第204話 師匠の方針




 エウリアスがゲーアノルトと話をしていると、ユスティナがやって来た。

 席を譲ろうとするエウリアスを、ユスティナが軽く手を挙げて止める。

 椅子に座ったエウリアスの横に、ユスティナが立つ。


 そうして、ゲーアノルトが起きるというので、背中を支えた。

 背中に枕を置き、上半身だけを起こした状態で、話を再開する。


「それで、何? 深刻な話?」

「まあ、そうですね。」


 領主が捕らわれ、領地の支配権を奪われたのだ。

 この上なく深刻な話だろう。


「何がどうして、今回のようなことになったのか。その顛末を聞いていたのです。」


 エウリアスがそう言うと、ユスティナが笑った。


「王都に行ってたんだって? それじゃあ、事情は分からないか。どう? 王都の生活は?」

「いや、あのね……。今はそれどころじゃないですよね?」


 呑気に世間話をしそうなユスティナに、エウリアスは突っ込む。


「大体、何で師匠があんな所にいたのですか。しかも、装備まで敵のだし。師匠って、ムルタカの領主軍と何か関係があるのですか?」

「んん? …………何でムルタカ?」

「何でって、ムルタカの領主軍ですよね? あそこにいたの。ムルタカ領の基地だし。」


 エウリアスがそう言うと、ユスティナとゲーアノルトが顔を見合わせる。


「……ユーリさ、もしかしてだけど、あの基地がムルタカ軍の基地だと思ってたの?」


 改めてそう聞かれ、エウリアスが眉間に皺を寄せる。

 ユスティナを見て、ゲーアノルトを見る。

 二人とも、何だか微妙な表情をしていた。


 エウリアスが答えられずにいると、ユスティナが苦笑する。


「あの補給基地にいたのは、サザーヘイズ領主軍よ? ラグリフォート領ここを占領していたのも、勿論同じ。」

「サザーヘイズ……?」


 エウリアスは目を丸くし、ゲーアノルトを見る。

 ゲーアノルトが、真剣な表情で頷いた。


「どういうこと?」


 エウリアスがそう言うと、ユスティナがゲーアノルトを見る。

 ゲーアノルトは頷くと、エウリアスに視線を向けた。


「ユスティナは、元々サザーヘイズ領出身なのだ。」

「……それでは、うちにいた頃からサザーヘイズ軍の?」


 間者スパイ

 エウリアスの頭に一瞬思い浮かぶが、ユスティナは首を振った。


「うちの親父や兄は、確かに領主軍にいるわ。でも、私は無関係だった。……二年前まではね。」


 ユスティナが、肩を落として溜息をつく。

 そうしてユスティナは、自分のことをエウリアスに話し始めた。







 ユスティナの家は、代々サザーヘイズ家に仕える家臣だった。

 ただし、サザーヘイズ家といっても庶流の方だが。


 大英雄ノウマンには、三人の息子がいた。

 長男の流れを汲むのがサザーヘイズ家の本家であり、マクシミリアンが当主だ。

 次男、三男もサザーヘイズの家名を名乗っているが、庶流という扱い。

 血筋の断絶を回避するため、こうした形を採ったらしい。


 ユスティナの家系も、辿っていくとノウマンの息子の三男に繋がるという。

 そして、その三男の家が、今回のラグリフォート領占領作戦の作戦司令官を任されていたメディーという男。


 ユスティナの実家、スバイム家は剣術家の家系で、ユスティナも幼い頃から剣術を修めた。

 兄とともに切磋琢磨し、めきめきと腕を上げた。

 ただし、家を継げるのは兄。

 ユスティナは家を継ぐことができない。


 サザーヘイズ領には領民に兵役の義務があるが、女性に戦闘は求めない。

 戦う男たちを支えるため、基地で食事の準備や掃除、洗濯などを担うのだ。

 ユスティナは、これが不満だった。

 剣で戦えるのに、なぜ炊事だの洗濯だのをしなければならないのか、と。


 そこで二十歳になる前から、武者修行の旅に出た。

 兵役をし、ひたすらに剣の道を追い求めるために。







「…………兵役、サボったんですか?」

「当然。飯炊き女じゃねーんだよ、こっちは。やってられっか、んなもん。」


 エウリアスが呆れたように言うと、ユスティナがぷいっと横を向いた。


「まあ……昔っからそういうの嫌がってましたもんね。」


 ラグリフォート家に来て、エウリアスに剣術の指南をしていた頃から、すべて使用人にやらせていた。

 ゲーアノルトに請われ、エウリアスの剣の師をしていたのだから、確かにここではそれが当たり前ではある。

 だが、そんなことを抜きに、ユスティナは普段からてきとーだったらしい。


「それはいいですけど……。修行の旅でしたっけ? そんな師匠が、何でラグリフォート家うちに来たんです?」


 エウリアスがそう聞くと、ゲーアノルトが答えた。


「私が魔物に襲われたところを、助けられたのだ。」


 何でも、ゲーアノルトが国外に仕事で行っていた時、魔物に襲われたことがあったらしい。

 そこを、武者修行中だった師匠がたまたま通りかかった。


「路銀が尽きて腹が減っててな、丁度良く…………こほん、困ってる人がいるんだからよ。助けてやるのが人情ってもんだろ。」


 食い詰めていたユスティナは、高そうな馬車に乗るゲーアノルトのピンチを、これ幸いと利用した。

 助けてやった礼に、金と食い物を寄越せ、と。


 その時のことを思い出したのか、ゲーアノルトが苦笑する。


「命を救われたことには変わりがないのでな。勿論、礼をすることに異存はなかった。」


 近くの町まで行き、好きなだけ食べさせた。

 幾ばくかの路銀も渡した。

 しかし、ゲーアノルトは純粋にユスティナの剣に興味が湧いた。


「とにかく凄まじい剣で、私はその見たことのない剣術のことを詳しく知りたくなった。」


 酒を酌み交わし、ユスティナのこと、ユスティナの修めた剣術のことなど、いろいろと聞いたそうだ。


「私は、その剣術のことを深く聞き、身体の震えを止めることができなかった。」


 天啓。

 ゲーアノルトは『これこそエウリアスに修めさせるべき剣術だ』と打ち震えた。


 エウリアスがユスティナを見る。


「それが、俺の習った長剣ロングソードの剣術ですか? 無敵、最強流……。」


 エウリアスが言い難そうに流派名を言うと、ユスティナが眉を寄せた。


「……何だ、無敵最強流って。恥ずかしい名前だな。」

「おい、待てこらっ! 師匠あんたが言ったんやろがっ! ふざっけんなよ!?」


 エウリアスはブチ切れた。

 やっぱ、てきとーに言ってただけじゃねーかっ!


 だが、エウリアスの反抗的な態度に、ユスティナの手がすっと伸びる。

 エウリアスの顔面を掴むと、ゆっくりと押し込む。


「あ? 何だ、その口の利き方は? それが師に対する態度か?」

「ぐぉぉおおおおおおおおぉぉおおおおおう……っ!?」


 アイアンクローでがっちりと顔面をホールドし、椅子に座ったエウリアスがどんどん後ろに倒れる。

 椅子が斜めに傾き、エウリアスは浮いた足をバタつかせた。


「くそがぁぁあああ……っ!」

「学院じゃあ、トップの成績だったって? ん? ちょぉーと、調子に乗っちゃったのかなぁ? んんー?」


 必死にユスティナの手を外そうとするが、びくともしなかった。

 この一年、学院で結構鍛えられ、自主的な訓練でも鍛えているというのに!


 ユスティナに押し込められ、そのまま椅子ごと後ろに倒される。

 床に頭を押し付けられ、エウリアスは痛みにもがいた。


「痛い痛い痛い痛い……っ! ごめんなさいぃいっ!」

「ぅんー? 聞こえないなあ?」

「まじすみませんでしたっ、師匠ぉぉおおっ!?」


 みしみしと、骨を伝う音。

 エウリアスは必死になって謝った。

 お仕置きを終えると、ユスティナが手をパンパンと払う。


「ったく……すっかり生意気になっちまって。」

「くぅぅ……っ!」


 エウリアスは、あまりの痛みにしばらく蹲った。

 そんなエウリアスを、ゲーアノルトが心配そうに見る。


「ユスティナ。あまり乱暴なのは……。」

。お忘れですか、ゲーアノルト様?」


 ユスティナのやることにいちいち説明を求めるなら、他の剣術指南役を雇えばいい。

 エウリアスに剣術を教える時に出した条件だった。


 これがあるから、ユスティナはエウリアスが怪我をしようが、構わず修行をさせた。

 勿論、大怪我をさせないように、細心の注意を払うことは大前提。

 骨折や捻挫で休養が必要になると、その分だけ修行が遅れるからだ。


 それでも、剣術を修めるのだから多少の怪我は付きもの。

 いちいち口を出されては修行など無理だと、最初にゲーアノルトに言っておいた。

 そのため、指先を切っただの蜂に刺されただのは、一切問題にならなかった。

 すべてはエウリアスに様々な経験をさせ、成長するために必要なのだと。


 この方針があったからこそ、ユスティナはエウリアスを町に連れ出せたし、川にも山にも連れて行った。

 屋敷の中しか知らなかったエウリアスに、外の世界を教えたのだ。


 エウリアスは倒れた椅子を起こすと、座り直す。

 痛むこめかみを揉みながら、涙目でユスティナを見た。


「……じゃあ、俺の剣の流派はなんて言うのですか? いい加減、教えてくれても良くない?」


 エウリアスが唇を突き出してそう言うと、ユスティナがゲーアノルトを見る。

 ゲーアノルトは少しだけ考え、頷いた。


「リフエンタール流剣術よ。」


 そうして、ユスティナが真剣な表情で一言だけ答える。

 それを聞き、エウリアスは怪訝そうな顔になってしまうのだった。




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