第203話 悔恨と懺悔




 エウリアスは一人、陽が落ちた薄暗い道を歩く。


「こっちにはいないぞっ!?」

「こっちもだっ!」

「もっとよく探せっ! 万が一があったら――――!」


 エウリアスが駐屯地から戻ると、屋敷で何やら騒ぎが起きていた。

 エウリアスは門を潜り、辺りを見回す。

 首を傾げる。


 とりあえず何が起きたのか、通りかかった騎士に声をかけてみる。


「どうかしたのか?」

「どうかしたかじゃない! 坊ちゃんがどこにも見当たら――――坊ちゃんんんっ!?」


 エウリアスが声をかけた騎士が、飛び上がって驚いた。


「いっ……いたぞぉーーっ! 門だあっ!」


 その騎士が大声で知らせると、わらわらと騎士たちが集まってきた。


「「「エウリアス様っ!」」」

「「「どちらに行かれていたのですかっ!」」」

「どこって、ちょっと駐屯地に。」


 何でもないことのように言うと、騎士たちがさらに注意してくる。


「お一人で行かれるなど!」

「せめて、誰かに言ってからにしてください!」


 それを聞き、エウリアスはじとっとした目を騎士たちに向ける。


「行く前に使用人には声をかけた。みんな庭でぶっ倒れてたし。だいたい、屋敷前の道に転がってる騎士には声をかけながら行ったんだぞ? 町の方に向かったのは、何人も見てるだろう。」

