第190話 レングラー駐屯地の奪還1
ラグリフォート領、レングラーの駐屯地。
常時千人以上の兵士を置く、ラグリフォート領にとって、軍事上の最重要ポイントだ。
とは言っても、実はそこまでガチガチに固めた、砦のような施設ではない。
簡易な柵で囲んだだけの、謂わば訓練施設という意味合いが強い。
ただし、街道上にあるレングラーの町に近く、東西に延びる街道と、南と南東に向かう街道を押さえるための要衝ではある。
ラグリフォート領全体に兵士を展開するのに、レングラーの町と、レングラーの駐屯地は絶対に押さえるべきポイントだった。
逆を言えば、このレングラーの町と駐屯地を奪い返せば、領地内に広く展開した敵兵を分断することができる。
山だらけのラグリフォート領において、中心に位置するこのレングラーの町と駐屯地は、すべてを繋ぐ急所だ。
ラグリフォート家の屋敷と、レングラーの町を解放したエウリアスは、最後の攻略に取り掛かった。
エウリアスの立てた作戦も、いよいよ大詰めを迎える。
第一段階では、ラグリフォート家の屋敷に単独で侵入。兵士たちが侵入するための準備をする。
第二段階では、ラグリフォート家の屋敷を奪還。できれば、ここでゲーアノルトも確保するつもりだった。
第三段階では、レングラーの町を解放。
そして、第四段階。
ここで行うことは二つ。
兵士たちの解放と、武器庫の確保。
解放した兵士たちに武器を与えることが、最大の目的だ。
そうして最終の第五段階。
解放した兵士たちと協力して敵兵を殲滅し、駐屯地を奪い返す。
こちらの戦力は、三十人の兵士と、屋敷で解放した百余人の騎士。
一方、敵の兵数は五百人以上。
四倍差は少々きついが、駐屯地の兵士を解放すれば、一気に千人の兵士が手に入る。
つまり、駐屯地の攻略は、第四段階の成否にかかっていると言っても過言ではない。
エウリアスはレングラーの町を解放した後、駐屯地に向かった。
草叢を進み、林に入ると、木の陰で数人の騎士や兵士が駐屯地を監視していた。
グランザが振り返る。
「坊ちゃん。如何でしたか?」
「こっちは成功だ。そっちは?」
「すでに準備は整ってますぜ。」
その報告に、エウリアスは頷いた。
空を見上げると、まだ暗かった。
しかし、僅かにだが空の色が薄くなってきている。
夜明けが近い。
「これより、第四段階に移行する。」
「「「はっ。」」」
エウリアスが宣言すると、数人の騎士と兵士が敬礼し散開する。
風が吹き、ザザザーッ……と草葉が揺れた。
エウリアスは真っ直ぐに駐屯地を睨み、
「ラグリフォート家に剣を向けたこと…………後悔させてやるよ。」
ザザザーー……。
エウリアスの呟きを、草原を渡る風が掻き消していった。
■■■■■■
レングラーの駐屯地内。
常駐するラグリフォート領主軍の兵士たちは、夜間は多目的の大きな建物に押し込められていた。
まだ春の半ばで、夜間は冷え込む。
宿舎は
武器や防具の類はすべて取り上げられ、毎日倉庫のような建物の建設に従事させられていた。
はっきり言えば、普段とあまりやっていることは変わらない。
この駐屯地に配属された場合、訓練が日課となる。
だが、駐屯地に常駐する兵士は、一定期間で入れ替わるのだ。
他の場所に配属されれば、土木工事や何かの建設やらが兵士の仕事だ。
街道の整備なんかも、領主軍の兵士の仕事である。
そういう意味では、ムルタカの連中がやって来てからも、普段と然程やってることに変わりはなかった。
とはいえ、夜間にしっかりと休めないのはきつい。
寒さにロクに眠れず、食事は薄いスープと、僅かなパン。
きつい労働を支える体力を維持するだけの食事は、与えらえていなかった。
「………………。」
その兵士は、ぶるっと身震いすると身体を丸めた。
そろそろ夜が明けると、横たえた身体の痛みで見当をつける。
せめて毛布に包まれれば、もう少しマシなのだが。
(いつまで、こんなことが……。)
兵士の心は、折れかかっていた。
極度の疲労と、睡眠の不足。
空腹に苛まれ、それでも心が揺らがないでいられる者は少ない。
何より、いつ駐屯地を占拠した奴らが、自分たちを
今、生かしておく理由は、演習場に建設させている倉庫のため?
では、予定の数を建設し終わったら?
用が済んだら?
そんな考えが浮かんでしまい、心が竦んだ。
(ゲーアノルト様…………どうしてっ……!)
いきなり領主様が捕えられた。
そのため、兵士たちは一切の抵抗ができなかった。
(騎士の間抜けどもが……!)
領主様に同行した騎士を罵りたい気持ちになるが、どうにもならなかったことは分かっていた。
さすがに護衛としてつけていた騎士だけでは、軍が動いてはどうにもならない。
それは分かっているが、それでも思ってしまうのだ。
せめて、領主様だけでも無事に逃げてくれていれば、ムルタカの連中に目に物を見せてやれるのに。
その時、誰かが起き上がったのが分かった。
微かに目を開け、気怠げに視線を巡らせる。
ホール内は真っ暗なため、誰が起きたのかまでは分からなかった
「……何か聞こえないか?」
そんな呟きが聞こえた。
(どうせ、連中が起こしに来ただけだろう……。)
また、一日が始まる。
重い荷物を運び、怒鳴られるだけの一日が。
「戦ってる……?」
別の方向からも、声が上がった。
それに続き、いくつもの声が上がり始める。
「何……?」
「……どういうことだ?」
「おいおい、まずいんじゃねえのか?」
連中に反抗すれば、人質に取られている領主様が処刑されてしまう。
その兵士は、サァー……と血の気が引くのを感じた。
バタバタバタッ……!
明らかに、建物の近く。
複数の足音が聞こえてきた。
ガッ! ガツンッ! ガギンッ!
建物の入り口に掛けられている、錠を叩く音が響いた。
横になっていた兵士たちも、何事かと次々に立ち上がる。
何かが起きている。
不安と期待に、みんなの視線がドアに向かった。
ジャラジャラジャラッ……とチェーンが外される。
そうして、バンッと入り口のドアが開かれた。
開かれたドアに人影は見えるが、外も暗いため、誰かは判別できなかった。
「助けに来たぞ! さあ、出るんだ!」
その声を聞いても、兵士たちは顔を見合わせるだけだった。
解放される喜びはあるが、こんなことをして領主様は大丈夫なのか、という不安の方が大きかったのだ。
そこに、もう一つの人影が現れる。
「ぼさっとするな! ラグリフォート領を取り戻すんだ! 手を貸せ!」
その声に、兵士たちは耳を疑った。
「……え?」
「ユーリ、様?」
「どうして、こんな所に?」
「坊ちゃんだって……?」
あまりに急な話に、頭がついていかない。
だが、一際大きな声が響いた。
「エウリアス様だっ!」
声を上げた兵士は、慌てたようにドアに駆け出した。
「痛えっ!?」
「ぐあっ、誰だおい! 踏むんじゃねえよ!」
まだ横になったままだった者に躓き、踏みつけ、蹴とばしながら。
ドアの人影から、再び声が上がる
「武器庫も確保してる! 剣を取れ! ともに戦え!」
「エウリアス様! エウリアス様ぁ!」
「ちょっ!? こんな所で跪くな! いいから武器庫に行けって! ほらっ、早く行けっ!」
その人影は、駆け寄った兵士が跪くと、抱え起こすようにした。
そうして、武器庫の方を指さす。
「「「ぅおおおおおおおおおうっ!」」」
「「「ユーリ様ぁ!」」」
「「「坊ちゃんだあっ!」」」
エウリアスの存在に確信を得ると、閉じ込められていた兵士たちから歓声が上がった。
我先にと、入り口に殺到する。
「武器を取れ! 仲間のために戦え! お前たちを助けるために戦ってる仲間を見捨てるな!」
「「「よっしゃあ、武器だぁ!」」」
「「「いくぞぉ!」」」
「「「仲間のためにぃ!」」」
「「「ラグリフォート領を取り戻せえええ!」」」
エウリアスの掛け声に、兵士たちが雄叫びを上げた。
■■■■■■
一度流れができると、後は早かった。
兵士たちは建物を出ると、武器庫に向かって一斉に駆け出す。
そんな兵士たちを見て、エウリアスはほっと息をついた。
「少々際どかったが、何とかなったな。これで
エウリアスは、口の端を上げた。
「ここからは狩りの時間だ。存分に楽しめ、お前たち。」
その言葉に、騎士たちは頷くのだった。
エウリアスは、駐屯地の襲撃をかなり人数を絞って行うことにした。
一番の懸念は、この反抗作戦が漏れることだ。
屋敷やレングラーの町、そして駐屯地が奪い返されたとバレると、ゲーアノルトが処刑されてしまう。
そのため、街道を封鎖する人員を、当初の予定よりも増やしたのだ。
レングラーの町に向かう道。
東西に延びる街道。
南と南東に向かう街道。
これらの封鎖のために、十人ずつの騎士や兵士を配置した。
特にムルタカ方面、東に向かう街道には二十人を配置した。
これらに六十人も割いているため、七十余人で、五百人が詰める駐屯地を攻略する必要があった。
とは言っても、七十人で五百人を倒すという話じゃない。
エウリアスたちの目標は兵士たちの解放と、武器庫の確保。
そのためグランザと二手に分かれ、エウリアスが兵士たちの解放を担当し、グランザに武器庫を任せた。
さすがに駐屯地の敵兵は夜襲を警戒し、また閉じ込めている兵士の反乱も警戒して、そこそこ不寝番を置いていた。
そのため、気づかれないように作戦を進めることは難しかった。
というか、できなかった。
建物の近くまでは隠れて侵入できたが、バレないままで解放することは無理だった。
そのため、少々騒がしくなってしまっても、しっかりと制圧することにしたのだ。
「「「うおおおおおおおおうっ!」」」
「「「ぶっ殺せええええっ!」」」
あちこちから、勇ましい雄叫びが聞こえる。
「畜生っ! 何だこいつらっ!?」
「だめだっ、数が多すぎる!」
武器を手にした兵士たちが、駐屯地を占拠した敵兵に襲い掛かる。
エウリアスは周囲を確認しながら、護衛騎士を従えて、ある建物に向かった。
「俺たちもやるぞ。とりあえず、生け捕ることは考えなくてもいい。見つけた奴は、確実に殺していけ。」
「「「はっ!」」」
エウリアスが目指しているのは、領主軍の本部の建物だ。
どうせ、敵兵たちの隊長格は、ここにいるだろう。
下っ端の兵をいちいち、殺すのか、捕えるのかと考える必要はない。
頭を捕らえれば、情報は手に入る。
何より、今のエウリアスたちには捕虜を取るような余裕はない。
捕虜の監視に人を割くくらいなら、ゲーアノルトの救出作戦に一人でも多く回したいのだ。
そのため、ここの敵兵を率いている者も、情報を引き出すだけ引き出したら殺すつもりだった。
「貴様らっ! 大人しくしろっ! ――――ぅが!?」
「ぎゃっ!?」
斬りかかってきた数人の敵兵を、護衛騎士たちが斬り捨てる。
エウリアスは一瞥するだけ、真っ直ぐに本部に向かった。
(……ラグリフォート領を守るためなら、いくらでも非情にも冷酷にもなろう。)
血も涙もない人でなしと罵られようと構わない。
どれだけの血を浴びようとも、絶対にラグリフォート領を守る。
エウリアスは、見かけたラグリフォート領の兵士に手を振り、声をかけた。
「おーい、お前たち。手が空いてるなら手伝ってくれー。
そう言われた兵士たちは顔を見合わせ、飛び上がってエウリアスに従うのだった。
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