第196話 ゲーアノルト救出作戦1




 西の空が赤く染まる頃、エウリアスたちはムルタカ領の補給基地に着いた。

 すでに満身創痍。

 それでも、これから敵基地を襲撃しなくてはならない。

 ただ、夜闇に紛れる計画なので、少しだけ休む時間が作れた。


 これは、当初の予定よりも遥かに順調に進めた結果である。

 脱落者も五十人ほどで済み、騎士と兵士で千二百人以上を確保していた。


「今のうちに食事を済ませておけよ。陽が落ちたら動くからな。」


 グランザの指示に、各々が糧食を背嚢から取り出し、齧りつく。

 水も飲み、食べ終わった者から、横になったりして身体を休める。







 現在エウリアスたちがいるのは、補給基地の北東。

 丘を一つ挟んだ森の中だ。


 陽が落ちるまでここで待機し、夜になってから襲撃を開始する。

 深夜まで待つことも考えたが、その前に行動を起こすことにした。

 理由は一つ。

 エウリアスが、そこまで待てないからだ。


 目の前にゲーアノルトが捕らわれているというのに、悠長に待っていられなかった。

 戦術には、じっと待つことも大事だ。

 だが、敵が罠にかかるのを待つのとはわけが違う。


 ここまで来て、とても待っていることなどできない。

 正直に言えば、今すぐにでも突撃をかましたいくらいなのだ。

 しかし、いくら奇襲とはいえ、やはりこの状況では夜闇に紛れた方が成功率が高い。

 そう考え、夜までは待つことにした。


 エウリアスはガジガジと干し肉を齧り、ゆっくりと咀嚼する。

 木の陰に隠れ、基地がある方を見る。

 丘を挟んでいるため、ここからは基地は見えない。


 エウリアスがそうして基地のある方を睨んでいると、グランザが森の奥からやってくる。

 グランザには、この強行軍の指揮を任せていた。


「ユーリ坊ちゃん。脱落者の回収は問題なく行えそうです。想定よりも少ないので、これならスムーズに行けます。」

「ああ、頼む。」


 捻挫したり、転倒したりで、強行軍の途中で動けなくなった兵たちは、あとで回収する計画だった。

 ゲーアノルトを救出し、街道を使って強行突破してラグリフォート領に戻る。

 その後、救助の部隊を出す予定だ。

 数日分の糧食も持たせてあるので、救助が到着するまでは自力で頑張ってもらう必要はあるが。

 負傷者がどこで待っているか、地図に記録も残していた。


「ご苦労だったな、グランザ。おかげで戦力の減少を最低限で抑えられた。」

「それは、儂の力の及ぶところではありませんな。みなが、必死に喰らいついてきたからです。」


 エウリアスの立てた無茶な計画に、それでもついて来てくれた。

 ゲーアノルトを救出するために。


 グランザが、真剣な顔で頷く。


「絶対に、ゲーアノルト様を救出しましょう。」

「ああ。」


 エウリアスたちの話を横で聞いていた兵士たちも、力強く頷く。

 グランザがエウリアスの向かいに座る。


「さあ、少しの時間ですが坊ちゃんも身体を休めてください。」

「…………そうだな……。」


 正直に言えば、気ばかりが逸り、とても休めそうにない。

 それでも、休めなくてはならない。

 いざという時に、力が尽きてしまわないように。


 たとえ僅かな差でも、その差によって生き死にが変わることもある。

 ゲーアノルトの救出の成否に影響することもあり得るのだから。


 エウリアスが木の幹に寄りかかり、目を閉じると、そんなエウリアスをグランザは悲しそうに見るのだった。







■■■■■■







 陽が落ち、エウリアスたちは行動を開始した。

 先遣隊の隊長から聞き出した情報により、臨時の補給基地の見取り図は分かっている。

 ただ、この情報の確度については不明だ。

 情報を聞き出した時点では、エウリアスたちが補給基地の実際のところを確認する手段がなかったからだ。


 先遣隊の持ち込んだ資料にも、基地内の見取り図は無かった。

 そのため、大雑把に描かせたものを元に、さらに詳しく聞き出すという方法で見取り図を作成したのだ。


「………………。」


 エウリアスたちは夜闇に紛れ、基地に向かって丘を越える。

 草叢に身を潜ませたまま進み、二手に分かれる。


 一方が、グランザの指揮する一千の兵士の部隊だ。

 ゲーアノルトが捕らわれている建物から、離れた場所に襲撃を行う。

 こうして敵の目を逸らし、タイストの指揮する騎士の部隊が、別方向からゲーアノルトのいる建物を目指す。

 タイストの率いる騎士の部隊は、基地の入り口から建物までの退路を確保する狙いがある。


 そして、本命の救出の実行部隊は、エウリアスである。

 騒ぎを起こさせ、その間に【襲歩しゅうほ】を使って基地に侵入する。

 最速で牢屋を目指し、ゲーアノルトの身柄を確保する。

 タイストたち騎士が迎えに来たら、ゲーアノルトの安全を確保しつつ基地を脱出。


 この際、グランザたちが馬と馬車を奪う計画もある。

 ただ、スムーズに入手して合流できるとは限らないので、まずは基地を脱出することを優先する。


 つまり、

   ・エウリアスが単独でゲーアノルトの下へ。ゲーアノルトの安全を確保。

   ・騎士の部隊がエウリアスに合流したら、基地を脱出。