「「「…………え?」」」

「「「そう、でしたっけ……?」」」

「あれって、坊ちゃんだったか?」


 騎士たちが、気まずそうな表情で顔を見合わせる。


 どうやら、みんな寝惚けていて記憶が曖昧らしい。

 まあ、それだけ疲れていたってことなのだろうけど。


 エウリアスは溜息をついた。


「みんな元気になったようで安心した。そろそろ炊き出しの準備も終わったんじゃないか? みんなはもう食べたか?」

「い、いえ……。」

「それどころではありませんでしたので……。」


 返答が、尻すぼみになる。

 勘違いで大騒ぎになり、食べていなかったようだ。

 エウリアスは苦笑した。


「まずは腹ごしらえをして、それから警備体制を話し合ってくれ。」

「「「わ、分かりました……。」」」

「「「お騒がせして、申し訳ありませんでした。」」」


 謝罪する騎士たちに、エウリアスは頷いた。

 そうして、騎士たちを見回す。


「そういえば、タイストは? まだ寝てるのか?」

「あー……そういえば、まだ見てないですね。起こしますか?」

「いや、いい。休ませてやれ。」


 エウリアスはそう言うと、炊き出しをみんなと食べに行った。







■■■■■■







 腹ごしらえを終えると、エウリアスは屋敷の中に入った。

 ゲーアノルトの私室に行くと、入り口にはちゃんと護衛騎士が立っていた。


「エウリアス様。」


 エウリアスが部屋の前に来ると、護衛騎士が敬礼する。


「父上は起きてる?」

「はい。先程お食事を終えたようです。」

「良かった。ちょっと話をしたいんだけど、いいかな?」


 護衛騎士に確認してもらい、入室の許可をもらう。

 エウリアスが部屋に入ると、ゲーアノルトはベッドで横になっていた。


 ベッドの横には、椅子が置かれている。

 おそらく、食事の介助に女中メイドが付いていたのだろう。


「父上、お加減はいかがでしょう?」

「そう心配するな。ちょっと身体が鈍っただけだ。」


 そう言いながらも、まだあまり顔色は良くない。

 燭台の灯りのせいで、余計にそう見えるのかもしれないけど。


 エウリアスは椅子の横に立つと、ゲーアノルトの顔をじっと見た。

 伸び放題だった髭が剃られ、その表情がよく見える。

 頬は痩せ、目の周りもやや落ち窪んでいる。

 そして、左頬に一本の傷ができていた。

 この傷は、多分残ってしまうだろう……。


「どうした? 座りなさい。」


 エウリアスが立ったままなのを見て、座るように促す。

 だが、エウリアスは座ろうとしなかった。


「……申し訳ありません、父上。」


 そうして、深々と頭を下げた。

 いきなり謝罪するエウリアスに、ゲーアノルトが複雑な表情になる。


「何か、謝罪するようなことがあるのか?」


 ゲーアノルトは、優しい声で問う。

 エウリアスが何を謝罪したのか分からないというのもあるが、ゲーアノルトは別の意味を感じ取った。

 それは、エウリアスの中の後悔。罪悪感。


 何に対してかは分からなかったが、それでもエウリアスは胸の内に抱える「何か」があるのだ。

 ゲーアノルトは、一旦それを吐き出させた方がいいと思った。


 エウリアスはゲーアノルトに聞き返され、微かに身体を震わせた。

 ゆっくりと頭を上げると、エウリアスは告白した。


「母上…………ノーラとアロイスを……殺しました。」


 それは、エウリアスの罪。

 家族を、この手で殺したという罪悪感。

 勿論、二人は赦されざることをした。

 だが、たとえそうでも、エウリアスが自分の手で殺したという事実は消えない。


 エウリアスが悔恨の念に動けずにいると、ゲーアノルトが頷いた。


「……いいのだ、エウリアス。それは、お前が背負うべきものではない。」

「しかし、父上! 俺は――――!」

「すべて、私の不徳、不明が招いたこと。お前は、それに巻き込まれたにすぎん。私の方こそすまなかった……。お前につらい役目を押し付けてしまった。」

「ですが……。」


 エウリアスが、それでもなお自らの罪だと言おうとすると、ゲーアノルトが首を振った。


「思えば、エウリアスには大きすぎる期待をしてしまった。お前は何でもこなしてしまうから『もっと、もっと』と。」

「そんなのは、当たり前のことじゃないですか。」

「お前がそうして、当たり前のようにこなしてしまうから、私も勘違いしてしまったのだ。」


 そうして、まるで懺悔でもするように苦し気な面持ちになる。


「当たり前なんかじゃなかった……。お前は、とても真剣に取り組み、懸命に乗り越えてきたのだな。」


 ゲーアノルトが、悲し気にエウリアスを見つめる。


「こんなことまで乗り越えなくてもいいのだ、エウリアス。お前が背負う必要はない。これは、すべて私の責任。私の罪科つみとがなのだ。」

「父、上……。」


 ゲーアノルトが、シーツから手を出し、エウリアスの方へ伸ばす。

 包帯の巻かれた痛々しい腕で、エウリアスの手を取った。


「すまぬ、エウリアス。私のせいで、お前にはつらい思いをさせてしまった。」

「…………っ。」


 掴まれた手から伝わる、温もり。

 ゲーアノルトの手の温かさに、不意にエウリアスの目から涙が零れた。

 咄嗟に横を向き、目元を覆う。


「すまなかった……。それと、ありがとう。お前のおかげで、私は命を救われたのだ。」


 エウリアスは漏れそうになる嗚咽を必死に堪え、ゲーアノルトから伝えられる感謝と謝罪の言葉を、黙って聞いていた。







 少しだけ気持ちが落ち着くと、エウリアスはゲーアノルトに勧められて椅子に座った。

 そうして、ゲーアノルトの身に何があったのか、事の顛末を教えてもらった。


 突然の通行税の増税。

 それを餌に、罠を張ったムルタカ子爵。

 しばらくして、臨時の補給基地に移送された。

 そこで、エウリアスの廃嫡を命じられたことなどだ。


「……アロイスを嫡男に指名するように言われ、ノーラが関わっていることが分かった。」


 そう、苦しそうにゲーアノルトが言った。

 牢に捕らわれ、時間だけはあった。

 その有り余る時間を使い、様々なことを考えたらしい。


「ユスティナに言われてな。きっと廃嫡のことを知れば、エウリアスは不審を感じ取るはずだ、と。」


 あのエウリアスの廃嫡は、ゲーアノルトからエウリアスに向けた救難の合図シグナルだった。

 そう言われ、エウリアスは少々恥ずかしい思いをする。


(……別に、廃嫡なら廃嫡でいっか、とか思ってましたけどね。)


 タイストやグランザ、ステインに説得され、動くことを決めたのだ。

 確かに不審なものを感じはしたが、それもそのまま受け入れようとしていた。

 エウリアスが微妙に目を泳がせると、ゲーアノルトが不思議そうな顔になる。


「どうかしたのか?」

「いえ、何でもありません。」


 エウリアスは曖昧な表情で、とりあえず誤魔化しておいた。

 その時、部屋のドアがノックされる。


「ユスティナ様がお見えになりました。」

「通せ。」


 護衛騎士がユスティナの来訪を伝えると、ゲーアノルトが入室を許可した。

 ユスティナが、軽い足取りで部屋に入ってくる。


「どう、調子は? あら、ユーリ。来てたの。」

「……師匠。」


 そんなユスティナに、エウリアスは眉間に皺を寄せる。


(…………大体、何で師匠があそこにいたんだ?)


 エウリアスにとっては、ある意味で最大の謎。


 二年以上前、ある日突然にエウリアスの元を去った師匠ユスティナ

 エウリアスはそのことを思い出し、顔をしかめてしまうのだった。




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