第184話 ラグリフォート家への侵入
エウリアスがラグリフォート領に潜入して四日目。
辺りはすっかり真っ暗になり、そろそろ日付が変わって五日目になろうかという頃。
エウリアスたちは、月明かりを頼りに山中を移動し、ラグリフォート家の屋敷を目指した。
屋敷は、小高い丘の上にある。
屋敷の正面からは道が延び、レングラーの町へと繋がる。
とはいっても、この距離は二キロメートル近い。
丘の周辺は、森林が多い。
この森林を抜けることで、様々な場所への距離を縮めることができる。
一つの例としては、エウリアスがよく行っていた工場だ。
山の中腹にある工場へはレングラーの町から道が続いており、本来はこの道を通る。
しかし、エウリアスはよく森林を突っ切り、屋敷から山道の途中に抜けるようにしていた。
そうして現在、エウリアスはそんな森の中に身を潜めていた。
屋敷の敷地を囲む壁までは百メートル以上あり、見通しはいい。
ただし、草が生い茂っているため、闇に紛れれば近づくことは容易だ。
「…………そろそろか。」
エウリアスが屋敷を見つめたまま呟くと、傍らのグランザが頷く。
「すでに配置についているとは思います。ですが……。」
グランザは続く言葉を飲み込み、エウリアスを見る。
「やはり、危険すぎます。」
そのグランザの言葉にも、エウリアスは反応を示さない。
ただ、真っ直ぐに屋敷を見つめる。
すでに深夜のため、屋敷からは明かりが消されていた。
だが、壁を囲む兵士たちが篝火を焚いているため、こちらからは丸見えだ。
さすがに壁の向こうの様子は見えないが、昨夜のうちに見張りの場所などは調べておいた。
敵兵は、
夜間の警備は、壁の外に十人。
壁の中の見張りで十人。
残りの八十人ほどは屋敷の庭にテントを張り、夜間は休んでいる。
こちらの戦力は三十人。
それにプラスしてエウリアスだ。
勝利条件は二つ。
第一条件は、ゲーアノルトの救出。
第二条件として、敵兵の殲滅だ。
敵兵を逃し、応援を呼ばれてしまえば、数の問題でこちらの全滅は必至。
そのため、敵兵を一人も逃さないことも、絶対条件に入れていた。
申し訳ないが、家族や使用人たちは勝利条件からは外れる。
可能な限り救いたいとは思うが、絶対条件にはできない。
エウリアスは、三倍の敵兵を殲滅すること自体は、然程難しいとは思っていなかった。
三倍というと大きな戦力差に感じるが、こちらは奇襲をかける。
何より、元々人数が少ないのだ。
一人対三人も三倍と言えるが、これは然程難しいことではない。
奇襲をかけ、一人二人をさっさと潰せば、あとは一人対一人だ。
こうした何倍差という戦力比は、数が多くなるほど、その効果が顕著に表れる。
少数同士の場合は、実はやりようでいくらでも引っ繰り返せるのだ。
「いくぞ。」
エウリアスが、リュックサックを背負い直しながら言うと、グランザが一瞬顔をしかめる。
だが、すぐに頷いた。
エウリアスは草叢に身を潜めながら、壁に近づいた。
エウリアスの後ろには、グランザの率いる二十人の兵士が続く。
「じゃあ、ここで待っててくれ。準備してくる。」
「分かりました。お願いします。……お気をつけて。」
今回の作戦、第一段階はほぼエウリアスが進める。
屋敷の壁の外にいる敵兵は、エウリアスが片付けることになっているからだ。
エウリアスはさらに壁に近づき、敵兵まで五十メートルほどの所で止まった。
小声でクロエに声をかける。
「クロエ、頼んだぞ。」
「ほっほっほっ……任せるが良い。これだけ丸見えなら、夜でも昼と変わらんの。」
クロエの気軽な声に、エウリアスは苦笑する。
エウリアスたちは夜闇に紛れているが、見張りたちは篝火を焚いていた。
おかげで、目標である敵兵は丸見えなのだ。
「……【
エウリアスは、中腰の姿勢から鋭く
草の上の方を少し斬り飛ばしながら、【偃月斬】が飛んで行く。
「「――――ッ!?」」
切れ味を上げた【偃月斬】は、一人の敵兵の首を刎ねると、その奥にいた敵兵の喉も裂いた。
二人の敵兵に呻き声を上げさせることもなく、一発の【偃月斬】で片付ける。
「ナイス、クロエ。」
「これくらいは軽いのぉ。…………其方に散々やらされたからの。」
「さ、次行くぞ、次。」
やや恨みがましいクロエの言葉を聞き流し、エウリアスは次の場所へ向かう。
屋敷を囲う、敵兵たち。
実は、それほど質は高くなかった。
不寝番を置いて警戒はしているが、それぞれが独立したポイントで見張っているだけ。
おそらく、異常が発生すれば声を上げて、壁の内側にいる仲間に知らせるつもりなのだろう。
こんなの、別に【偃月斬】でなくても、弓兵でも制圧は可能だったろう。
まあ、騒がれずに倒すのは、余程の腕前じゃないと難しいかもしれないけど。
そうしてエウリアスは、壁の外の敵兵を一カ所ずつ潰す。
屋敷の正面、門を守る敵兵もいるが、ここは手を出さない。
というのも、壁の中にいる見張りが門に集中しているからだ。
ここをバレずに制圧することは難しい。
そのため、正面側だけは放っておき、屋敷の裏側の壁を越えて侵入する作戦だった。
一通り見張りを倒し、グランザに合図を送る。