   ・途中で兵士たちと合流し、ゲーアノルトを馬車へ。

   ・街道を使い、強行突破。ラグリフォート領へ帰還。

 大雑把な流れとしては、こんな感じだ。


 当然ながら、兵士との合流が叶わない可能性もある。

 騎士が、迎えに来れない可能性もある。

 その場合、最悪のパターンとしてはエウリアス一人でゲーアノルトを護り抜き、ラグリフォート領への帰還を目指すこともあり得る。

 まあ、これは本当に最悪のパターンではあるが、すべてが計画通りに行くとは限らない。

 それでも、すべておいて「ゲーアノルトの救出、脱出」が優先される。

 そう、参加している騎士や兵士には言ってあった。







 グランザと別れ、エウリアスはタイストたちとともに、基地を回り込んだ。


 北西からグランザが襲撃を開始したら、エウリアスは空から基地に侵入。

 エウリアスの行動開始と同時に、タイストが南から基地に襲撃をかける。


 エウリアスたちは草叢を進み、基地をぐるっと回り込むとグランザが行動を起こすのをじっと待つ。

 しばらく待っていると、遠くで篝火が倒されたり、松明がいくつも点けられるのが見えてきた。

 さすがに距離があるので怒号などは聞こえないが、グランザたちが襲撃を開始したようだ。


「それじゃ、タイスト。頼んだぞ。」

「はい。坊ちゃんもお気をつけて。」


 エウリアスの作戦を最初に聞いた時、タイストは難色を示した。

 言うまでもなく、エウリアスの単独潜入など危険すぎる、と。

 しかし、「ゲーアノルトの救出と脱出が、すべてにおいて優先される」という方針をエウリアスが打ち出し、説得した。

 この方針に異議を唱える者は、ラグリフォート領の騎士や兵士ではあり得ない。

 心情的に納得したくなくても、領主がすべてにおいて優先するというのは、反論することさえ許されない大原則だからだ。


 エウリアスとタイストは頷き合うと、各々で行動を開始した。


「【襲歩】。」


 エウリアス数歩駆け出すと、突然吹き飛ぶように空に舞った。

 それを見届けてから、タイストが振り返る。


「よし、行くぞ。気合い入れろ。」


 騎士たちに命じると、タイストも草叢の中を移動し始め、基地の入り口を目指した。







■■■■■■







「行け行け行けっ! 押し込めっ!」

「ぅおっしゃああぁぁあああああああっ!」

「左来たぞ! 頭押さえろ! 近づけるな!」

「突入! 突入ぅ!」


 ラグリフォート領主軍の兵士が突然雪崩れ込み、基地の一部では混乱が発生していた。


 この補給基地は、然程守りは固くない。

 一応は木の柵で囲っているが、物資の備蓄が目的だからだ。

 、ラグリフォート領へのスムーズな輸送のために作られたのが、この基地だ。

 そのため、警備を倒すと門の一つはあっさり落とすことができた。


「門は放棄していい! 厩舎へ向かうぞ!」


 グランザは、門の確保を「部隊の侵入のため」と割り切り、全員の侵入が完了すると放棄した。

 どうせ脱出するのはこの門ではなく、エウリアスたちと合流した後、南からと決まっている。

 言ってみれば、今のグランザたちに退路などない。

 ただただ目標に突き進み、前に脱出するしかないのだ。


「負傷した者を内に囲め! 一人も置いていくんじゃねーぞ!」


 足手まといを切り捨てるのも、作戦遂行上は必要だ。

 しかし、エウリアスはそうした行為を極端に嫌う傾向にある。


 ここに来るまでの道中で脱落した者も、後から必ず救助すると決めていた。

 それは、軍事行動にとっては致命的な足枷となりかねない。

 それでもエウリアスは、仲間を見捨てることを嫌った。


 さすがに、犠牲者が出ることのすべてを拒絶するわけではない。

 本当に必要だと思えば、グランザにも「命をくれ」と言えるだけの覚悟もある。

 それでも、不必要な犠牲は避けるし、救えるならばどれほど負担になろうと救おうとする。


(……その『救う』という行為が、却って取り返しのつかない犠牲を生むかもしれないが。)


 その時は、自分が犠牲になればいい。

 そんな覚悟を胸に秘め、グランザは可能な限り、エウリアスの希望に沿うように兵を指揮する。


「右、増援来たぞ! 押さえろ!」

「「「うおおおおおおっ!」」」


 中隊長でしかないグランザには、千人を指揮した経験はない。

 それでも、現場ならば何とかなる。

 目の前のことに対処しつつ、目標達成に進めばいいのだから。


 あれやこれやと、報告だけを受け、指示だけ出して終わりというのは性に合わない。

 大局的な判断はエウリアスやルボフが行ってくれる。

 ならば、グランザは自分の手の届く範囲、目に見える範囲に集中すればいい。


「正面! 突っ込めえええっ!」

「「「おらぁぁああああ!」」」

「「「どけやごるぁあああああ!」」」


 グランザはソードで正面を差すと、新たに現れた敵に突撃を命じる。

 とにかく今のグランザたちは、馬車と馬を確保し、エウリアスと合流するだけ。


(今しばらくお待ちください、ゲーアノルト様…………ユーリ坊ちゃん!)


 そうしてグランザは自ら前衛に出て、敵の作る防衛線をこじ開けるのだった。




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