第208話 タイスト、おこです
ゲーアノルトと話し合い、当面の方針は決まった。
ラグリフォート領を取り巻く状況も、
急いで様々なことに対応しなくてはならないが、まだ領主軍も騎士団も完全に掌握できているわけではない。
エウリアスは今話し合ったことを踏まえ、とりあえず主だった者に指示をすることにした。
「それでは、父上。俺は早速みんなに指示を出してきます。」
「ああ、頼んだぞ。」
エウリアスは一礼してドアの方に向かおうとし、そこで止まった。
「あの、父上に一つお願いがあるのですが……。」
「何だ?」
ゲーアノルトに促され、エウリアスは姿勢を正す。
「今回の作戦によって命を落とした者についてです。」
「…………ああ。」
ゲーアノルトが、表情を引き締めて頷く。
「ラグリフォート領のために戦い、命を捧げた者のための碑を建てたいのですが……。」
「碑を?」
大きな事故などで亡くなった者の追悼は、教会で行われる。
わざわざ別に碑を建てるようなことは、あまり行われない。
エウリアスの苦し気な表情を、ゲーアノルトはじっと見つめる。
そうして、頷いた。
「エウリアスのしたいようにしなさい。」
「あ、ありがとうございます。」
ゲーアノルトの許可をもらい、エウリアスはほっとして表情を和らげる。
エウリアスはもう一度礼をすると、部屋を出て行った。
そんなエウリアスを見送り、ユスティナは複雑な表情になる。
「……碑、ねえ。」
なぜ、わざわざそんな物を建てようとするのか。
そんな風に思っている顔だった。
ゲーアノルトは、ユスティナに視線を向ける。
「エウリアスの中で、そうしたい…………そうせざるを得ない『何か』があるのだろう。」
「そう、せざるを得ない?」
「騎士や兵士が、領地のために戦う。時には命を落とす者もいるだろう。……それは、当たり前のことだ。」
ゲーアノルトがそう言うと、ユスティナも頷いた。
「しかし、私らはその当たり前に慣れ過ぎてしまったのかもしれないな。」
「当たり前なのですから、慣れるのは当然なのでは?」
「そうかもしれん。だが……。」
ゲーアノルトは、エウリアスの出て行ったドアを見る。
「エウリアスは…………領主には向いていないのかもしれんな。」
そう、呟く。
過度に領民を思い過ぎれば、非情な決断を下せなくなる。
そんな事態が起きないに越したことはない。
しかし、どれほど望まなくても、そうした事態が起きることはある。
きっとエウリアスも、必要になればきちんと決断を下せるだろう。
だが、その重さはいつか、エウリアスの心を圧し潰してしまうかもしれない。
優しすぎるが故に、すべてを真正面から受け止め、背負っていこうとして……。
ゲーアノルトの呟きを聞き、ユスティナが口の端を上げる。
「らしくありませんね、ゲーアノルト様。」
そうして、鋭い目をドアに向けた。
「本人の向いている向いていないは関係ありませんよ。それでも領主として領地を背負えるように鍛えてきたんです。あの子なら、その辺の
ユスティナの目が、少しだけ悲し気に細められる。
「……それが、どれだけ本人にとって茨の道であろうと、ね。」
その言葉に、ゲーアノルトは黙って頷くのだった。
■■■■■■
エウリアスがエントランスを出ると、タイストが炊き出しを頬張っていた。
「あ、タイスト。身体はどうだ?」
「んっく………ぼ、坊ちゃん。すみませんでした、寝過ごしちまったみたいで……。」
口の中の物を無理矢理に飲み込み、バツの悪そうな顔をする。
「いいよ。昨日……ていうか、まだ今日だっけ。さすがに無理をさせ過ぎたからな。」
少ない手勢で、確実にゲーアノルトを救出するため、かなりの強行軍になってしまった。
無事にゲーアノルトを救出することができたが、あんな状態での救出作戦など、返り討ちに遭っても不思議はない。
犠牲を最小限に留めることができたのは、みんなの奮戦のおかげだ。
「父上から、正式に領主軍を使う許可を得た。主だった者を集めて会議をしたい。食べ終わったら駐屯地に来てくれ。」
「ま、待ってください。私も行きますんで。」
タイストはコップの中のスープを飲み干すと、積まれたパンの一つを手に取る。
そうして、エウリアスの前に立った。
「もっとゆっくりしてていいぞ?」
「いえ、もう十分ゆっくりさせてもらいましたから。本当にすみませんでした。」
タイストが、また謝る。
エウリアスは苦笑した。
「そこまで気にすることはないよ。」
「そういうわけにはいきません。坊ちゃんはもう何日も戦ってきて、今だって一人で動き出してます。こんなんじゃ、護衛失格です。」
どうやら、本気で落ち込んでいるようだ。
エウリアスは、そんなタイストに笑いかける。
「分かった。じゃあ、次の作戦はタイストをこき使うとしようか。」
「ええ、お任せください。坊ちゃんは指示だけでいいですからね。」
エウリアスは冗談のつもりだったのだが、タイストは本気で言っているようだ。
「まあ、それはこれからの会議次第だ。タイストは俺と駐屯地に。他の隊長格には、とりあえず動ける騎士の再編をさせておいてくれ。負傷した人員を除いた、作戦行動が可能な部隊を作らせてくれ。」
「分かりました。おい、フレリック、ユベーロ、ちょっと来てくれ。」
タイストが、王都の屋敷から同行していた二人の小隊長に声をかける。
そうして、元々屋敷にいた騎士たちも含めた、騎士隊の再編を指示した。
「よし、じゃあ行こうか。」
「坊ちゃん、ちょっと待ってください。」
そう言って、門に向かおうとするエウリアスを引き留めた。
先程とは別の騎士に声をかける。
「馬を五頭用意してくれ。あと、手の空いている騎士を三人。坊ちゃんに同行する。」
「はっ。」
タイストが指示すると、その騎士がすぐに厩舎に向かった。
「夕方に、お一人で駐屯地まで行かれたんですよね? それも、徒歩で。」
「あー……うん。まあ……。」
エウリアスが歯切れ悪く肯定すると、タイストが溜息をついた。
「何で馬を出さなかったんですか?」
タイストに言われ、エウリアスはぽりぽりと頬を掻いた。
「特に理由があったわけじゃないんだけど……。みんな疲れてたし。すぐそこだし。」
「すぐそこって、何キロあると思ってるんですか。変な気を遣わないで、何でも命じてください。」
「分かった、悪かったって。」
「……本当に分かってるんですか?」
じとっとした目で、タイストがエウリアスを見る。
何となくだが、タイストの機嫌が悪そうだ。
寝不足ではないよな?
「もしかして、置いていかれたの根に持ってる?」
「当たり前です。何で声をかけてくれなかったんですか。」
どうやら、そこがポイントだったらしい。
「ゲーアノルト様が動けない今、坊ちゃんに万が一あればラグリフォート領は終わりですよ? これから会議で話し合うのも、ラグリフォート領の残りの地域の奪還ですよね?」
「まあ、それもある。」
タイストが、大きく大きく溜息をつく。
そうして、真剣な表情でエウリアスを見つめた。
「お願いします。御身を、まずは一番に考えてください。今は坊ちゃんだけが唯一の希望なんです。」
「んな、大袈裟な。」
エウリアスは思わず突っ込んでしまうが、現在の状況では決して大袈裟ではない。
夕方の行動は軽率だったと言われれば、確かにその通りだ。
「分かった分かった。これからはちゃんと声をかけるよ。」
……なるべく、と心の中で呟く。
エウリアスに向けるタイストの目が、これ以上ないくらいに疑念を含んでいた。
もしかして、心の声が聞こえたか?
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