第209話 肩書で遊ぶな
陽が落ち、暗くなった道をエウリアスたちは馬で駆ける。
松明で夜道を照らしながら、レングラーの町を抜け、駐屯地へと向かった。
夕方までみんな死んだように眠っていたため、こんな時間から活動することになってしまった。
駐屯地に近づくと、あちこちで篝火や松明が掲げられているのが見える。
本部や宿舎は、サザーヘイズ領主軍に好き勝手にいじられた状態だ。
とりあえず不要な物を外に出し、各部の機能を回復させる作業をしているのだろう。
駐屯地の敷地に入り、そのまま本部の建物に向かった。
エウリアスに気づいた作業中の兵士たちが手を振り、声をかけてきた。
エウリアスは本部に着くと、ルボフに言って会議を開かせる。
会議に参加するのはエウリアス、タイスト、グランザ、ルボフ。
そして、中隊長のうち数人も招集した。
会議室の机を囲み、まずはエウリアスが会議の目的を明確にする。
「父上から正式に指揮権を預かった。これからいくつかの作戦を同時に進行しなくてはならないが、意見のある者は何でも言ってほしい。」
エウリアスは全員を見回す。
「特に、北部や南部の解放は迅速に行う必要がある。まだ敵に支配されたままの地では、多くの民が不安と恐怖の
エウリアスがそう言うと、全員がしっかりと頷いた。
すると、早速ルボフが挙手する。
「よろしいでしょうか、坊ちゃん。」
「ああ、どうした。」
「先程、指揮権をゲーアノルト様より預かったと言っておりましたな。」
「ああ。ラグリフォート領の解放について一任すると言われた。」
それを聞き、ルボフが頷いた。
「それでは、今後の坊ちゃんのお立場は『将軍』ということでよろしいですか?」
エウリアスはずっこけた。
「おおう……将軍かぁ。」
「それは素晴らしい!」
「いいですなぁ。」
ルボフの提案に、なぜかみんなが賛同していた。
「よろしくないわっ! 何言ってんだ!」
「しかし、領主軍の最高指揮官は領主……ゲーアノルト様です。大隊長らに対して命令する立場ですから、指揮権を預かった坊ちゃんは将軍となるのが妥当かと。」
「妥当じゃないわっ! 普通、領主軍には将軍職はおかないんだよ! 規模が全っ然小さいんだから!」
戦乱の時代から、将軍位には一万人以上を統率する者が就くのが通例だった。
過去の例として、五千人程度を任された人物でも「将軍」とされた者もいるが、これは少々特殊な例だ。
そして現在、下級貴族の領主軍では千人にも満たない規模の領地もある。
ラグリフォート領では、兵士が三千人、騎士が五百人。
総勢で、三千五百人だ。
これに警備隊の千人を加え、最大で四千五百人まで動員することができる。
実は、これは伯爵領としてはかなり多かったりする。
上級貴族の領主軍でも、普通は五千人前後とされている。
つまり、どこの領地でも一万人もの兵を抱えているようなことがないため、領主軍には将軍は置かれない。
まあ、これは一般論の話なので、もしかしたら置いている領地もあるかもしれないが。
そして、明らかな例外がサザーヘイズ領主軍だ。
大公爵領は非常に大きく、また通常の領地よりも多くの権限が大公爵には与えられている。
そのため、擁する領主軍も規模が大きく、エウリアスが以前に聞いた話では三万~四万人はいるという。
エウリアスは、うんざりした様子で顔をしかめる。
「俺の役職なんかはどうでもいいんだよ……。どうせ肩書でなんか呼ばないだろ?」
エウリアスがそう言うと、ルボフが目を輝かせた。
「そんなことはありません。許可をいただければ今後は将軍閣下とお呼びして――――。」
「やめろやめろ! 却下だ馬鹿野郎! つーか、閣下とかまじでやめろよなっ!?」
伯爵家当主でさえ、閣下なんて呼ばれねーわ!