篝火から木を一本抜いて、火の粉を飛ばしながら大きく左右に振った。
合図を送ったら、予め決めていた侵入のポイントに移動。
ここは見張りの立っていた、篝火を焚いていた場所の中間あたりだ。
エウリアスは、ここから塀を越える。
「クロエ、【
そう言うと同時に、ぴょーんと壁の上に立つ。
実は、昨夜もこうして塀の中に侵入していたのだ。
ぶっちゃけ、屋敷の敷地を囲う壁沿いに見張りを立てるなら、たった十人では全然足りない。
篝火を焚いても明かりが全然届かず、その上に見回りすらしていないのだから。
それでも、何十人も侵入を試みればさすがに見つかる可能性もあるが、エウリアス一人が侵入するなら問題にならなかった。
エウリアスは、壁の内側に植えられている木に飛び移る。
リュックサックからロープを取り出し、木の幹に結んだ。
そのロープの束を、壁の外に放り投げる。
「クロエ。」
エウリアスが声をかけると、十メートルほど離れた隣の木へ。
枝から枝へ軽く跳躍すると、トン……と枝の上に着地する。
以前はこうした動きも大変だったが、随分と慣れたものである。
早起きしての、地道な練習の成果が出ていた。
エウリアスは同じようにロープを結び、壁の外へ投げた。
これで、第一段階は終了。
後はタイミングを見て、グランザたちが壁を越えてくる手筈である。
エウリアスは屋敷の
この離れには、使用人たちが住んでいる。
使用人たちの解放にも人を割いているので、それは兵士たちに任せていた。
また、別の離れもあり、そこは主に騎士たちの宿舎として使われている。
こちらにも解放のための兵士を出す予定だ。
エウリアスは屋敷の裏手に回り、様子を窺う。
昨夜は、ここまでは来なかった。
ここからは、完全に一発勝負。
(人の気配はないな。)
周囲と、屋敷の中を窺う。
「クロエ、【
「うむ。」
エウリアスは裏口のドアから少し離れ、切っ先がぎりぎりで触れる程度で長剣を振り下ろす。
エウリアスの長剣は寸分違わず、ドアと壁の隙間にスッと入り込んだ。
ドアノブを引くと、
真っ暗な屋敷の中に、慎重に足を踏み入れる。
ここは、
屋敷の中は、本当に真っ暗だった。
廊下には明かりも灯されず、窓から月明かりが差し込むだけ。
(廊下に、見張りがいない……?)
エウリアスは違和感を覚えた。
いくら質の悪い兵とはいえ、ここまで手薄だろうか?
とりあえずエウリアスは、ゲーアノルトの私室を目指した。
ゲーアノルトを監禁するとしたら、おそらく私室だろう。
エントランスにも明かりはなく、真っ暗。
音を立てないように、慎重に階段へ向かう。
屋敷の、東の一画に向かう廊下に視線を向ける。
突き当たりに不寝番の護衛騎士がいるが、椅子に座って俯いていた。
足元にランプを置いているが、居眠りでもしているのだろうか。
エウリアスは、スルリと階段に身を滑り込ませると、そのまま二階に上がる。
吹き抜けになっているため、あまりに見通しが良く、見つかりやしないかと内心ヒヤヒヤした。
だが、エウリアスのそんな予想に反して、やはり一人も見張りがない。
(さすがにおかしいだろ、こんなの……。)
そう思いつつ、壁に背中をつける。
僅かに顔を出し、廊下の先を窺う。
こうなると、もはや予想通りと言うべきか。
廊下には、見張りがいなかった。
勿論、ゲーアノルトの私室の前にも。
(もしかして、父上は
ここに来て、エウリアスは自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づく。
ゲーアノルトは、どうやらどこかに連れ去られているようだ。
(……………………。)
エウリアスは黙ったまま、ゲーアノルトの私室に向かった。
念のため中を確認するが、やはり誰もいない。
エウリアスは両手で顔を覆い、大きく溜息をついた。
しかし、そんなことをしている時間も惜しい。
すぐに気持ちを切り替え、一階に向かった。
(母上とアロイスだけでも助けよう。人質にされたらたまらないしな。)
階段まで戻り、念のため二階から吹き抜けを確認。
素早く一階に下りた。
東側の一画に向かう廊下に行き、突き当たりまで進む。
不寝番をしているはずの護衛騎士は、やはり眠っていた。
エウリアスにも見覚えのある護衛騎士だ。
(こんな時に居眠りしてんじゃないよ。)
エウリアスが真ん前に来ても、気づきもしなかった。
エウリアスは呆れつつ、護衛騎士の肩を軽く叩く。
「…………ん……ぅん……。」
護衛騎士がゆっくりと顔を上げる。
エウリアスは、自分の唇に人差し指を当て、声を出さないようにジェスチャーした。
「母上とアロイスを助けに来た。連中に見つからないうちに脱出するぞ。」
小声で伝えると、護衛騎士がゆっくりと目を見開く。
そうして、大きく息を吸い込んだ。
「し、侵入者だぁぁああああーーーーーーーーーっっっ!!!」
「へ……?」
思わず耳を塞ぎたくなるような大声で、その護衛騎士が叫んだ。
想像もしなかったその行動に、エウリアスの頭は真っ白になってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます