第193話 イカサマ級




 王都、騎士学院。

 朝から廊下の端に護衛騎士を立たせ、トレーメルとルクセンティアが密談をしていた。

 そして、なぜかそんな場にイレーネも連れて来られていた……。


「……それは本当か!?」


 ルクセンティアから信じられない話を聞き、トレーメルが聞き返す。

 イレーネも驚いたように、目を丸くしてルクセンティアを見る。


「ユーリ様からの手紙に、そのように書かれていたそうです。」


 領地に疫病が蔓延し、そんな最中に廃嫡されたエウリアス。

 何が起きているのかを確かめるために、ラグリフォート領に戻った。

 しかし、そんなエウリアスからの手紙には、驚きの内容が書かれていた。


「ラグリフォート領が、何者かに……占領……されているだと?」


 トレーメルは「占領」という単語だけ、周囲を気にするようにした。


 これが事実だとすれば、領主としては大失態だ。

 だが、疫病を理由に領境を封鎖している領地が、他にも四つある。

 これの意味することとは……?


「メル様は、ご存じありませんでしたか?」

「うむ……。さすがに、こんな内容は誰も教えてくれなかった。ティアは、こんなことをどうやって知ったのだ?」


 トレーメルに聞かれ、ルクセンティアは困ったように視線を泳がせた。

 ルクセンティアの情報源は、執事のバリキュロだった。


 手紙が届いたのは、昨日のようだ。

 そうして様々な対応をしていくうちに、ホーズワース公爵とヨウシアの話を耳にした使用人がいたらしい。

 二人には珍しく、余程焦っていたのだろう。

 人払いをした私室以外の場所で、断片的にこの話してしまったようだ。


「未確認の話ではありますが、王国軍の派遣や、サザーヘイズ家の応援などもあり得そうです。」

「それは勿論、そうなるだろうな。東部の問題なら、まずはサザーヘイズ家に対処させるのが通例だ。しかし……。」


 トレーメルは腕を組んで考え込む。

 イレーネは、そんなトレーメルを不安そうに見ていた。


「五つの領地、すべてが何者かに支配されたのか。それとも、いくつかの領地が反ら――――。」

「メル様。」


 トレーメルが『反乱』という単語を口にしそうになり、ルクセンティアが遮る。

 いくら人払いをしているとは言え、ここは騎士学院。

 不用意な発言は避ける必要がある。


「…………さすがに、今の情報だけでは、何かを断定するのは難しいか。」

「はい。メル様も、どうかこのことは。」

「分かっている。」


 トレーメルは、真剣な顔で頷く。

 イレーネも、小さく何度も頷いた。


 トレーメル、ルクセンティア、そしてエウリアス。

 三人の信頼は、とても強いものになっていた。

 大変な状況に置かれたエウリアスに、何もしてあげることのできない自分の無力さを、二人は苦しく思っていたのだ。


 領地に戻ったエウリアスを、ずっと心配していた。

 きっと、笑顔でまた戻ってくる日が来ると信じて。


 だが、現実は予想もしなかった方向に転がり始めた。

 何者かがラグリフォート領を占領し、領地を取り戻すのに王国軍とサザーヘイズ領主軍が介入すれば、それはラグリフォート伯爵の汚点となる。

 言ってみれば、それは「領主として無能」との烙印を押されることになるのだ。


 ルクセンティアが、苦し気に眉を寄せる。


「もし仮に、手紙にあった通りだとしたら、ユーリ様が伯爵と協力して奪い返しても……。」

「ああ……、奪われたという事実が消えるわけではない。伯爵への、父の評価は厳しいものになるだろう。」


 爵位を引き上げられることを陞爵しょうしゃくと言い、引き下げられることを降爵と言う。

 制度として、確かに爵位を下げられるという処分は定められているが、過去に一度も例はない。

 これほどの失態の場合、職位をはく奪されることさえあり得る。

 だが……。


「領境を封鎖している、他の四つの領地が気になるな。もしも、他領の領主が不当にラグリフォート領を占領したのだとしたら……。」


 如何なる理由があろうと、それは許される行為ではない。

 反乱を疑われてもおかしくない所業だ。


 この場合、ラグリフォート伯爵個人の失態というのは、それほど大きくはない。

 領主同士、互いにおかしな行動をしていないか監視し合うものだが、それを見逃したというだけの話。

 本来、諸侯に目を光らせる一番の責務を負っているのは、国王であり、国家の重鎮たちだ。


「ラグリフォート伯爵が、どこかの領主と揉めているという話も聞いたことはないな……。」

「はい。……こう言っては何ですが、貴族からは軽んじられている傾向がありましたから。」


 領地同士の争いに発展するほど、問題が起きていたとは思えなかった。


 真剣な表情で、難しい話を繰り広げるトレーメルとルクセンティア。

 そんな二人を、黙って見つめるイレーネ。


(…………私、この場に呼ばれる必要あるのかな。)


 エウリアスの重大な情報だからと、教えてくれたのかもしれないが、とてもイレーネでは口を挟むことなどできない。


 エウリアスがいなくても、二人はイレーネに普通に接してくれる。

 平民だからと、存在しないかのように扱ったりしない。


 そのことを有り難いとは思いつつも、重過ぎる話にどんな顔をすればいいか分からなくなるイレーネだった。







■■■■■■







 モンカーレ子爵領。

 エウリアスの救援物資を留めている、臨時のキャンプ地。


 青空の下、木箱の上にカードを広げ、男たちがカード遊びに興じていた。

 六人の男が苦し気に、カードを手に持ったタイストを見つめる。


「クアッズ。」

「「「ぎゃあああぁぁああーーーーーーーーっ!?」」」

「うそだろ、おい……。」


 タイストが場に出したカードを見て、一斉に悲鳴が上がった。

 タイストの作った役は、フォーカードやフォー・オブ・ア・カインドとも呼ばれる、同一の番号を四枚揃えたもの。

 場に出ているカードからは、理論上あり得る最強の役だった。


絶対ぜってー、イカサマだろ……。」

「……どんだけ最強役ナッツ連発する気だよ。」


 タイストの強さは、ただ強い役を揃えるだけではない。

 相手の弱気を敏感に感じ取り、ブラフもガンガンかますスタイルのため、勝負を仕掛けられるともはや手が付けられないのだ。


 タイストはしかめっ面のまま、勝負に賭けられた金を自分の前に集める。


「いくら坊ちゃんに置いてけぼり喰らったからってよぉ……。」

「……俺たちに当たらないでほしいよなぁ。」

「後で、坊ちゃんに密告チクろうぜ。」


 たった今、あり金をすべて巻き上げられた兵士が、こそっと囁き合う。


「あぁんっ!?」

「ひぅ!」

「な、ななな、何でもないですぅ!」


 タイストに睨みつけられた兵士が、慌てて首と手を振る。


「ちっ!」


 しかめっ面をますますしかめ、タイストが舌打ちする。


 エウリアスがラグリフォート領に潜入してから、タイストは荒れていた。

 厳しい山を越えるため、山に慣れた者だけで行くと言ったからだ。


 そうして救援物資の警備に残されてから、五日が経過した。

 一応、ラグリフォート家の屋敷まで片道で三日を見込んでいたので、トンボ帰りでも六日はかかる計算だ。

 だが、エウリアスを心配するタイストは夜もロクに眠れず、憂さ晴らしと時間潰しに、たびたびカードに興じた。

 そのたびに騎士や兵士から金を巻き上げ、もはや誰もタイストとやりたがらなかった。

 ……のだが、タイストを抜きで遊んでいるところを見つかり、無理矢理入ってきた。


「あーくそっ、つまらねーなーっ!」


 イライラしたようにタイストが言う。


 楽しんでいる中に無理矢理参加したくせに、ひどい言い草である。

 そのセリフは、この場にいるタイスト以外の全員が思っているセリフだった。


 その時、街道の方から一人の騎士が走って来るのが見えた。


「隊長ぉ! 大変です!」


 その慌てように、タイストの表情が僅かに明るくなる。

 思わず立ち上がると、荒く息をつく騎士に尋ねた。


「どうした! もしかして、坊ちゃんが領境に?」

「い、いえっ、そうではありませんが……!」

「あんだよ……。」


 途端にやる気をなくし、ドカッと木箱に座った。


「その……エウリアス様の姿は確認していませんが、領境で戦闘が発生しました。」

「何だとっ!?」


 タイストは、もう一度ガバッと立ち上がった。

 報告に来た騎士は、領境の監視に出していたのだ。

 遠目ではあるが、ラグリフォート領の中から二百~三百人の兵士がやって来て、領境を封鎖していた兵士と戦闘を始めたのを見たという。


 その報告を聞き、タイストは駆け出した。


「た、隊長!?」

「騎士だけついて来い! 兵士はここで待機だ! 不測の事態に備えて、全周警戒っ!」


 タイストはそれだけ指示を出すと、馬に飛び乗り、領境に向かった。

 残された兵士たちが、呆気に取られたように顔を見合わせる。


「「「………………。」」」