これは敬称のつけ方が間違っているとか、つけて呼ぶと却って失礼になるというわけではない。
あくまで通例の話ではあるが、閣下は職務上の役職につけることが多い。
宰相閣下、大臣閣下、大使閣下などだ。
爵位に閣下をつける場合があるのは、上級貴族の公爵と侯爵くらいだろうか。
これはあくまでリフエンタール王国の通例なので、他国のことは知らないけど。
でも、外交の場では男爵でも閣下をつけるって話だったか?
相手国が男爵でも閣下をつけるのが通例の場合、合わせないと外交問題になりかねないので。
つーか、確実に外交問題になるな。
エウリアスは、こほんと咳払いをした。
「とにかく、俺の肩書なんかどうでもいいんだ。そんなに気になるなら、指揮官代理とでも思ってくれ。」
エウリアスがそう言うと、全員が明らかに不満顔になった。
「ふーむ……代理、という響きがあまり良くないですな。」
「やっぱり、そう思いますよね?」
「もっと格好いい肩書がいいですよ。そうだ、いっそのこと元帥とかにしちゃいます? 大元帥とか。」
「おっ……いいねえ!」
何やらイキイキとしながら、エウリアスの肩書を決め始めた。
当然、エウリアスはブチ切れる。
「よくねーわ! 王国の歴史上でも大元帥なんて一人もいねーわ! いい加減にしろ、お前たちっ!」
旧帝国時代には大元帥となった人物もいたらしいが、王国にはそんな役職は存在しない。
というか、規定そのものがない。
エウリアスが大喝すると、みんながしゅんとなった。
いい
「遊んでる時間はないんだよ! 仲間のっ……領民たちの命が懸かってるんだぞ!? もっと真剣にやれ!」
「「「はい……。」」」
「すみませんでした。」
「申し訳ありません……。」
どうもゲーアノルトが救出されたことで、少々気が緩んでいるのかもしれない。
全員がしょんぼりする中、グランザが立ち上がりぐるりと見回す。
「坊ちゃんの言う通りだ。肩書など気にすることはないではないか。ゲーアノルト様がお認めになり、指揮権を預けられたのだ。この事実こそが肝要。違うか?」
「そ、そうだな。」
「うむ、その通りだ。」
全員が納得したのを見て、グランザが座った。
ルボフが、エウリアスを見る。
「それでは、現在の状況の整理から始めたいと思いますがよろしいですかな? やるべきこと、動かせる人員をまずははっきりさせましょう。」
「ああ……。それでいい。」
ルボフの提案を了承する。
そこで、エウリアスはもっとも大事な情報を共有することにした。
「まず、お前たちに伝えておくことがある。」
そう言うと、全員が表情を引き締めてエウリアスを見る。
「敵は、サザーヘイズだ。ムルタカも手を組んでいるのは確実だが、ラグリフォート領を占領していたのは、そして父上のいた補給基地を守っていたのはサザーヘイズ領主軍だ。」
「「「……サザーヘイズ?」」」
会議室内がざわつく。
「そ、それは本当なのですか? あの大公爵が、このようなことを……?」
「これは間違いない情報だ。なぜ、と疑問を抱くのは無理ないとは思うが、事実として受け止めろ。理由など、本人に聞かないとどうせ分からん。だから気にするな。だが、敵を見誤れば、とんでもない痛手を被ることにもなりかねないぞ。」
エウリアスが明言すると、全員がしっかりと頷いた。
「ラグリフォート領を占領している部隊も、サザーヘイズ領主軍で間違いない。どうやら連中は、あえて所属を曖昧にしていたみたいだな。」
本部にあった資料などには、サザーヘイズ家を匂わせる物は一切なかった。
身につけていた装備にも、そういう紋章の類はなかったのだ。
