第197話 ゲーアノルト救出作戦2




 グランザが基地に襲撃をかける少しだけ前。

 ユスティナは、ゲーアノルトのいる牢に来ていた。


「……悪いけど、私でもこれは絶対に大丈夫とは言えない。」


 手枷を嵌められたままのゲーアノルトの前に立ち、苦し気に伝える。

 そんなユスティナに、ゲーアノルトは首を振った。


「お前がそんな危険を冒すことはない。元々、私の迂闊さでこうなったのだ。ここまでで十分だ。」


 もはや、自らの運命を受け入れたようなゲーアノルトに、ユスティナは一歩近づく。


「馬鹿なこと言わないで。」

「馬鹿なことではない。それよりも、すまないが伝言を頼みたい。」


 ゲーアノルトの真剣な目から、それが伝言などではないことはすぐに分かった。

 それは、遺言というべきもの。

 ユスティナは首を振った。


「嫌よ。言いたいことがあるなら自分で言いなさい。」

「ユスティナ。」

「絶対に嫌。腹を決めなさい、ゲーアノルト。自分で、ちゃんと伝えるの。あの子に……。」

「……………………。」


 ユスティナの説得に、ゲーアノルトは目を閉じる。

 それが、現実的に難しいことは、ユスティナにも分かっているはず。

 それでもユスティナは、自分で伝えろと言った。

 それは、ここで伝言を受けてしまえば「ゲーアノルトが完全に諦めてしまう」と分かっているからこその拒絶だった。


 重い沈黙が落ちた牢屋で、不意にユスティナが入り口の方に視線を向けた。

 少しの間を置き、ガシャンッと鍵が回される音が響く。

 ドアが開かれ、姿を現したのはメディーだった。

 いつもよりも多い、六人もの護衛騎士を連れ、メディーが入ってくる。

 気配から、ドアの向こうには更に数人の護衛騎士を連れているのが分かった。


「首尾はどうだ、ユスティナ。」

「………………。」


 メディーが、冷えた目でユスティナを見る。

 この時ユスティナは、自分がすでにメディーに怪しまれていることを悟った。


 メディーが、つまらなそうにゲーアノルトに視線を向けた。


「まだ、生きているようだな。」


 そうして、軽く肩を竦めた。


「今日、始末するように言ったな。」

「……まだ、今日は終わっていないわね。」

「もう陽が落ちた。これ以上の拷問は不要だ。楽にしてやるのが慈悲というもの。」


 自分で拷問を命じておいて、死なせてやるがまるで救済であるかのような物言い。


 ユスティナが動かないでいると、護衛騎士の一人に顎で指示をする。

 護衛騎士の一人が牢屋に入ろうとすると、ユスティナはソード抜いた。


 ユスティナを見て、護衛騎士が動きを止める。

 確認するようにメディーに視線を送った。


「お前が首を刎ねるか?」

「…………ええ。」


 ユスティナが肯定すると、メディーは口の端を上げた。


「いいだろう。苦しまぬよう、一思いに首を刎ねろ。お前の腕ならば簡単だろう?」


 そう言われて微かに頷くユスティナだが、それ以上は動かなかった。

 ゲーアノルトの方を向くことも、メディーに逆らうことも。

 しばしの沈黙の後、メディーが溜息をつく。


「スバイム家も地に落ちたな。エリディオの忠誠も、娘がこれでは台無しか。」


 エリディオとは、ユスティナの父だ。

 サザーヘイズ家の分家であるメディーの家臣として、長年仕えていた。


「……よく考えろよ、ユスティナ? お前の行動は、エリディオの命にも関わる。それどころかスバイム家がどうなるか、分かるだろう?」


 ユスティナは、目を閉じる。

 そうして、ゆっくりと剣を構えた。


「いい加減、うんざりしていたところなんでね。いい機会だわ。」

「貴様っ!? 本気でサザーヘイズ家に逆らう気か! これはマクシミリアン様の――――!」

「よすんだ、ユスティナ! 私のことはもう……!」


 メディーの叱責と同時に、ゲーアノルトも声を上げる。

 むしろ、ゲーアノルトはユスティナが逆らうのを止めるようなことを言った。


「ふっ……ははっ……そうか。どうもおかしい気がしたが、やはり内通していたか!」


 メディーが心底侮蔑するように、ユスティナを見る。


「この大事な時に裏切るとは…………これは、エリディオもか。」


 完全な誤解ではあったが、ユスティナが何を言ったところで意味はないだろう。

 ユスティナは一切の弁明をせず、静かに剣を構え続けた。


「構わん。斬れ。」


 メディーがそう命じると、護衛騎士の一人が牢に足を踏み入れた。

 その瞬間、ユスティナが動く。

 牢に踏み入った瞬間、目にも止まらぬ突きが護衛騎士の胸を貫いた。


「ぐはっ!?」

