第9話 鬼ごっこ
意識を取り戻して三日、傷が完治した私は訓練に戻る。
安全のため村から少し離れた平原に訓練の場を移し、私と母は相対していた。
「私の訓練は鬼ごっこです」
母は静かに手にした長杖を抱きながら告げた。
「貴女が一撃でも私に攻撃を当てれれば貴女の勝ち。その間、私が貴女を叩きのめします。威力は調整しますが、当たりどころが悪ければ死にますので注意して下さい」
「わかった……!?」
母の体から漏れ出る魔力が揺れた瞬間、地面を蹴り距離を取る。
瞬間、先程まで立っていた地面から岩の杭が突き出る。
「反応がいいですね。そうです、殺し合いはいつも唐突に始まるものです。警戒を怠らず殺し合いましょう」
飄々とした態度を崩さず、母は杖を片手に持ち戦闘態勢をとる。着地と同時に地面に出来た影に魔力を与える。
(最初から全力だ……!!)
手加減は出来ない。
元より手加減を出来るような相手ではない。
影から数本の触手を生み出し、一斉に母へと差し向ける。母は長杖を一度水平に振るい、たったそれだけで触手を薙ぎ払い左手を向ける。
「【雷霆】」
母が何かを唱え、左手に閃光が生まれる。
瞬間、腹を稲妻が貫いた。
「――――ガッ!?」
腹から来る衝撃に肺から空気が抜け出し一瞬息が止まる。
本能が最大級の警鐘を鳴らし、すぐに呼吸を再開させる。
地を蹴り降り注ぐ氷の槍を躱し、草原を駆け抜け炎の矢を躱してく。
(母は……いや、エレイナが行使する魔法は属性魔法の全属性。それは戦闘においてあらゆる状況に対応できる事を意味している)
属性魔法は火、水、風、土、光、氷、雷の属性に大別される。
汎用的な魔法体系として開発され、習得難易度は他の魔法体系の中で最も低い。
しかし習得難易度が低い代わりにその技能は才能に左右される。
全属性の使用は才能と才能に裏打ちされた努力によって成し得る超絶技巧だ。
降り注ぐ岩の砲弾の間を駆け抜け、砲弾を足場に跳躍する。
「――【黒刀】!!」
右足に影を纏わせ空中で足を振るい影の刃を放つ。
エレイナは杖を両手に持ちその先端を向ける。
「【水刃】」
杖から放たれたのは水の刃。
水の刃と影の刃が衝突しあい、水の刃が影の刃を切り裂いた。
飛翔する水の刃を空中で尾を振るい叩き落とし、落下する。
「威力も速さも申し分ありませんね。ですが……」
着地と同時に降り注ぐ氷の剣を影を操り破壊していく。
背後に回り込む風の砲弾を手刀で切り裂いた直後、影の隙間を縫うような軌道で飛んできた岩の弾丸が脇腹を抉った。
「うぐっ……!?」
治ったばかりの脇腹に再び傷がつき、血が漏れ出す。
痛みに目を細めながら距離をとるため大きく飛び退く。
「ごふっ!?」
その瞬間石の砲丸が胸に直撃した。
メキリという音が胸から聞こえ、体勢を崩しながら地面へと叩きつけられる。
口から何度も血を吐き出し、立ち上がろうとする。
その瞬間、杖の先端が私の眉間に突きつけられた。
エレイナは大きくため息をつくと、
「13秒……貴女、痛手を負うと距離を大きく取ろうとする悪癖が直っていませんね」
「うぐ……」
立ち上がりながら血を吐き出すとエレイナを見据える。
エレイナは再び私から距離を取り杖を構えた。
「貴女の欠点は攻めの弱さ。影魔法は奇襲性や汎用性、殺傷力は十二分にありますが如何せん飽和攻撃に弱すぎます。貴女の戦い方は防御主体で捌きながら影魔法で虚を突くもので理にはかなってますが反撃の力が脆弱過ぎます。ですので、私が教えるのは反撃する力。それまでは何度も死にかけますよ」
杖を振るい、放たれる風の刃を影を纏わせた手刀で切り裂く。
すかさずエレイナは杖を地面に突き刺し、地面を捲る。土の津波に向けて右手を伸ばし、影の壁を作り土の津波から身を守る。
「守りに徹しているだけでは勝てませんよ」
降り注ぐ瓦礫を足場に飛来するエレイナに目を見開きながら振り下ろされる杖を受け止める。
衝撃で地面に足がめり込み、歯を食いしばり重さに耐える。
「【雷霆】」
エレイナの詠唱と共に杖から雷が放たれる。
零距離からの魔法攻撃を私は避けることすら出来ず撃ち抜かれる。
(意識が持っていかれる……!!)
全身に伝わる稲妻が肌も筋肉も神経も焼き焦がす。
口から絶叫と共に口から煙を吐き散らし、痛みをハ発する眼球から血が布を染み込む。
死。
その単純な結末が脳裏を過った。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
喉を焼き切らんほどの絶叫と共に右手に影を纏わせスナップを利かせ動かす。
瞬間、エレイナは地を蹴り後ろに飛び退き先程までいた虚空を影の刃が掠めた。
「11秒。……必要最低限の動きで影の刃を振るいましたか。こと魔法の制御、魔力の操作に関しては私以上ですね」
着地したエレイナは愉快げに、楽しげに笑みを浮かべ声音を弾ませる。
ふくらはぎに薄っすらと、しかし確実に刻まれた切り傷から漏れ出る血をエレイナは指で拭き取り舐めた。
私は何度も咳き込む口から血塊を吐き出したエレイナを見据え拳を構えた。
(瞬間的ではあるが、私の刃はエレイナへと届いていた。……相手は無敵ではない、なら殺し方は確実にある)
欠点を理解し、対策を立て、勝つ。
今までとやる事は何一つとして変わらない。ただ厳しく、命の危険があるだけだ。
「では次です。次はもう少し耐えてくださいね」
「わかった」
魔力を練り上げるエレイナと相対し、私は笑みを浮かべた。
――その後、言わずもがな叩きのめされるのだが。
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