第185話 もうすぐ




「し、侵入者だぁぁああああーーーーーーーーーっっっ!!!」

「へ……?」


 耳を覆いたくなるような大声で、護衛騎士が叫ぶ。


「ばっ……!? よせっ、何やってんだっ!」

「侵入者ぁ! 侵入者ぁぁあああーーーーーーっ!」


 護衛騎士は、エウリアスが静止しても声を上げ続けた。


(寝惚けてんのか、このっ!)


 バキィ!


 エウリアスは、叫び続けていた護衛騎士を殴り飛ばした。

 護衛騎士が、椅子ごと横倒しになる。


「最悪じゃねえか!」


 そう言うが早いか、エウリアスは身を翻す。

 外では、今の声に気づいた敵兵たちが騒ぎ出していた。


「どこだっ!?」

「おいっ、何事だっ!」

「探せっ探せっ!」


 エウリアスは舌打ちをすると、エントランスから階段を駆け上がり、近くの部屋に飛び込む。

 この部屋には、エントランス前の屋根代わりに、バルコニーがある。


 なぜか見覚えのある家具などが突っ込んだままのような状態で置かれているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 エウリアスは部屋を素通りすると、バルコニーに向かった。


 バルコニーに出ると柵に取りつき、庭で騒いでいる敵兵を見下ろす。

 テントからワラワラと姿を現す、敵兵たち。

 だが、その行動は秩序立った行動とは程遠い。


「【襲歩しゅうほ】っ!」


 エウリアスはバルコニーでジャンプすると、屋敷の屋根に上がった。

 これで多少は距離が稼げる。

 まあ、これだけ右往左往しててくれれば、まともに狙う必要もないだろうけど。


「【偃月斬えんげつざん】!」


 エウリアスは屋根の上から、袈裟斬り、横薙ぎ、斬り上げと、素早く長剣ロングソードを振るう。

 そして、そのすべてから【偃月斬】が撃ち出された。


「ギャァアアアーーーーーーッ……!?」

「グアッ!?」

「ゴハァッ!」


 次々に血飛沫を上げて倒れる敵兵。

 その光景に、さらに敵兵はパニックになった。


「なんっ……! 何だこれはぁ!?」

「敵襲ぅぅうっ! 敵襲うううぅぅうっ――――ぎゃっ!?」


 エウリアスが【偃月斬】を撃ち出すたび、血飛沫と断末魔の声が上がり、敵兵が倒れる。

 あっという間に、十人、二十人、三十人と倒れていく。


「うおらあぁぁあっ! やったれやぁぁあああっ!」

「ぶっ殺せぇええーーーっ!」


 そうして、屋根の上から【偃月斬】で敵兵を片付けていると、屋敷の裏手からグランザたちが現れた。

 グランザたちは、パニックを起こしている敵兵に突撃していく。


 エウリアスが半分以上を片付けていたので、もはや勝負は着いたも同然だろう。

 まだ敵兵の方が多いが、恐慌をきたした兵と、統制の執れた兵。

 流れは完全にこちらのものになっていた。


 エウリアスはそっと息をつき、長剣を下ろす。


「さすがに焦ったけど、こうなればケリは着いたな。」


 作戦では、敵に悟られないようにゲーアノルトを救出し、その後に敵兵の殲滅に入る予定だった。

 だが、そう上手くいくとは限らない。

 そのため、エウリアスの侵入がバレた時のプランというのも、ちゃんと考えていた。

 エウリアスが迷わずバルコニーに向かい、屋根の上から【偃月斬】を降り注がせたのは、初めから侵入発覚に備えて考えていた行動だ。


 さすがに混戦になると、【偃月斬】が味方に当たってしまう危険が出てくる。

 そのため、後はグランザたちに任せることにした。


 エウリアスは屋根の上を移動し、屋敷の裏手を見た。

 離れの使用人救出を命じていた兵士が、閉じ込めていたドアを壊し、押し込められていた使用人を解放しているところだった。

 ここからはよく見えないが、騎士の宿舎の方でも解放が進められているようだ。


「よしよし、こっちも順調だな。」


 そうして屋根の上から見ていると、屋敷の正面の門を開け、逃げ出す敵兵が見えた。

 いや、あれは逃げ出すのではなく、襲撃を知らせに行くのかもしれない。


「…………頼んだぞ。ちゃんと止めてくれよ。」


 そう呟くと、エウリアスはバルコニーに下りるのだった。







■■■■■■







 ラグリフォート家の屋敷を飛び出し、数人の兵士が丘を駈け下りていた。

 突然の夜襲に、部隊は完全にパニックになっていた。


「ハアッ……ハアッ……ハアッ……!」


 当初は、ただ逃げ出したい一心で門を開けて飛び出した。

 だが、町に行けば少ないが味方がいる。

 その町を抜けて駐屯地まで行けば、数百の味方がいるのだ。


「……死んでたまるかよっ……くそがっ……!」


 その兵士は月明かりだけを頼りに、暗い道を駈けていた。

 後ろから、微かに荒い息遣いが聞こえる。

 振り返ると、同じように逃げ出した兵士が他にもいた。


「に……逃げたんじゃないっ……これは……仲間に知らせるためにっ……!」


 前を向き直し、そう言い訳のようなことを口走る。

 これは味方の危機を知らせるためなのだ。

 決して、恐ろしくなって逃げ出したわけでは――――!


 グンッ!

「ぐえっ!?」


 その時、兵士が突然仰け反って倒れた。

 喉に強い衝撃を受け、転倒したのだ。


「げほっ!? げほげほっ……!」


 地面で藻掻きながら、その兵士はひどく咳き込んだ。

 兵士の後ろを走っていた兵士も、数人が同様に倒れ込む。


「ごほごほっ……!」

「なっ……げほっ! 何がっ……!?」


 倒れた兵士たちは、わけが分からず辺りを見回す。

 そうして、道の横の草叢から人が飛び出すのに気づいた。


 グサッザシュッ!

「ギャァアッ!?」

「グワッ……!」


 その兵士は胸に凄まじい痛みを感じ、あっという間に絶命した。







「しっかりトドメ刺せよぉ。他にも来るかもしれないからなぁ。さっさと片付けろよー。」

「「「へーい。」」」


 小隊長の指示に、ラグリフォート家の兵士たちが返事をする。

 てきぱきとトドメを刺し、倒した敵兵たちを道の横に除けておく。

 とりあえずは草叢に放り込むだけで十分だ。


 エウリアスは、屋敷からレングラーの町に向かう道に、十人の兵士を配置した。

 目的は勿論、屋敷の襲撃を知らせる伝令を潰すため。


 道端にポツンポツンと立つ木に、ロープを張る。

 きちんと並んでいるわけではないが、道を挟んで向かい合った木というのが、何カ所かにあった。

 そうした木に、予めロープを張っておいたのだ。


 月明かりだけではほぼ見えないし、松明を持っていても、慌てていれば気づかない可能性がある。

 たとえ気づいても、そんなロープがあれば警戒して足を止めるだろう。

 後は草叢に潜んでいた兵士が倒せば一丁上がりだ。


「よーし、次が来るかもしれないからなぁ。また隠れろよー。」

「あいよぉ。」

「ずっと潜んでて、こんだけの戦果じゃ寂しいからな。もっと来て欲しいぜ。」

「へへっ、まったくだ。」


 そんな軽口を叩く部下に、小隊長が注意する。


「ばっか、油断してんじゃねえよ。これで一人でも取り逃がしてみろ。恥ずかしくって、坊ちゃんに釈明にも行けねえぞ。」

「それは確かに。」

「しゃーない、真面目にやるか。」


 兵士たちは笑いを引っ込める。


「おらっ、さっさと隠れろー。」

「「「へーい。」」」


 そうして、兵士たちは再び草叢に身を隠すのだった。







■■■■■■







 エウリアスはバルコニーから部屋に戻ると、廊下の様子を窺う。

 どうやら、屋敷に入り込んだ敵兵はいないようだ。

 階段を下り、再び東の一画に行こうとして、エウリアスは足を止める。


「アロイス! 無事だったか!」


 エントランスには、アロイスが護衛騎士を連れて待っていた。

 エウリアスが笑顔で声をかけるが、護衛騎士がアロイスの前に立つ。


「どうしたんだよ、アロイス。助けに来たんだぞ? 母上は奥か? 今、外の敵兵はみんなで片付けてるところ――――。」

「黙れえええぇぇえええええっっっ!!!」


 エウリアスの話を遮り、アロイスが絶叫した。

 そんなアロイスを気遣うように、ポーツスが後ろから声をかける。


「アロイス様。落ち着いてくださいませ。」

「これがっ……こんなのがっ……落ち着いていられるかあっ!」


 アロイスはわなわなと震え、憎々し気に顔を歪めてエウリアスを指さす。


「何で……ここにお前がいるんだっ……! 何で!? 何でなんでなんでえ!?」


 まるで錯乱したように声を荒らげるアロイスに、エウリアスは安心させるように声をかける。

 長剣ロングソードを鞘に収め、軽く両手を広げる。


「落ち着けって、アロイス。俺は助けに――――。」

「ふざけるなああぁぁぁあああああああああああっっっ!!!」


 アロイスは荒い呼吸を繰り返し、血走った目で四人の護衛騎士に命じる。


「斬れえーっ! あいつを斬れ! 斬れっ斬れっ! 倒した者には、褒美を思うがままに取らせるぞ!」

「待て待て待て、アロイス!? ちょっと待てって!」


 エウリアスは両手を挙げるが、アロイスに命じられた騎士が斬りかかってくる。


「アロイス様っ! おやめくださいっ!」

「煩いっ、うるさいうるさいぃぃいっ! でゃまれえっ!」


 ポーツスがアロイスを止めようとするが、アロイスは力いっぱいに叫ぶ。


 ブンッ! ブォンッ!


 エウリアスは斬りかかってくる護衛騎士のソードを掻い潜り、何とか躱す。


「アロイス! どうしちゃったんだよ! あいつらに脅されてるのか?」


 だが、エウリアスの説得もアロイスに届かない。


「どうしてお前がいるんだ! どうしてっ、お前なんかがいるんだ! お前がっ……お前さえいなければ……っ!」

「アロイス……。」


 エウリアスは剣を躱しながら階段を上がり、手すりを飛び越えて、一階に下りる。

 そうした動きで護衛騎士を翻弄しながら、何とかアロイスを説得しようとした。


「話はちゃんと聞くからさ、とりあえず騎士を退かせてくれ。な?」


 しかし、アロイスから飛び出した次の言葉で、エウリアスの頭は一気に冷える。


「何でまだお前がいるんだっ! !」


 エウリアスは斬りかかってきた二人の護衛騎士の剣を、くるんと身を翻して躱した。

 すると、その二人の護衛騎士が喉と腹を押さえ、呻く。


「…………ぐっ……!」

「……ば、馬鹿なっ!?」


 護衛騎士が、ドサリ……と倒れる。

 いつの間にか、エウリアスの手には長剣が握られていた。


「――――ッ!?」

「何だと!?」


 二人の護衛騎士が倒れたことで、残った護衛騎士が驚きに動きを止める。

 しかし、そんな護衛騎士たちのことは気にも留めず、エウリアスは俯いたまま呟いた。


「…………?」

「ひっ……!?」


 エウリアスの、底冷えした低い声にアロイスが息を飲む。


「もう、すぐ……?」


 エウリアスは、一歩アロイスに向けて足を踏み出した。


「それってさ……どういう意味だ?」


 エウリアスは長剣をだらんと下げたまま、アロイスにもう一歩近づく。


「なあ、アロイス? なんか俺……勘違いしちゃいそうでさ。」


 また、一歩。

 エウリアスはやや俯いたまま近づく。


「誤解がないようにさ。よく……教えてくれないかな?」


 俯いていたエウリアスが、ゆっくりと顔を上げた。

 その目が、アロイスを捉える。


「ひっ、ひぃぃいっ……!」


 一歩、また一歩と近づく。

 冷えた目をしたエウリアスに、アロイスは身体の震えを止めることができなかった。




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