 そうして、木箱の上に残された巻き上げられたお金を、そそくさと懐に仕舞うのだった。







 タイストが領境に到着すると、戦闘はほとんど終わっていた。

 タイストは馬に乗ったまま、街道をこちらに向かって来る兵士を斬り捨てた。

 そうして、その兵士を追っていた、見慣れた胸当てを身につけた兵士に声をかける。


「お前たちはラグリフォート領主軍の兵士だな!? これはどういう状況だ!」


 兵士たちはタイストの前まで来ると立ち止まり、額の汗を拭う。


「俺たちは、エウリアス様の命令で迎えに来た。この先にラグリフォート家のキャンプがあるという話だが?」

「そうだ。それより、坊ちゃんは無事か?」

「勿論だ。いろいろ説明しなきゃならんことがあるが、まずは救援物資をレングラーの駐屯地に運ぶ。それと、街道の封鎖は俺たちで継続する。」


 エウリアスの命令で街道封鎖を継続すると言われ、タイストは驚く。


「どういうことだ? それは、坊ちゃんの命令なのか?」

「いろいろあるんだよ。とにかく、詳しい説明をするのは構わないが、まずは荷馬車を連れて来てくれ。こちらからも手を貸そう。」

「分かった。おい、案内してやれ。」


 タイストが指示を出すと、同行していた騎士の二人が街道を引き返す。

 兵士たちが、その後をぞろぞろとついて行った。







「おう! そっち動かす前に、まずこれをどかすぞ!」

「そんなとこに突っ立ってんな! 邪魔だろうが!」


 街道を封鎖していた丸太を、兵士たちが撤去し始める。

 この丸太をどかさないと、荷馬車を通すことができない。


 そうしてタイストは馬を下りて、中隊長を務める兵士からエウリアスの指示の内容を聞いた。

 領境にやって来た兵士は、三百人。

 このうちの百人は、このまま領境に留まるらしい。


 現在は丸太を積んでいるだけの街道の封鎖を、正式な方法で封じる。

 まだラグリフォート領内は危険なため、自由な通行ができるような状態ではない。

 そこで、簡易の柵を設置し、通行に制限をかける。

 もし王国軍などの応援が来れば、それは速やかに通せるように柵を作るらしい。


 そうして、救援物資はレングラーの駐屯地に運び込む。

 現在、エウリアスは駐屯地で様々な作戦の指揮を執っているという。

 それらの説明を聞き、タイストはゲーアノルトのことも説明を受けた。


「やはり、ゲーアノルト様は……。」

「ああ……。」


 エウリアスは、領境に見慣れない兵士がいることで、ゲーアノルトが捕らわれている可能性まで考えていた。

 その予想が、当たってしまっていたわけだ。


「エウリアス様は、ゲーアノルト様を救出する作戦も進めている。正直、いくら手が合っても足りないくらいなんだ。それなりに負傷者も出ていてな。それで、リスクを承知でキャンプにいる兵士たちや、救援物資が必要になった。急いで合流してもらう必要ができたってわけだ。」

「ははっ、おかげでこれ以上、カードで時間を潰さずに済む。良かったぜ。」


 タイストのその言い草に、兵士が顔をしかめる。


「おいおい、俺たちが命懸けで戦ってる時に、遊んでたのかよ。」

「ああ、そうさ! 一緒に戦いたいのに、戦わせてもらえない奴の気持ちがお前に分かるか!?」


 タイストが八つ当たり気味に言うと、その兵士は肩を竦めた。


「まあ、それも役割ってやつだ。俺たちも、これからは別命があるまでは領境ここで警備だ。…………本当は、救出作戦に参加したいんだけどな。」


 そう言われ、タイストが申し訳なさそうな顔になる。


「…………すまん。」

「いや、いいんだ。これも立派な役目さ。」


 そうして、お互いに複雑な表情で頷き合う。


「……俺たちの分も頑張ってくれよ。必ず、ゲーアノルト様を――――。」

「勿論だ。こんなふざけた真似した連中に、思い知らせてやるぜ。絶対に救い出してみせる。」


 タイストは、警備の兵士とそう約束すると、拳をぶつけ合った。




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