第13話 強襲の始まり
人族の集落というのは馬を走らせて3時間ほどの場所にあった。
小高い丘の上から人族の集落を見下ろし、その規模に注視する。
(……中々に大きいな)
人族の集落の規模は大きく、私たちの集落三つ分はある。
集落を木の柵と堀が覆い、その中には畑や酪農地があり木製の建物が立ち並び中心に小さいながら何かしらの神性を祀る神殿が立っている。
平原の開拓を任された開拓村や私たちのような移動式の集落ではない。この平原で拠点となるよう作られ、発展し始めている村だ。
(人数規模は数百を超えそうだな。それに対し、こちらの数は30人前後。流石の親父も躊躇するか)
顎に手を当て思案しながら親父の方に視線を送る。
「ただ襲撃を仕掛けただけでは駄目だな。……おい、斥候に出したコボルト共はどうした」
親父が側に駆けてきたダークエルフへ顔を向ける。
丘のすぐ下にコボルトたちの仮拠点を設けているらしく指示を出すために部下に出向かせていた。
ダークエルフはその端正な顔を僅かばかり歪ませ、
「それが……仮拠点にしていたところが荒らされていまして……」
「ちっ、適当なコボルトを囮にしようかと思ったが多分殺られているな。そうなると、少なくともコボルト共を殺れる人族が複数人いることになるか」
ダークエルフを下がらせた親父は顔を僅かばかり顰めていた。
コボルトは魔族の中での立場が低い、謂わば奴隷階級の種族。様々な雑務の他、先鋒や斥候、囮役といった命の危機に晒される役回りを張らせる。
しかし、それらはこの本隊の戦力を削ぐことなく強襲を行うため必要なことでもある。
それが使えない以上この中から犠牲が出ることは確定している。親父が顔を顰めるのも無理のない話だ。
(……しかし、これはかなりまずい。最悪集落が滅ぶことになる)
集落の観察を切り上げ、私は馬の手綱を握り直す。
コボルトが集落近くに拠点を作っていたこと、それが人族に露呈してしまった。
このまま撤退したところで収支が無いどころかコボルトの頭数だけ減り、更には集落のことが露呈している可能性がある。
集落は移動しやすいようテントを寄せ集め作っているため柵と堀が無く攻め入り易い。集落を人族が発見すれば、間違いなく冒険者を雇い襲わせるぐらいはしてくる。
一人二人ならまだしも何十人何百人と攻められれば必ず負ける。
数と団結力こそ、人族の最大の武器であり脅威たり得る。
親父や母でも数の暴力には勝ち目は薄く、それは他の大人たちも同様だ
(私としては集落が滅びようが興味はない。だが、まだ集落を滅ぼされては困る)
大人になり、集落から離れたら集落に帰るつもりは欠片もない。
しかし、まだまだ弱い私にとって強さの指針や安心して眠れる寝床、安定した情報源を失うのは大きすぎる痛手だ。
故に、
(人族の村は今日、必ず滅ぼす。しかしそれをできるだけの力を私は持たない。だから、親父たちを利用する)
親父と親父の指示を待つ魔族たちを見回す。
好戦的な者は考えこむ親父に業を煮やし始め、冷静な者もまた僅かばかり険悪な空気を出し始めている。
どちらも多かれ少なかれこの戦いを勝てると算段をつけている。
だから私はその背中を押すだけで良い。
「親父、柵と堀を破壊をすれば蹂躙できる?」
「それは立ち回り次第、だな」
即答だった。
私の問いかけに対し、親父は私に顔を向けることなくただ口を紡ぐ。
「あの規模なら必ず戦闘能力の無い人族がいる。そいつ等を狙うよう仕向ければ、人族は必ず動きが鈍る。そこを叩き続ければ必ず殺れる」
確信めいた答えに口角を吊り上げる。
迷いのない解答は周囲の大人たちの耳にも届き、険悪な空気は好戦的なものに変わり始める。
「なら、私が柵と堀をどうにかするから突入してくれ。それと、馬を預かってほしい」
「……わかった。こうなった以上、やるしか無い」
私は適当な魔族の大人に手綱を預け、地面に降りると親父たち背を向け、丘を下りていく。
(さて……と)
丘を降りきり、堀の前に立つ。
柵の奥に人族の姿は見えない。少なくとも、私の接近に気づいている人族は存在しない。
ゆっくりと拍動に合わせ魔力を練り上げ、魔力を影へと流す。
深く、深く。
暗く、暗く。
最も身近にある異界へと魔力が広がり、影が私の意思に従い広がっていく。
影は堀を埋め立て、また底なし沼に引きずり込まれるように柵を沈めてく。
(属性魔法で埋め立てたり破壊したら規模が大きくなる。それに魔力の消費も属性魔法に比べて少なくて済む)
堀と柵を破壊する。
馬が通れるだけの道を作る。
その二つを同時に叶える手段を私にはできる。生物以外を呑み込みことのできる影の中に柵を引きずりこみ、また堀を影で塞げば良い。
(大人たちの戦力を確保する以上、露払いは率先して行わないとな)
柵が完全に影の中に引き込まれ、影が覆う地面に背を向け丘にいる親父たちに大きく手を振る。
親父たちに通じたかは分からない。しかし、丘を駆け降り始めた。
私は確かな高揚感を感じながら、人族の集落へと視線を戻す。
「さて、と。強襲を始めるか」
最初の守りは剥がした。そして、それが致命傷になり得る。
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