そうしてエウリアスからの情報共有が済むと、今後の作戦を話し合う。
まず、やらなくてはないこと。
・北部、南部の解放
・北部の山岳地帯に置いてきた、負傷兵の救助
・レングラー地域、及び屋敷の防衛体制の構築
現在、動員できる戦力。
・兵士、九百人
・騎士、二百人
大雑把に言うと、大体こんな感じだ。
「工事にあたっていた兵士はどこにいたんだ?」
エウリアスがそう尋ねると、ルボフが大きな地図を準備させる。
壁に張った地図の前に立ち、二つの場所を指さす。
「一千二百ほどが、こちらで治水工事にあたっておりました。また、ここの街道の整備と拡張工事に八百ほどがあたっておりました。」
領主軍の兵士は、普段は領地の様々な工事に狩り出されている。
一定の期間でレングラーの駐屯地の部隊と入れ替わり、訓練を集中的に行うことで、兵士としての質を保つ。
ラグリフォート領が占領される前までは、二つの大隊が南部で工事を行っていたそうだ。
また、北部と南部にも駐屯地があるが、こちらは現在それぞれ百人ほどを置いているだけ。
主要部隊が出払い、駐屯地としての機能を維持するためだけの、留守番部隊だ。
「治水工事にあたっていた部隊は比較的近いな……。なるべく早く、この部隊とは合流したいな。」
エウリアスが方針を示す。
この部隊を解放できれば、一気に動員できる戦力が倍になる。
エウリアスは、ルボフを見た。
「リュークハルドはどこにいるんだ?」
「南部の駐屯地かと。元々ゲーアノルト様が予定されていた南部の視察を、代わりに行っていましたので……。おそらくはそちらに。」
リュークハルドとは、ラグリフォート領主軍で騎士団の団長を務める男だ。
ルボフら三人の大隊長と協力し、領主軍をまとめていた。
王国中を飛び回り、不在がちだったゲーアノルトに代わって、領地の防衛を任されていた一人だ。
本来なら必要ないが、あえて将軍職を置くとしたらこのリュークハルドになるだろうか。
ここで、少々ややこしい部隊編成の基本の話をしよう。
小隊とは十人で編成される。
この小隊が十個集まり、中隊となる。
中隊が十個集まって、大隊となる。
つまり、大隊とは千人を表す。
ただし、これは基本の話なので、人数はあくまで目安だ。
そして、さらにややこしい階級の話となるが、『騎士』は『兵士』よりも上位として扱われる。
このため、十人の騎士を率いる小隊長は、十人の兵士を率いる小隊長よりも格上だ。
王都でエウリアスの護衛隊、及び屋敷の警備を任されていたタイストは中隊長。
そして、グランザも中隊長だ。
ただし、領主軍の中ではグランザよりもタイストの方が上位として扱われる。
兵士よりも、騎士の方が上位だから。
千人超えの兵士を統率するルボフは、兵士の大隊長。
総勢で五百人しかいない騎士団の団長も、扱いとしては大隊長である。
だが、領主軍の中では騎士団長のリュークハルドの方が、ルボフよりも上位となるのだ。
つまり、騎士の大隊長 > 兵士の大隊長 > 騎士の中隊長 > 兵士の中隊長 > 騎士の小隊長 > 兵士の小隊長といった感じ。
騎士と兵士の大隊長では上下が明確にあるが、実際はゲーアノルトの下に、リュークハルドとルボフたち大隊長三人が並ぶという感じ。
これが、ラグリフォート領主軍の最高幹部たちということになる。
ちなみに、大昔は小隊長を十人長、中隊長を百人長、大隊長を千人長と呼んでいたらしい。
旧帝国時代や、リフエンタール王国の建国直後はそう呼んでいた。
しかし、部隊の単位を人数ではなく、大中小で表すようになった。
なぜか?
答えは単純で、人員の損耗が激しく、十人長といいながら五~六人しかいないというのがザラだったからだ。
千人長と言いながら、四百人程度の人員しか確保できなかった、なんて記録もあるらしい。
そのため人数ではなく、小隊中隊大隊と呼ぶことにした、と戦術・戦略の勉強で師匠に教えてもらった。
『だったら、小隊を率いる者を小隊長という役職とは別に、階級を作ればいいのに。』
と突っ込んだことを、エウリアスは憶えている。
そうすれば、兵士と騎士で同じ小隊長でも差がある、なんて不合理を生まなくて済むのに。
部隊の規模は、部隊の規模。
役職は役職。
個人の階級とは切り離した方が、余程分かりやすいと思うのだが。
エウリアスは地図を見ながら、解放していく町や村の順番を考える。
限られた人員を割り振り、可能な限り速やかにサザーヘイズ領主軍の残党を排除する。
とはいえ、残党と言いながらも、まだ北部と南部にいるサザーヘイズ軍の兵数は千数百人に上る。
現在エウリアスが動かせる人員よりも多いのだ。
しかも、その動かせる人員の中から、屋敷やレングラー地域の防衛のためにも兵を置かなくてはならない。
そうなると……。
「……屋敷に騎士五十、兵士は百を置くか……。レングラーの駐屯地に二百……山岳地帯の救助部隊に二百……。」
エウリアスは左手でこめかみを揉むようにして、ぶつぶつと呟く。
逆算し、解放のために使える兵数は――――。
「兵士五百……。騎士は百五十がぎりぎりってとこか。」
しかも、この解放のための部隊を数日かけて行動させる場合、輜重隊も考えないといけない。
当然ながら、輜重隊に人数を割くと、攻撃の部隊を減らさざるを得ない。
ぶっちゃけ破綻である。
これで北部も南部も、と同時進行で解放しようと兵を分散すれば、被害が跳ね上がるだろう。
下手すると、解放作戦そのものが失敗に終わる可能性さえある。
「坊ちゃん、ここは治水工事にあたっていた部隊の解放を優先してはどうでしょうか。」
タイストが、地図を見て悩むエウリアスに提案する。
「途中の町なども一旦は無視して、工事を行っていた場所を目指します。千人を超える兵士が動員できるようになれば、もはや問題らしい問題はなくなるでしょう。」
「そうだな。一番の問題は、苦しい人員事情だけだ。数が揃えば、あとは各地に散っている残党どもを捻り潰すだけでいい。」
タイストの意見に、他からも賛同の声が上がる。
エウリアスも頷いた。
「その通りだ。今晩で一気にケリをつければ、輜重隊のこともそこまで心配しなくて済む。」
解放に使える部隊を、まずは一点集中で治水工事を行っていた場所に向かわせる。
そこで千人の兵士を解放させれば、ラグリフォート領の解放も時間の問題だ。
「よし、すぐに準備にかかってくれ。……と、その前に部隊編成を決めないとだな。」
大雑把な人数の割り振りは考えたが、具体的に誰を救助部隊にし、誰を屋敷の防衛に回すのか。
そうしたことを決めないといけない。
「ルボフ。」
「はい。すでに編成案はあります。あとはこれを割り振るだけなので、そこまで時間はかかりません。すぐに決められます。」
エウリアスがルボフを見ると、しっかりと頷いた。
ルボフは、中隊長たちを自分の周りに呼んだ。
「……もしかしたら、治水工事をしていた場所から、他に移されているかもしれませんね。」
「閉じ込めておくとしたら、やはり駐屯地か。駐屯地にも、先行して人をやるか?」
「偵察隊をいくつか出しましょう。治水工事、駐屯地、他にも集められていそうな場所に行かせて、場所を確定させましょう。」
「輜重隊は小規模で十分です。薬関係をメインで運ばせて……。」
様々なことを想定し、部隊を決めていく。
エウリアスは、その様子を頼もしく見ていた。
(……お遊びが過ぎる時もあるけど、何だかんだ頼りになるんだよなあ。)
地獄の行軍を踏破し、ゲーアノルト救出を成功させた精鋭揃いなのだ。
むしろ「これさえなければ……」と少々残念な気持ちになる。
エウリアスが微妙な表情でルボフたちを見ていると、そんなエウリアスに苦笑するタイストとグランザなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます