第186話 ポーツスの忠誠
「アロイス様、お下がりくださいっ!」
「フンッ!」
アロイスに近づくエウリアスに、二人の護衛騎士が斬りかかった。
ビュッ! ブンッ!
しかし二人の
「な……ん、だとっ……!?」
「……早……すぎ……る。」
斬りかかった護衛騎士は、一人は胸を押さえ、もう一人も喉を押さえる。
ドサドサ……と倒れた護衛騎士は、胸と喉から血を流していた。
「ひぃぃぃいいいいいいいっ……!」
アロイスは倒れた四人の護衛騎士たちを、慌てふためきながら見る。
だが、エウリアスに斬られた護衛騎士たちは、すでに絶命していた、
これで、エントランスにはエウリアス、アロイス、ポーツスの三人だけになった。
「……………………。」
エウリアスは黙って
エウリアスの視線は、その払った血を見るように床に向いていた。
「…………何でかな。」
不意に、エウリアスが呟く。
「普通、屋敷の中にも見張りの兵を置くよな? だって、占拠したんだからさ。」
占拠した建物を支配下に置き、その支配を維持するため、兵を配置する。
「何で護衛騎士が許されてるんだろう? 帯剣まで許されてさ。
「坊ちゃま……。」
ポーツスが、一つひとつ不審な点を挙げるエウリアスを、悲し気に呼んだ。
「嫡男になったんだから、『伯爵になれる』ってのは分かるんだ。」
それをどうやって知ったのか、という疑問もあるが、まあそれはいいだろう。
しかし――――。
「……でもさ? 『もうすぐ』って…………それ、どういう意味だ?」
エウリアスが首だけを向け、アロイスを見る。
エウリアスの表情には、怒りも悲しみもない。
何の感情も籠らない冷えた目で、ただアロイスを見つめた。
「ポーツスッ! あいつを殺せっ! あいつを殺してくれえ!」
アロイスはエウリアスを指さし、ポーツスに命じる。
だが、ポーツスは悲し気に首を振った。
そんなポーツスに、エウリアスは声をかける。
「ポーツス、危ないよ? 何でお前がこんな所にいるんだよ。下がっててくれ。」
「はい、坊ちゃま。」
「おひぃっ!? ピョーツスゥゥウ!?」
エウリアスの指示に従い後ろに下がるポーツスを、アロイスが裏返った声で呼んだ。
「おまっ、お前は僕の執事だろうっ! 何であいつの言うことを聞くんだっ! あいつを殺せえ! 命令だぞ!」
「無理でございます、アロイス様。私では百人で束になっても、とても勝てそうにありません。」
「貴様ぁぁあああっ! 裏切る気かあっ!」
アロイスはポーツスに掴みかからんと、手を伸ばした。
ボトッ……。
だが、伸ばした腕が前腕の中ほどから落ちた。
「無理を言うなよ、アロイス。ポーツスに戦えなんてさ……。」
そう言いながら、エウリアスはもう一度長剣を払う。
「ぎっ……ぎぃやあぁぁああああーーーーっっっ!!!」
血を噴く、自らの右腕を凝視し、アロイスが悲鳴を上げた。
ポーツスも何が起きたのか分からず、絶句し、目を丸くしてエウリアスを見る。
エウリアスは一歩で間合いを詰め、ポーツスに掴みかかろうとしていたアロイスの腕を斬り落とした。
しかし、ポーツスもアロイスも、エウリアスが距離を詰めたことにさえ気づかなかった。
「痛いいぃぃっ! いだいいだぃいたいぃだいいいぃぃいいいいい……っ!」
エウリアスは、泣き喚くアロイスを放っておき、ポーツスに視線を向けた。
「ポーツスは分かるか? さっきの『もうすぐ』の意味。」
エウリアスが悲し気に眉を寄せ、そう尋ねると、ポーツスは目を閉じる。
そうして、痛みを堪えるような表情で首を振った。
「…………ユーリ坊ちゃまの、想像されている通りかと。」
「そうか……。」
分かっていた。
そう、分かってはいたのだ。
それでも、「勘違いであってほしい」と、そう願ってしまった。
願わずにはいられなかった。
無駄な足掻きと、本当は自分でも分かっていたのに。
「……たすっ……助けてっ……いだいっいだいよぉ……助けぇ……!」
床を転がり、斬られた痛みを喚き散らすアロイスを見る。
エウリアスは長剣を逆手に持つと、蹲り、背中を見せるアロイスに突き刺した。
長剣はスッと背中に吸い込まれ、アロイスの心臓を貫く。
長剣を引き抜くと、すぐにアロイスは動かなくなった。
エウリアスは項垂れると、長剣の
唇を引き結び、目をぎゅっと閉じる。
「……馬鹿野郎。」
ショックだった。
思っていた以上に、
いろいろと、去来する思いはある。
しかし、その中に痛みはなかったのだ。
エウリアスが虚無感に打ちひしがれていると、ポーツスが傍にやってくる。
「坊ちゃま、私は……。」
だが、エウリアスは首を振った。
「アロイスの執事に就いていたのか?」
「はい。」
ポーツスは、それ以上は言わなかった。
エウリアスは、少し無理して笑顔を見せた。
「みんなのためか。」
きっとポーツスは、閉じ込められた使用人たちのために、アロイスの傍にいることを決めたのだろう。
それと――――。
「父上のことは、何か知らないか?」
「旦那様は、ムルタカ子爵領に行かれていました。その後すぐに……。」
「連中がやって来た?」
「はい。」
ポーツスが、少しつらそうに頷いた。
「他には、父上の安否なんかは聞いていないか?」
「申し訳ございません。……おそらくですが、アロイス様もそこまではご存じなかった様子で。」
「そうか……。」
エウリアスはポーツスの肩に手を置いた。
「ポーツス……よく頑張ったな。」
「坊ちゃま……っ!」
エウリアスのその一言だけで、ポーツスの顔がくしゃっと歪んだ。
きっとポーツスも苦しかったのだろう。
ゲーアノルトの苦難に、何もできない己の無力さ。
屋敷を任された責任。
使用人たちの命を預かる重み。
ゲーアノルトのために、みんなのために、裏切者の誹りを受けようと、アロイスたちの懐に入る覚悟を決めたのだ。
そんなポーツスの悲壮な覚悟が、エウリアスのたった一言で報われた。
たとえアロイスの傍にいようと、エウリアスはポーツスのことを欠片も疑わなかった。
そのことに、涙せずにはいられなかった。
「グランザたちが来ている。外を殲滅したら、
「かしこまり、ました……っ。」
ポーツスは軽く涙を拭うと、鼻を啜って頷く。
「ちゃんと、相手を確認してから開けろよ? 連中が潜んでいる可能性があるからな。」
そう言うと、エウリアスはポーツスの横を通り過ぎた。
「ユ、ユーリ坊ちゃま、どちらに?」
エウリアスは立ち止まると、振り返った。
「…………決着に。」
それだけを言うと、エウリアスは廊下に入って行った。
屋敷の東の端。
母ノーラの部屋に向かって。
いつもは部屋の前にいる護衛騎士も、今はいなかった。
(最低でも……あと六人はいるはずか。)
ノーラの護衛騎士は一個小隊、十人。
四人がアロイスといたので、残りは六人のはずだ。
(ただし、敵兵がいてもおかしくはない。)
つまり、六人だけとは限らないわけだ。
まあ、何人いようと邪魔するなら斬るだけ。
エウリアスはドアノブに手をかけ、即座に横に飛んだ。
ガコッバキッ!
部屋のドアから、二本の剣が生えてきた。
「やったか!?」
「いや、手ごたえがない!」
エウリアスはすぐに体勢を整え、長剣を斬り上げた。
「【
「ギャッ!?」
バンッとドアを開け、飛び出してきた護衛騎士の一人に、【偃月斬】が当たった。
突然血飛沫を上げた護衛騎士を見て、飛び出していたもう一人が驚きに固まる。
ダンッッッ!!!
エウリアスは強く踏み込み、大上段からその護衛騎士を両断した。
軽鎧ごと、真っ二つになった。
エウリアスさらに踏み込み、【偃月斬】を当てた騎士の首を斬る。
さすがに距離が近すぎて、当てることしかできなかったからだ。
「「「キャアアァァァアアアアアアーーーーーーーッ!」」」
部屋の中から、複数の女性の悲鳴が上がった。
おそらく、ノーラ付きの
エウリアスが警戒しながら部屋を覗くと、執事とメイドたちがノーラを置いて、室内のドアから隣室に逃げていくのが見えた。
まあ、使用人では逃げてしまうのも仕方ないとは思うが、
エウリアスがそんなことを思っていると、エントランスの方が騒がしくなった。
「おお、ポーツス、無事だったか! 坊ちゃんを知らんか?」
グランザの声が聞こえ、エウリアスは大声で呼びかけた。
「グランザ! そっちに執事とメイドが行く! 捕まえておけ!」
部屋を抜けて行っても、最後は窓かエントランスからしか外に出られない。
エウリアスは執事とメイドの捕縛をグランザに任せた。
部屋の中には、二人の護衛騎士とノーラ。
エウリアスが一歩部屋に入ると、入り口横に隠れていた護衛騎士が斬りかかってきた。
エウリアスは振り下ろされた剣を躱し、懐に潜り込む。
下から突き上げるように喉に長剣を刺し、腹を蹴とばして後ろの騎士ごと転倒させる。
そうして、転倒した護衛騎士二人を貫くように、長剣を床に突き刺した。
「ゴフッ!?」
「――――……ッ!」
エウリアスが長剣を引き抜いて振り向くと、ノーラが顎で護衛騎士に指示を出す。
「死ねええっ!」
「おらあぁぁああああっ!」
エウリアスは軽くバックステップしてから、右側の護衛騎士のさらに外に踏み込む。
ダンッッッ!!!
腹に体当たりするように長剣を刺し、そのまま運ぶ。
左の護衛騎士に体当たりを喰らわせると、刺していた護衛騎士の身体を貫通し、もう一人の身体にも長剣が刺さった。
「グアアァァアアア……ッ!」
「…………ッ……!」
エウリアスは長剣を引き抜くと、連続で喉を突いてトドメを刺す。
油断なく周囲を見回し、他に動ける者がいないかをよく確認する。
「………………ッ……ッ……!」
まだ息のある者を見つけ、無言で胸を突く。
息絶えたのを確認し、エウリアスは長剣を払った。
あっという間の惨劇。
部屋の中には四人の護衛騎士の死体が転がり、血の匂いがむせ返るようだった。
エウリアスは頬に着いた返り血を、軽く手の甲で拭う。
そうして、ノーラを見た。
「ようやく落ち着いて話ができます。……母上。」
そう言うエウリアスを、ノーラは冷めた目で見るのだった。
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