第166話 領外での作戦行動




 ユスティナ・スバイムは岩の上に座り、延々と街道に並ぶ荷馬車を眺めていた。

 陽光を浴び、風に靡くプラチナブロンドの髪がキラキラと輝く。


 ユスティナの髪は、家族の中でも珍しい。

 ユスティナ以外はみな、ごく普通の金髪だ。

 瞳の色もユスティナは青、家族は緑。

 小さい頃、「私は拾われた子なのだ」と考えたことがあった。

 まあ、特にそのことを悲しんだことはないが。


 ちなみに、実際は拾われた子ということはなく、ひい婆さんだかひいひい婆さんだかが美しいプラチナブロンドだったらしい。

 飛び飛びで身体的特徴が受け継がれることがあるらしく、ユスティナはそうした例のようだ。


 ユスティナの配属された部隊は、現在小休憩で全隊が停止していた。

 運んでいる積み荷は、主に食料だという。


 特殊な任務に就いている先遣隊の、増援部隊に合流したユスティナは、未だにその特殊任務が何なのか教えられていなかった。

 もっとも、ユスティナの最優先の任務は、作戦司令官のメディー・サザーヘイズの護衛だ。

 ただし、メディー本人にもこの護衛任務は隠さなくてはならないため、少々面倒なことになっているが……。


 本人が「いらない」と言っているのだから、こんな面倒なことやらなくてもいいだろうに。

 ユスティナに護衛などさせなくても、本来護衛を担うべき騎士はきちんと配置されているのだから。

 そう思わなくもないが、命じられれば仕方ない。


 メディーの家は、サザーヘイズ本家を支える分家だ。

 ちなみにスバイム家は、そんなメディーの家の分家。

 ユスティナの父はメディーの家臣という扱いであり、サザーヘイズ本家の当主マクシミリアンからすれば、陪臣になる。

 ユスティナはそんな陪臣の娘なのだから、サザーヘイズ領主軍の中では、まあ木っ端程度の扱いだ。


「……本当、何をやってんだ?」


 現在、ユスティナたちは支援物資の輸送を行っているが、量が多すぎる気がする。

 先遣隊は、二個大隊。約二千人ほど。

 ユスティナの合流した増援部隊も、一個大隊。約一千人。

 合わせて三千人もの兵を動かし、何をやっているのか?

 それも、


 ユスティナたちが今いるのは、サザーヘイズ領と同じ王国東部にあるムルタカ子爵領だ。

 ムルタカ領は、サザーヘイズ領の南西に隣接する領地。

 いくら寄り親を務めるサザーヘイズ領の領主軍でも、さすがに他の領地で軍事作戦を行うのは異例だ。


 とはいえ、これはムルタカ子爵にも話の通った作戦らしい。

 その証拠に、領境でムルタカ領の領主軍と接触をしているからだ。

 メディーとムルタカの隊長で何事か話をし、スムーズに領境を通過している。


(先遣隊ってのは、ムルタカ領で活動しているのか……?)


 上層部うえだけで話が通っているため、ユスティナしたには一切話が下りてこない。

 一応、ユスティナは作戦司令官の副官のはずなのだが。

 まあ、実際の副官は別にいて、ユスティナはあくまで副官という扱い。

 護衛が護衛対象の傍にいられないのでは話にならないので、無理矢理にねじ込んだ結果のようだ。

 おかげでメディーからは疎まれているというか、煩わしく思われているようで、少々遠ざけられていた。


「ったく……面倒な仕事を押し付けてくれるなあ、親父殿も。」


 ユスティナは立ち上がると、岩から下りた。


 二年前、父に言われ、仕方なく新兵訓練の教官を引き受けた。

 そうして今度は、わけの分からない作戦に同行しての護衛だ。

 身内なのだから、何を意図しての命令なのか、こそっと教えてくれてもいいと思うのだが……。


 ユスティナは足早に街道を進み、部隊に合流する。

 さらに進み、メディーの乗る馬車に近づく。

 メディーの馬車は二十騎の騎馬に周囲を護られ、特に許可された者以外は近づくことさえ許されない。


 馬車に近づくユスティナに、二騎の騎馬がやってくる。


「お待ちください。」

「副官のユスティナ・スバイムだ。いちいち呼び止めるな。」

「規則ですので。」

「ちっっっ!!!」


 ユスティナは、思いっきり顔をしかめて舌打ちをした。

 腰に佩いた官給品のソードを渡し、許可が下りる。


 護衛から得物を取り上げてどうするというのか。

 まあ、護衛騎士もメディー本人にも知らされていないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 ユスティナは盛大に溜息をつき、馬車に向かう。

 馬車の横では、メディーと数人の隊長が打ち合わせをしていた。


「…………までは計画通りに進んでおります。」

「特に馬車の故障なども発生しませんでしたので、これ以上なく順調です。」


 それらの報告に、メディーが頷く。


 メディーは三十半ばの、神経質そうな男だ。

 剣はあまり得意ではなく、印象としては小役人タイプ。

 小さなことが気になり、大局を見れない。

 …………と、勝手にユスティナは評価をしていた。


「遅延が発生しなかったのは幸いだな。では、領都に着いたら、計画通り二手に。」

「はい。メディー様は予定通り、西の臨時基地へ。」


 臨時基地?

 この大量の物資は、その臨時基地とやらに運び込むのか?


 メディーは、隊長たちに視線を巡らせる。


「例の計画までに、確実に準備を終えろ。いいな?」

「「「はい。」」」

「「「勿論です。」」」


 そうして隊長たちは敬礼し、各々の部隊に戻っていく。

 ユスティナは、そんな隊長たちを見送った。


「戻ったか、ユスティナ。随分と遅かったな。」


 話を聞いていたユスティナに気づき、メディーが声をかけてくる。


「後続の輸送隊に問題がないか、少し見ていましたので。」


 岩の上でサボり、眺めていただけだが。

 ユスティナは疑問に思ったことを、何気なく聞いてみることにした。


「西の臨時基地とは、何でしょう?」

「…………ただの集積場だ。軍事的な拠点としての色もあるので、基地と言ってはいるがな。」

「この物資も、そこに?」

「そうだ。」


 これだけの大量な物資を、運び込む?

 サザーヘイズ領の外に?


「その基地とは、どの辺りなのでしょう? ムルタカの領都の西に、基地などありましたか?」


 ユスティナがさらに尋ねると、メディーが目を細める。


「…………気になるか?」

「勿論気になります。自分が就いている任務ですから。」


 当たり前ですよね、といった感じにユスティナが答える。

 メディーはしばし考え、口を開く。


「ユスティナは、ムルタカ領は詳しいか?」

「詳しい? まあ、それなりには。」

「来たことがあるのか?」

「ええ。何度も。」


 ユスティナはかつて、武者修行に出ていたことがある。

 通算で十年以上も王国中を巡り、ムルタカ領も何度も通った。

 サザーヘイズ領に隣接している領地なので、通り道として。


 とんびが鷹を生んだ、と言うと少々語弊があるだろうか。

 父も、決して剣の腕がまずいというわけではない。

 スバイム家の当主であり、剣術流派の宗家でもあるのだから。

 しかし、剣の才は息子と娘に到底及ばなかった。


 どういうわけか、ユスティナと兄は凄まじい剣の才能を発揮した。

 まだ十代のうちに、父を超えてしまったのだ。

 それでも剣に真摯に向き合う父を尊敬しているが、もはや教わるべきことはなくなった。

 そのため、ユスティナは二十歳になる前から、武者修行の旅に出るようになった。


 メディーが、無表情でユスティナを見る。


「臨時基地と言っている通り、あくまで一時的なものだ。一昨年から建設を始め、少しずつ物資を運び込んでいる。ようやく完成したので、これから本格的に運用を開始することになるだろう。」

「……なるほど。」

「場所はムルタカ領の西の端だ。ラグリフォート領に近いが、街道からは北に少し外れている。さすがにそんな場所までは行ったことはないだろう?」

「そうですね。街道から外れるのでは、わざわざ行くことのなかった場所でしょう。」


 ユスティナは、軽く微笑んで頷く。

 この話を聞き、ユスティナは鼻の奥にツンとしたものを感じた。


(物資の集積場? なぜ、わざわざ街道から外れた場所に建設した?)


 運び込んだ食料をその場で消費しないのなら、再びどこかに移すことになる。

 それならば、街道に接する形で建てた方が便利ではないか。


(場所を選定する際、様々な要素を加味したはずだ。)


 つまり、があったはず。

 さすがにユスティナの立場では、そんなことを聞いても答えてはもらえないだろう。

 何より、メディーもそこまでは知らない可能性もある。

 あまり不用意に踏み込むと、ユスティナに対して警戒心を強める可能性が高い。

 基本、小心者なのだ、このメディーという男は。


 ユスティナな質問の回答を得られ、満足した風に装い、馬車へと視線を向けた。


「そろそろ出発されますか?」

「ああ、今日中には領都の近くまでは行きたいのでな。」

「それでは、あんまりのんびりもできませんね。」


 ユスティナは敬礼すると、警戒している騎馬の方に向かって歩き出す。

 預けていた剣を受け取ると、何気なく振り返る。

 すでにメディーは馬車に乗り込み、出発の準備を始めていた。


「…………ラグリフォート領の、近く?」


 ユスティナはそう呟くと、西の空を見上げるのだった。




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