離を取る。スペースマンはそれを意に返さず、白手袋を嵌めた手を握り開く。
「……前世と比べ、随分と迷いがありませんね」
「当然だ。……お前は敵でもなければ味方でもない、人を弄ぶ邪神だからな」
最大限の警戒と今行える最高効率で魔力を練り上げながら、拳を構える。
一挙手一投足、その全てに警戒を向ける私に意に返さず、スペースマンは何処からともなく現れた椅子に座り、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「飲みますか?」
「いらん。……しかし、どういう了見だ」
「と、いいますと?」
「とぼけるな。祝福と呪いを授け、異世界に転生させる。そして、転生者の人生を劇として愉しむお前が、舞台に上がる理由が分からない。……何が理由だ、スペースマン」
スペースマンの本質は観客。
舞台に口出しせず、悲劇と惨劇を愉しみながら観劇する。――そうでなければ、12年間一度足りとも干渉してこなかった理由がつかない。
私の問いかけに対し、スペースマンは顎に手を当てる愉快げに手を叩く。
「ええ、ええ。よくお分かりで。化身の中には舞台に上がる事を好む者もいますが、私として舞台の演者よりも観客でありたいと自負しています。――ですが、舞台の主役が輝く前に殺され、劇が取り止めになるのは回避したいのですよ」
「……私が死ぬと?」
「ええ。少なくとも、今の貴女では必ず」
「そうか」
キッパリと。
死を突きつけられた私の心は、平常通りの声音を示した。
この人生はボーナスステージのようなもの。やるからには全力を尽くすが、死ぬとなれば全力で抵抗してから死ぬ。
何より、死の恐怖を御せずして魔族の中で生き残れる訳が無い。
「態々それを言いに来たのか?」
「いえ、これは私個人の連絡でして。用件は別です」
そう言うとスペースマンは一呼吸置き、告げた。
「貴女に依頼をこなしてもらいたいのです」
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