第191話 レングラー駐屯地の奪還2
グランザは武器庫を確保すると、解放された兵士たちが来るのを待った。
とは言っても、すぐに兵士たちが駆けて来て、次々に剣を手にして飛び出していく。
「宿舎に敵兵がまとまってんぞ! そいつらをまず片付けるんだ!」
「「「おうっ、任せろっ!」」」
「「「やってやんぜ!」」」
すでに駐屯地への襲撃は敵兵にバレている。
おそらく、最初はラグリフォート領主軍の兵士たちを鎮圧するために動くだろう。
だが、すぐに諦める。
冷静に考えれば、数の上では倍ほどの兵が反乱を起こしたということになるからだ。
余程統制の執れた部隊でもなければ、これを鎮圧することなど不可能。
グランザは、武器庫に向かって走る兵士の中に、よく知る男を見つけた。
「よぉ、元気そうじゃねえか。」
「おお、グランザ! やはりお前の隊だったか!」
武器庫に入ろうとするその男は、声をかけられると満面の笑みで立ち止まった。
この男の名は、ルボフ。
レングラー駐屯地の司令を務めていた、グランザと同年代の昔馴染みであり、上官だ。
現場主義のグランザよりも、少しだけ
とはいえ、グランザとは長年同じ現場で飯を食い、時に殴り合い、時に酒を酌み交わした仲だ。
グランザがエウリアスの護衛部隊に抜擢された時、「問題を起こして中隊長に降格されれば、ワンチャンあるか?」などと画策した危険人物である。
ルボフが、グランザに尋ねる。
「エウリアス坊ちゃんが指揮しておられたようなので、お前もいると思ったよ。この作戦は、坊ちゃんの?」
「当たり前だ。すでに屋敷もレングラーの町も解放済みだ。街道にも兵を置いて、外部に漏れないようにしている。……坊ちゃんは、諦めてねえぜ?」
「さすが坊ちゃんだ……。私も、何とかゲーアノルト様を奪い返す策を考えてはいたのだが。」
そう言って、ルボフは項垂れた。
グランザは、ルボフの腕をポンと叩く。
「経緯は、こっちでもある程度は把握している。とにかく、このことが漏れるのだけは絶対に防がなくちゃならん。宿舎の方はみんなに任せて、ルボフは外に逃げ出そうとする敵兵を潰してくれ。」
「分かった、任せておけ。お前さんは?」
「儂は、しばらくはここで待機だ。全員に武器を行き渡らせにゃならん。」
「エウリアス坊ちゃんは?」
「坊ちゃんなら、本部の建物に向かうはずだ。敵の指揮官は、きっとそこだろう?」
エウリアスの作戦の大体を把握し、ルボフが頷く。
「中隊一つ分、こっちで使わせてもらおう。逃げ出す腰抜けを、背中から斬りつけるだけのつまらん仕事だが……。」
そうして、凶悪な笑みを浮かべた。
「つまらん仕事は、上の
「ああ、頼んだぜ。」
そうしてグランザとルボフは、軽く拳をぶつけ合う。
ルボフは武器庫に飛び込むと、剣を手に飛び出していく。
「お前とお前っ! あと、お前らもだっ! 臨時で小隊をいくつか編成し、逃げ出す腰抜けどもを狩りに行くぞ! お前は二十人連れて向こうから行け! お前らは正門だ! 残りは私に続け!」
ルボフは見かけた兵士たちにてきぱきと指示を出し、自ら先頭に立って敵兵を狩りに出る。
そんなルボフを眺め、グランザは頭を掻く。
「えらく張り切ってるが…………机仕事ばかりで、身体が鈍ってなければいいがな。」
勇ましく走り去るルボフを見送り、そんなことを呟くグランザだった。
■■■■■■
駐屯地内、本部。
エウリアスは十数人の騎士と兵士を従え、廊下を歩いていた。
「斬れ斬れ、斬れえ!」
「鎮圧しろっ!」
廊下のあちこちで敵兵が襲い掛かるが、エウリアスは歩みを止めない。
ダンッッッ!!!
木の床を踏み抜かんというほどに力強く踏み込み、迫る敵兵を両断する。
そんなエウリアスとともに、騎士も兵士も奮戦した。
「賊どもを討ち取れ!」
「好き勝手やりやがって! 思い知りやがれや、ごるぁぁあああっ!」
次々と敵兵を斬り捨て、迷うことなくずんずんと突き進む。
そうして、廊下の突き当たりの部屋に着いた。
騎士たちがドアを開くと、中から数人の敵兵が斬りかかってくる。
「山猿どもがっ!」
「抵抗すんじゃねえ、ハアッ!」
だが、その剣を弾き返し、すぐにこちらも反撃に出た。
「ぅおらああぁぁあああっ!」
「死ねやあ!」
「皆殺しじゃぁああ!」
あっという間に敵兵を返り討ちにし、司令官室に雪崩れ込む。
室内にいた敵兵を斬り伏せ、残ったのは一人だけ。
エウリアスが部屋の中に入ると、騎士や兵士が道を空ける。
全員が剣を構え、部屋の奥の男に向ける。
「き、ききき、貴様らっ! こんなことをして、領主がどうなってもいいのかっ!?」
唾を飛ばし、必死な形相で訴える男。
一人だけ軽鎧を身につけた、如何にも上官って感じだ。
エウリアスはフンッと鼻を鳴らすと、長剣を払い、鞘に収めた。
長剣を吊り下げている、留め金を外す。
「お前にそんな心配をしてもらわなくても結構。むしろお前は、自分の心配した方がいいんじゃないのか?」
「ガキがっ! 舐めたこと言いやがっ――――ぅぎゃっ!?」
一瞬で間合いに飛び込んだエウリアスが、机越しに薙ぎ払い、その男の横っ面を殴り飛ばす。
ゴッ……と鈍い音が響いたが、鞘ごと殴ったので斬れはしない。
せいぜい、頬骨が折れる程度だ。
……と思ったら、衝撃で歯が二~三本飛んでいった。
「いっぐ……!? あがっ! がっ、かっ……!」
ガターンッと男は横倒しに倒れると、顔面を押さえ、床でのたうち回った。
エウリアスは冷たい目で男を見下ろすと、低い声で騎士に命じる。
「どんな手段を使おうと構わない。絶対に父上の居場所を吐かせろ。」
「「「はっ。」」」
三人の騎士が男を捕らえると、エウリアスは振り返る。
「どんな些細な手掛かりでもいい。必ず見つけろ! 探せっ!」
「「「はっ!」」」
連れて来た騎士や兵士、総出で室内を探させる。
数人は、他の部屋を探しに行く。
地図、指示書、手紙、メモ。何でもいい。
どんな些細なことでもいいので、一刻も早くゲーアノルトの居場所に繋がる、手掛かりを見つけなくてはならない。
そうして室内の捜索をしていると、バタバタ……と走る音が聞こえてきた。
飛び込んできたのは、一人の兵士だ。
「エウリアス様っ! 申し訳ありません!」
その兵士は、いきなり謝った。
詳しいことは分からないが、こういう時は厄介事であると相場が決まっている。
エウリアスは溜息交じりに尋ねた。
「謝罪はいい。何があった。」
「一部の敵の兵が、レングラーの町へ向かってしまいました……!」
その報告を聞き、エウリアスは舌打ちをしそうになった。
だが、僅かに顔をしかめるだけで、何とか堪える。
「敵の数は?」
「三十前後かと。」
「三十か…………厳しいな。」
一応、そうした逃走する敵兵のことは想定していた。
そのため、各方面に繋がる街道などに、戦力を割いておいたのだから。
しかし、さすがに一度に三十人も来ては、止めきれないだろう。
駐屯地から町への道には、十人しか配置していないからだ。
(……町に被害が出てしまうな。)
エウリアスはすぐに行動に移した、
「ここは任せる。俺は逃げた連中を追う。」
「ユーリ坊ちゃん、お待ちください。それでは我々も一緒に――――。」
「却下だ。お前たちはここで手掛かりを探せ。」
「し、しかし……!」
なおも説得しようとする騎士を置いて、エウリアスは部屋を飛び出した。
建物を出ると、空が随分と白んでいる。
まだ陽は出ていないが、もうすぐ夜明けのようだ。
「クロエ! 【
「ほっほっほっ……元気よのぉ。」
状況にそぐわない明るい声で答えると、一瞬でエウリアスが加速した。
馬の全速力のような速さで、一気に駐屯地から飛び出す。
駐屯地からレングラーの町までは、一本道だ。
大分明るくなってきため、敵兵もすぐに見つかった。
(良かった。町に行かれることは阻止できたみたいだ。)
配置していた騎士たちが、踏ん張ってくれたのだろう。
町の遥か手前で、戦闘が発生していた。
エウリアスはそのまま戦闘の発生している場所に飛び込――――もうとして、急停止。
その光景を、驚いたように見てしまう。
明らかに人の数が多い。
道だけでは収まりきらず、両側の草叢にまで人垣ができている。
その数、数百人。
どうやらその人垣は、レングラーの町に住んでいる人たちのようだ。
「ぐぅぅおおるぅうああああああーーーーーーーっっっ!!!」
一人の男が、馬鹿でかい角材を振り回し、五人の敵兵を吹き飛ばしていた。
見ると、馬ごと横倒しになって倒れている敵兵もいる。
もしかして、あの角材で殴り飛ばしたのか?
「ザートン……?」
エウリアスには、その男に見覚えがあった。
レングラーの町で家具職人兼木こりをしている男だ。
家具造りも巧みだが、こだわりが強く、自分で選んで伐ってきた木でしか家具を造りたがらない男だった。
「ぶぅぅおおおるぁぁああああーーーーーーっ!」
ザートンが抱えた角材を振り回すと、殴られた敵兵が吹き飛ぶ。
ラグリフォート家の騎士が、その吹き飛ばされた敵兵にトドメを刺すという役割分担になっていた。
エウリアスが駆けつけた時には、すでに決着がついていたと言っていいだろう。
人垣で道を塞ぎ、ザートンが粗方敵兵を散らす。
そこを、騎士がトドメを刺す。
非常に効率的に、殲滅が完了していた。
「あっ! エウリアス様だ!」
人垣から声が上がり、それはすぐに歓声に変わった。
「「「ユーリ坊ちゃーん!」」」
「「「エウリアス様ぁ!」」」
「手伝いに来ましたぜぇーっ!」
「一緒に、こいつら倒しちまいましょう!」
その光景に、エウリアスはちょっと茫然としてしまう。
こんな戦いの最中だというのに、町の人たちはエウリアスを見つけて手を振っていた。
「みんなぁ! だめだよ! 危ないよ!」
エウリアスがそう言うと、集まった人たちが顔を見合わせる。
そうして、申し訳なさそうな顔になった。
「「「……すいやせん、坊ちゃん。」」」
「「「ごめんなさい……。」」」
しょんぼりする町の人たちの姿を見て、エウリアスの方が申し訳ない気持ちになる。
危険に巻き込んだのは……、危険にさせてしまったのは、エウリアスの方なのに。
不意に、エウリアスは泣きそうになった。
「みんな! ありがとう!」
エウリアスは無理矢理に笑顔を作って、町の人たちに感謝を伝える。
たった一言では表せない、様々な思いを込めて。
そんなエウリアスに、町の人たちもまた、笑顔で応えるのだった。
こうして、エウリアスの一連の作戦は終了を迎える。
結果だけを見た場合、それは想定以上に上手くいった。
逃亡する兵も、数だけを見れば想定内。
ルボフの奮闘により、そのほとんどを駐屯地内で仕留めていたからだ。
ただ、少々まとまった数の逃亡を許してしまい、これは想定外の事態ではあった。
しかし、それも町の人たちの協力により見事に殲滅し、町への被害は出さずに済んだ。
エウリアスは町の人たちにお礼を言って帰らせると、駐屯地に戻った。
その頃には、駐屯地の制圧も完了していた。
「「「坊ちゃんっ!」」」
「「「エウリアス様っ!」」」
「「「やりましたぜっ、ユーリ坊ちゃん!」」」
駐屯地のあちこちから、歓声が上がる。
エウリアスの姿を見つけると、騎士も兵士も、みんながエウリアスの下に集まった。
エウリアスは、集まったみんなを見回した。
その表情は、一様に明るい。
昨日までは見失っていた希望が、今はみんなの胸にあるからだ。
エウリアスは長剣を抜くと、天を突くように掲げた。
「俺たちのぉ、勝利だぁぁああああああああああっ!」
「「「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおうっっっ!!!」」」
山の上からゆっくりと陽が昇り始め、エウリアスたちの勝利を祝福するように、その眩い光で照らす。
「おおおおおおおおおおっ!」
興奮の冷めぬみんなの雄叫びに、エウリアスも雄叫びを上げて応える。
拳を突き上げ、剣を掲げ、いつまでもいつまでも、勝利の余韻をみんなで分かち合うのだった。
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