第13話 借金がある


 このアプリは無料のお試し版です。


 不特定のスマホの電源を自由にオン・オフ出来ます。


 電話機能をコントロールし、相手に知られずに会話を盗聴することが出来ます。


 ・・・・・・・・・・


 もう、何もかもがうんざりだ。


 毎月の家賃、電気代、食費に交際費。


 全部払ったら、給料はなにも残らない。


 交際費なんて言っても、週に一回、同僚たちと居酒屋でシケタつまみで会社のぐちを垂れ流すだけ。


 見たい映画があっても、DVDになるまで待つしかない。


 幸せな結婚・・?


 きっと幸せなのはホンの数か月だけ。


 後はマンネリと拘束の日々。


 俺自身に経験は無くても、会社の上司や仲間を見てれば馬鹿だって気づく。


 夢は、追っかけてる時だけが幸せ。


 捕まえてしまえは、ただの日常。


 夢によっては、腐敗し、体中に絡みつかれて動けなくなる。


 ああ、何か刺激的なものないかな?


 ・・・・・・・・・・・


 無料版のアプリを起動した。


 アプリ側が勝手に選択した電話番号につながった。相手の電話番号は表示されない。


 全く知らない他人の会話。胸が高鳴る。


 ・・・・・・・・・・・・


「おやじはあんな状態だし、直ぐに俺のものになるんだろ?」


「もし亡くなられても5年、待って頂きます」


「ふざけるな。5年も待ってられるかよ」


「財産なしでも5年間、ちゃんと生活が出来ている事。それが相続の為の条件です」


「そんな条件なんか聞いてないぞ。おふくろと何か企んでるんだろ」


「3年前に書かれた遺言状です」


「5年後に誰が、チェックするんだよ」


「我社で実績のある調査会社です」


「落ちたらどうなる?」


「弟の修二様が、第一権利者となります」


「ほら、思った通りだ。修二はおふくろのお気に入りだからな」


「・・・・」


「仕方ない。おやじを説得して遺言状を書き直して貰う」


「現在、お父様は認知症を患っていらっしゃいます。遺言の変更は不可能かと・・・」


「く、くそ」


「ぶしつけな質問で恐縮ですが、現在お金に困ってらっしゃるのですか?」


「借金がある・・・」


「恐縮ですが、いかほど?」


 ・・・・沈黙。


「448円」


「はっ?」


「どうしても、牛丼が食べたくなって・・、仕方なくタナカさんに借りた」


「タナカさんという方は、どういった・・」


「この施設での俺の担当者だ。タナカさんも安月給で、448円は大金だ。早く返してあげたい」


「その程度の金額であれば、お母さまにお願いすればよろしいのでは?」


「おふくろは修二を愛してる。俺のためには一銭も出すつもりはない」


「しかし、その施設の費用は毎月50万と聞いておりますが・・・」


「50万円がどの程度の金額かは分からないが、とにかく今俺が必要なのは448円だ」


「分かりました。この件は、私の方で対処しておきます」


「感謝する。5年後に金が手に入ったらちゃんと返済するつもりだ。借用書を用意してくれ」


「了解しました。直ぐに用意致します」


 ・・・・沈黙。


「もし、仮にだが、弟が第一権利者になった場合、俺には一銭も入らないんだな?」


「とんでもございません。その場合でも純一様には、今の施設への永年使用料。さらに、無事退院された場合には、生活資金として、20億円が分与されます」


「その金で、仕事もしないで暮らして行けるのか?」


「通常なら、十分かと存じます」


 ・・・・沈黙。


「448円の件、早急に頼んだぞ」


「承知しました」


 ・・・・・・・・・・・


 俺はアプリを終了した。


 純一とかいう男を不憫に思った。


 退院出来なければ、一生施設暮らし。恐らく、女にも不自由するだろう。


 退院したら、相続金狙いのハゲタカの様な女たちに食い物にされる。


 俺には結婚は向いてない。


 出来れば定年まで働いて、ボーナスを丸ごと貯金しておこう。


 幸い、配達先には、旦那に飽きた熟女たちがギラギラした目で俺を待っている。

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