第165話 騎士の効率的な育成




 早朝、エウリアスの屋敷。

 敷地の端の方にある、騎士や兵士の訓練のための広場。


「【襲歩しゅうほ】!」


 一瞬で距離を詰めてきたエウリアスに、騎士が薙ぎ払いを繰り出し、迎撃する。


「【絶界ぜっかい】!」

 キィィイイイインッ!


 エウリアスは左手を伸ばし、迫るソードを防ぐ。

 そうして、トンと軽く長剣ロングソードを騎士の腹に当てる。

 すぐさま横に飛び、再び【襲歩】で加速。

 次の獲物へと襲い掛かる。







 エウリアスは毎朝の訓練で、新たに手に入れた技の慣熟に精力的に取り組んだ。

 その結果、弱点なども分かってきて、それらを加味した戦い方に変更していった。


 基本は【襲歩】による一撃離脱戦法だ。

 馬が駆けるような速さで移動が可能なのだから、これを活かさない手はない。

 もしも相手から迎撃があれば【絶界】で防ぎ、長剣で相手を斬り伏せる。


 大抵の物を軽々と引き裂く【次断剣じだんけん】は最強の攻撃手段だが、これは奥の手という扱いだ。

 というのも、剣身全体にクロエの力を纏わせる感じで発動しているらしく、危険すぎるのだ。

 触れた物すべてが千切れるという特性上、発動しっぱなしにするのは事故が起きやすい。


 また、【絶界】と【次断剣】は、クロエ的には似たような力の操作が必要らしい。

 そのため、【次断剣】を出しっ放しにした上で【絶界】を繰り出すのは、かなり大変だとクレームが入った。

 やれないわけではないし、実際に何度もやっているのだが、すぐに疲れてしまう。


 そこで考えた戦い方は、【襲歩】で相手に突っ込み、普通に斬る。

 相手の攻撃は【絶界】で防ぐ。

 必要に応じて【偃月斬えんげつざん】を繰り出すのは、それほど問題はないらしい。

 そうして、確実に斬り伏せる必要が場合にだけ【次断剣】を使う。


 こんな戦い方で、現在は慣熟訓練を行っている。

 クロエに過度な負担がかかるようなことをなるべく避け、【襲歩】という便利な戦法を最大限に活用する。


 実戦では、試合のように時間が限られていないし、一本取れば終了というわけではない。

 なるべく長く戦えるようにしないと、瞬間の爆発力がどれだけあろうと、その後に自分が討ち取られて人生が終了する。

 自分がきっちり生き残った上で、敵を制圧するということに主眼を置き、訓練を行っていた。







「チッ!」


 目の前に突如現れたエウリアスに、タイストが舌打ちする。

 咄嗟に、サイドステップでエウリアスの間合いから離脱し、中段に剣を構えて防御を選択した。

 タイストのこの行動は、エウリアスの弱点に沿った対応だ。

 すでに何度も訓練を行っているため、エウリアスだけでなく、タイストも慣れてきていた。


 実は、【襲歩】は非常に便利な移動手段だが、これにも弱点がないわけじゃない。

 弱点というか、運用上の問題だ。

 これは、エウリアスが生身であることが原因である。


 あまりに短距離の移動だと、速すぎてエウリアスが姿勢を作れないのだ。

 ぶっちゃけ、人間の反応速度を超えている。

 クロエが【偃月斬】の目標が近すぎると軌道修正できないのと、理屈としては同じようなものだろう。


 エウリアスの間合いから少し離れた程度の距離だと、【襲歩】を出しても、次の動きの姿勢にもっていくのが間に合わない。

 距離は詰められるのに、肝心のエウリアスが戦う体勢になっていないのである。

 これも、繰り返し慣熟訓練を行い分かったことだ。


 エウリアスは、一旦別の騎士に【襲歩】で向かい、斬り伏せる。

 そこから再びタイストに向かって、一気に距離を詰めた。


「フッ!」

「ハッ!」

 キィィイイインッ!


 エウリアスの動きに合わせて振り下ろされた剣を【絶界】で防ぎ、がら空きの胴に長剣を入れる。


「――――ッ!」


 寸止めされた長剣を見てタイストが息を飲み、剣を下ろした。


「はぁーー……、状況終了だ。おら、お前らさっさと立て。」

「「「はっ。」」」


 エウリアスに倒された騎士たちが、タイストに促され立ち上がる。

 そこで、パンッパンッパンッと拍手の音が聞こえた。

 拍手の方を見ると、グランザがこちらに向かって歩いてくる。


「お見事でしたな、ユーリ坊ちゃん。これなら、十分に実戦でも通用するでしょう。」


 そうして、タイストを見てにやりと笑う。


「だらしのねえ、鼻たれ小僧を軽くあしらってくれたのが実に痛快でしたなー。」

「ぬかせ。貴様もあっさりやられてたクチだろうが。」

「あぁん!?」

「あ!?」


 タイストとグランザが、互いに頬やこめかみのぴくぴくさせながら睨み合う。


 そう。

 今は騎士たちとの訓練だったが、その前に兵士たちとの訓練も行っていたのだ。


 状況シチュエーションは、暴徒の制圧。

 手下役の騎士や兵士が十人、ボス役にタイストやグランザ。

 手下は全滅させる必要はなく、ボス役を討ち取ればOK。

 そんな訓練だ。


「はいはい。ぐちぐち言ってないで、対策を考えように。」

「……分かりました。」

「あー……、またですかい。」


 エウリアスが、明日の早朝訓練までに対策を考えるように言うと、タイストとグランザが渋い顔になる。


『身内の中で俺が一番強いぞ。ひゃっほーい。』


 などと、能天気に喜んでなどいられない。

 なぜなら、エウリアスの目標はなのだ。


 腕が自在に伸び、片手で馬を掴んで投げつける。

 グランザの剣の腕を以てしても、腕を斬り落とすことができなかった。

 エウリアスはクロエの助力を得ることで、その腕を斬ることはできた。

 しかし、すぐに修復されてしまったのだ。


 正直言えば、どう対処すればいいか、まだ方針が立てられなかった。

 両腕を斬り落とせば、もうくっつくことはないかもしれない。

 しかし、どうやってその状態までもっていく?


 エウリアスは、ずっとそのことを考えていた。

 だが、特に妙案などはなく、今のところは自分の実力を高めることに主眼を置いている。


 そして、エウリアスはその一環として、騎士や兵士に「エウリアスを倒す」方法を考えさせた。

 エウリアスがより強くなるためには、長所を伸ばすだけでなく、短所を潰すのも有効だ。

 そのため騎士や兵士に、どちらがよりエウリアスを追い詰めたか、を競わせていた。

 エウリアスがより強くなるために、騎士や兵士にも全力で協力してもらっていた。


 タイストが、ガリガリと頭を掻く。


「あの……坊ちゃん、こう言っては何ですが……。前で戦うのは坊ちゃんの役目ではないですよ?」


 グランザが微妙な表情でタイストを見て、それからエウリアスを見る。


 グランザは、エウリアスが前に出ること自体は反対していない。

 しかし、その理由は「いざとなれば自分で剣を振るう気概を持つ」ということだ。

 騎士や兵士のように、常に前で戦うことを考えているわけではない。

 あくまで「現場を知らない指揮官」にならないように、経験として実戦に身を置くのも悪くないという考えだ。

 今のように、がっつりと強さを求めることには、賛成も反対もしにくいという感じだった。


 エウリウスは長剣をタイストに差し出し、頷く。

 そうして、にっこりと微笑む。


「勿論分かってるさ。俺、指揮を執る、お前たち、手足になって戦う。おーけーおーけー。」

「はあー……。」


 エウリアスがすんなり受け入れることで、却って「守る気ねーな、これ」とタイストが項垂れる。

 大変だね、中間管理職は。


「さ、学院に行く準備するぞ。撤収。」

「「「はっ!」」」


 エウリアスが訓練を終えると、騎士や兵士たちが一斉に動き始めた。







 クロエを酒に浸けながら、浴室で汗を流す。

 お湯に浸かりながら、手足を揉む。

 変に捻ったりして痛む場所がないかも、慎重に確認する。


 足への負担は大きいが、それも少しマシになってきた。

 エウリアスが【襲歩】を活用した動きに慣れてきたのもあるが、クロエがアシストしてくれているのも大きい。

 方向転換や停止する際に、クロエが『歪みの力』を使って、減速のアシストをしてくれているのだ。

 おかげで、以前よりもスムーズにエウリアスも動けるようになってきた。

 以前は踏ん張りが利かないと、勢い余って吹っ飛ぶこともあったが、今はそこまでではない。


「さ、出るよ。」

わらわはもっとゆっくり酒が飲みたいのぉ。」


 エウリアスがチェーンを持ち上げ、黒水晶を酒から引き上げると、クロエがいつもの文句を言う。


「大体、其方は妾を酷使しすぎなのじゃ。ろーどーかんきょ――――!?」


 ざぶん、と黒水晶をお湯につけ、ザブザブと酒を洗い流す。


「ぶはぁ!? エウ! 妾の扱いが、いささかぞんざい過ぎんかの!?」

「そんなことないよ? いつも感謝してるし、対等な協力関係だよね。」

「何じゃろう……妾には不平等な契約な気がしてきた。」

「ははっ、気のせい気のせい。」


 エウリアスはクロエの抗議を笑い飛ばし、浴室を出ると急いで支度をして、朝食を摂りに行くのだった。







■■■■■■







 騎士学院の授業中。

 今は、社交場での騎士の振る舞いなど、マナーに関する授業だ。

 当然ながらエウリアスには今更なので、別の考え事をしていた。


(…………やっぱり、無駄なんだよなあ。)


 何が無駄って、今まさにエウリアスのこの時間のことである。

 騎士学院の授業を受けないと、当たり前だが修了したとは見做されない。

 しかし、実際にはエウリアスのように、すでに習得してしまっているという事例があるわけだ。


 マナーの授業に限らず、騎士学院で学ぶ内容をすべて体系立てて整理し直し、細かい単位に分ける。

 この単位の内容をすでに習得している場合、授業自体を免除する。

 こうすれば無駄な授業を受ける必要がないし、場合によっては一学年分を丸ごとスキップする仕組みなんてのはどうだろう。

 実力のある学院生は、ガンガン進んで行けるわけだ。


(んー……、そんなに悪いアイディアじゃないよな?)


 授業そっちのけで、そんなことを考えているエウリアスだった。







 昼休み、食堂で昼食を食べながら、エウリアスは自分の考えを相談してみた。


「授業中、そんなことを考えていたのか?」


 トレーメルが、呆れたように言う。


「でも、メルだって思ったことはあるだろう? この内容はもう憶えてるんだよなあ、って。」

「それは確かにあるが……。」


 エウリアスの隣に座ったイレーネが、困ったような顔でエウリアスを見ている。


「イレーネだって、王国史とかは実家にいた頃に教わってたんだよね? だったら、その王国史の時間を、別のことに割り振れた方が都合はいいでしょ?」

「え、ええ……それはそう思いますが……。」


 イレーネは、実際にそうなった時、自分がどうするか考えているようだ。


「でも……私はみんなに合わせて授業を受けていそうです。」

「確かにイレーネはそうかもね。もし自分しか免除を受けている人がいないと、なかなか難しいかもしれないわね。」


 ルクセンティアが、イレーネの意見に理解を示す。

 周囲の目が気になり、一人だけ授業免除というのはしにくいらしい。


「でも、急にどうしたの、ユーリ様。」

「急にって言うか、前に父上に考えてみろって言われたんだよ。」

「考えてみろ? 何を?」

「授業の免除、ですか?」


 ルクセンティアとイレーネが、同時に質問をしてくる。


「免除は思いついた方法であって、考えてみろて言われたのは、効率的な騎士の育成方法、かな。」

「効率的な……?」


 三人は、何でそんなことを伯爵であるゲーアノルトが指示したのか、分からないという顔をした。

 まあ、正確には『ラグリフォート領での騎士の育成方法』ではあるが。

 そのまま伝えるのは問題があるかと思い、ちょっとズレた返答をしておく。


 トレーメルが小さなじゃがいもをスプーンで掬うと、口に運ぶ。


「ふーむ……よく分からんが、そう悪い考えでもなさそうではあるな。ただ、やる価値がそこまであるとは思えんが。」

「何で?」

「その免除とやらを受ける者が、果たしてどの程度いる? ほんの数名程度が免除を受けるために、本当に習得しているか確かめる必要がある。それに、免除を受けている者と、そうでない者を管理しないといけなくなる。手間がかかる割に、あまり意味がないのではないか?」

「うーん……。」


 トレーメルの意見を聞き、エウリアスは腕を組んで考える。

 確かに、免除を受ける者がどの程度いるかは未知数だ。


 だが、ルクセンティアは微笑んでエウリアスを見る。


「でも、確かに悪くないと思うわ。一学年分を丸々免除というのは、育成費用の面でもやる価値はあると思います。」


 騎士を育てるのには、多大な費用がかかる。

 施設の維持管理費、教員などの人件費、馬もいるし、備品などもだ。

 その育成の期間が一年短縮できるメリットは、確かに大きいだろう。


 しかし、エウリアスがその意見に首を振る。


「俺も悪くないとは思ったんだけど、問題もあるんだ。」

「問題ですか?」


 イレーネが、首を傾げる。


「騎士学院は、十四歳で入学するだろ? そこから五年かけて育成するよね。」

「そうですね。」

「つまり、十八歳で学院を修了し、王国軍や領主軍に入るのは十九歳。」


 エウリアスは、三人が理解しやすいように、考えながら説明する。


「極端な例になるけど、一学年のスキップでなく、二学年分のスキップだったら? 十七歳で軍に入るの?」

「スキップも、騎士学院の修了という扱いなのだろう? なら、そうなるか……。しかし、軍には十六歳から入れるのだから、いいのではないか? 兵士の方ではあるが。」


 トレーメルの意見に、エウリアスは頷く。


「うん。じゃあ、五年分スキップしたら?」

「五年分!? 騎士学院を丸ごとスキップってこと?」


 ルクセンティアが目を丸くして確認する。


「そう。入学時にすべてを習得している例が、無いと言える?」


 極端を突き詰めた話になるが、入学前にすべてを習得している可能性もあるのだ。

 実際、エウリアス、トレーメル、ルクセンティアはその可能性があった。

 まあ、おそらくは体力の面などで引っかかり、さすがに五年生をスキップまではされないと思うが。


「本来、騎士学院に入学する年齢で、騎士の資格を得る。そのまま軍に入る? まだ十四歳だよ?」

「……さすがに、そこまでいくとやり過ぎな気はするな。」


 トレーメルが眉を寄せ、天井を見上げて考え込む。

 エウリアスは苦笑した。


「とまあ、自分で考えていて、そんなところが気になったりしてね。どうしたものかなあ、と。」

「お、お貴族様って、難しいことを考えているのですね……。」

「こんなことを考えるのは、ユーリ様くらいのものでしょうけどね。」


 イレーネがエウリアスを尊敬の眼差しで見る。

 だが、さすがにルクセンティアは少し呆れたのか、肩を竦めるのだった。


 俺も、父上に言われたから考えてるだけなんだけどね。




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