「「「――――ッ!?」」」


 胸を貫かれた護衛騎士は、そのまま後ろに倒れる。

 胸から溢れる血が、石畳にじわじわと広がった。


 倒れた護衛騎士を一瞥すると、メディーが微かに舌打ちする。

 倒れた場所が悪く、この護衛騎士を動かさないと、牢を閉じることもできない。


「不用意に仕掛けるな! 応援を呼べ! 弓を使える者を何人か呼んで来い!」


 近づけば斬られる。

 ならば、近づかなければよい。

 牢の外から弓を射かければ、そのうち傷を負わせるだろう。

 一矢で足りなければ二矢、それでも足りなければ三矢でも四矢でも。

 一斉に矢を放てば、いくら剣の腕が立とうと、そうそうすべてを躱せるものではない。


 それに、狙うのはユスティナではない。

 ユスティナの後ろで、ロクに動くこともできないゲーアノルトを狙えば、ユスティナは自らが傷つこうと庇うはずだ。

 なぜなら、そのためにユスティナは裏切ったのだから。

 ここで庇わないのであれば、そもそも裏切る必要さえない。


 牢屋の外が、にわかに騒がしくなる。

 メディーの命令で応援を呼びに行ったのかと思ったが、少し様子がおかしい。


「な、何だこいつはっ!?」

「ぎゃっ!?」


 怒号と悲鳴。

 剣戟の音が響く。


「何事だっ!」


 メディーが叫ぶのと同時に、牢屋のドアから顔を見せたのは一人の少年だった。







■■■■■■







 グランザが襲撃を開始し、エウリアスもすぐに行動に移る。

 クロエの力を使い、一気に空に舞った。


「……ぃ……ぃぎぎぎ……っ!?」


 いつもの【襲歩しゅうほ】とは比べものにならない、とんでもない引っ張る力と押し出す力。

 初めて飛ばされた時も宙を舞ったが、今回はその時以上の勢いだった。

 一応、着地の前に減速させてくれるはずではあるが、失敗したら地面に叩きつけられてエウリアスの人生は終了するだろう。


「どの辺じゃったかのぉ。」


 エウリアスを飛ばしながら、クロエはそんな呑気なことを言う。

 エウリアスは手足をばたつかせながら、何とか体勢を整える。

 そうして、基地の一点。南東の端を指さす。


 基地内にはたくさんの建物があるが、ほとんどが倉庫だ。

 本部や宿舎などの建物もあるが、それらは南の門の正面にある。


「ふぅーーっ……!」


 勢いが少し落ち、エウリアスは大きく息を吐き出した。


「あの、端にある建物がそうだ。」


 広い基地の中で、南東にある建物を指さす。

 そう言いながら、エウリアスは基地の北西の辺りに目を向ける。

 無数の松明があり、グランザの率いる兵士の部隊が細長く並んでいる。

 そして、そのグランザの部隊に向かって行く敵兵も見える。

 あっちこっちから、グランザの部隊を目指して集まっていく。


「やっぱり、数はそんなに多くないな。」


 先遣隊の隊長から、この基地の防衛にあたっている兵は七百くらいだと聞いていた。

 他にも三百ほどいるが、それらは街道から基地に向かう途中に配置されている。


 敵兵は、とにかく異変を認めたら、すぐに基地に知らせるように厳命されていた。

 反抗したらゲーアノルトを処刑すると宣告した通り、救出する目標のゲーアノルトを斬ってしまえば、抵抗する意味が失せるからだ。

 まあ、新たに敵討ちという理由が生まれはするが、そんなのは一部の者だけだという考えだった。


 エウリアスが首を巡らして街道の方を見ていると、落下し始めた。

 現在エウリアスは、放物線を描いて飛んでいる。

 落下を始めたということは、頂点を越えたということだろう。


 実際、エウリアスが先程指さした建物に向かって、ぐんぐん落下し始めた。


「おい……本当に大丈夫なんだよな?」


 これまでの実績もあり、クロエのことは信じている。

 しかし、勢いを増していく落下速度に、下腹がむずむずし始める。

 一抹の不安が、脳裏をよぎった。


「うむ。まあ、大丈夫じゃろ。」

「おいいぃぃぃいいいいっ!? 全っ然、大丈夫そうじゃないんだけどおおおっ!?」


 と、言っている間にもどんどん速度が増す。

 すぐに、エウリアスはしゃべる余裕さえなくなった。


「――――――――――――……――――ッ……!!」


 自分で言いだした作戦ではあるが、すでにエウリアスは後悔し始めた。

 そして、そんな後悔さえも考える余裕がなくなった頃、突然ガクンと速度が落ち始める。


 真っ暗な敷地内で、エウリアスの落下予想地点には松明の灯りがあった。

 その松明は、まさにエウリアスが目指している建物に向かっているようだ。


(異常を知らせる兵か?)


 そんなことを一瞬だけ考え、エウリアスは着地の準備を始める。

 いつも使っている【襲歩】よりも少しだけ早い速度。

 地面を蹴ると、足に伝わる衝撃に顔をしかめる。

 腰に佩いた長剣ロングソードを抜くと、いくつかの松明を追い抜きざま、斬り捨てた。


「――――ガッ!?」

「ぐふっ……!?」


 おそらく伝令だと思われる敵兵を三人ほど斬り、そのままエウリアスは【襲歩】で目的の建物に向かった。

 建物の前には、警備らしき敵兵が数人。


「【偃月斬えんげつざん】!」


 暗闇の中を馬のような速さで駆けながら、【偃月斬】を飛ばす。

 建物の入り口を警備していた敵兵が、ドサドサ……と倒れる。


 エウリアスは建物の前に立つと、一度だけ振り返った。

 まだ、タイストの部隊は南の門には到達していないようだった。


「……頼んだよ、みんな。」


 そう呟き、エウリアスは建物に入った。







 建物の中は静かだった。

 襲撃の報が届いていれば、もう少し騒がしいのではないだろうか。


 エウリアスは黙って廊下を歩く。

 逸る気持ちを抑え、全神経を集中して気配を探る。

 五メートルほど前方の曲がり角から、こちらに向かって来る気配があった。


 一瞬で距離を詰め、敵兵が姿を現した瞬間に喉に突きを入れる。


「――――っ!?」


 呻く間もなく、敵兵を倒す。

 エウリアスは長剣を払うと、そのまま奥へと進んだ。


 見取り図を思い浮かべ、右へ左へと進む。

 今のところは、聞いていた内容と違う点はない。


 そうして、目的の部屋を見つけた。

 曲がり角で身を隠しながら、様子を確認する。

 廊下の突き当たりには、警備らしき兵が二人と、四人の護衛騎士。

 聞いていた警備よりも、人数が多い。


 それを見て、ドクンッと心臓が跳ねる。

 もしかしたら、すでに連絡が行ってしまったのかもしれない。

 そんな嫌な予感を感じ、エウリアスは廊下を飛び出した。


「【偃月斬】!」


 エウリアスは走りながら【偃月斬】を放ち、敵兵の数を減らす。

 何人いようと、廊下ではまともに戦えるのはせいぜい二人。


 ビュッ!


 エウリアスは護衛騎士を長剣ロングソードで斬り上げ、そのまま警備の兵も斬る。


「な、何だこいつはっ!?」

「ぎゃっ!?」


 突然の襲撃に、護衛騎士が声を上げる。

 エウリアスは構わず、ひたすらに剣を振るう。

 敵兵は味方に当たることを怖れ、存分に剣を振るうことさえ困難だった。


(邪魔をっ……するなっ!)


 もう、すぐそこにゲーアノルトがいる。

 そのため、エウリアスの中の焦りはどんどん膨らみ、長剣の太刀筋が乱れた。


 ガキーンッ!

「ぐっ!? この、ガキがぁ!」


 振り下ろした長剣を、護衛騎士に受け止められる。

 エウリアスは止まらず、くるっと身を翻すと、隣の護衛騎士の喉を薙ぐ。

 そして、先程エウリアスの長剣を受け止めた護衛騎士に、地を這うような斬り上げを繰り出す。


 ザシュッ!

「ガアァアッ!?」


 エウリアスの動きについて来れず、その護衛騎士は腕を斬り飛ばされた。

 そうしてエウリアスは、胸の中心を長剣で突き、トドメを刺す。

 その護衛騎士を蹴倒すようにし、軽鎧を貫通した長剣を引き抜く。


「ぃひっ!? ひぃぃいい!」


 突然の惨劇に、警備の兵の一人が悲鳴を上げた。

 エウリアスは一瞬で間合いを詰めると、その兵を袈裟斬りで斬り捨てる。

 すべての警備の兵と護衛騎士を倒し、エウリアスは頬をグイッと拭った。


 エウリアスがドアに手を伸ばすと、鍵は開いていた。


(父上……今参ります。)


 エウリアスは牢屋のドアを開けると、躊躇うことなく部屋に入るのだった。




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