第158話 ホーズワース公爵家乗っ取り計画2
エウリアスは、ホーズワース公爵から驚愕の話を聞いた。
まあ、あれを
聞き出した方法はともかく、公爵が脅されていたことは確定と考えていいだろう。
そして、かなりまずい事態が進行していることを把握したエウリアスは、急いでゲーアノルトと対策を練る必要があると考えた。
「それじゃ、ティア。頼んだよ。」
「分かりました。ユーリ様もお気をつけて。」
エウリアスは、ホーズワース家の屋敷を出ると、急いでラグリフォート家の別邸に向かった。
まだ明らかになっていない部分もあるが、急いでゲーアノルトと情報共有し、動いてもらわないとならない。
エウリアスは別邸に向かう馬車の中で、窓から外を眺める。
そうして外を見ていると、向かいに座ったタイストが恐るおそる声をかけてきた。
「坊ちゃん、そろそろ何があったのか教えてもらえないですかね?」
ずっと事情も分からず、ただエウリアスに振り回されているタイストが、窺うように言う。
エウリアスはちらりとタイストを見るだけで、すぐに外へと視線を向けた。
「だめ。」
「……………………。」
タイストは明らかに不満顔だが、必死に言いたいことを飲み込む。
エウリアスは溜息をついた。
「そんな顔をするな、タイスト。ぶっちゃけ、俺だってもう首を突っ込めるレベルの話じゃないんだ。」
「そう、何ですか……?」
エウリアスはもう一度溜息をつくと、頷く。
「それでも、当事者以外では、俺が一番事態を把握していると思う。父上とヨウシア様に引き継いだら、俺も手を引かせてもらうつもりだ。」
「ヨウシア様?」
エウリアスは、タイストに鋭い視線を向けた。
「…………覚悟だけはしておいてくれ。下手をすると、
エウリアスがそう言うと、タイストがごくりと喉を鳴らした。
今回の一連の騒動は、公爵家の内紛と言っていい。
立ち回りを失敗して……いや、他にどんないい方法があったのか、エウリアスにも分からないが。
しかし、その結果として、公爵家の当主が失脚しかかっている。
これは、そういう話。
議会を巻き込み、陛下とホーズワース公爵の信頼、王家とホーズワース家の関係まで破壊する、凄まじい一手だった。
(絶対に、裏で絵を描いている者がいる。それはおそらく、一連の襲撃事件にも繋がっているだろう。)
これは、敵からの攻撃だ。
エウリアスは、そう確信していた。
(急いで父上とヨウシア様で、共闘する体制を整えてもらわないと。)
このホーズワース公爵家の危機を、決して見捨ててはいけない。
切り捨てることは簡単だが、それは結局自分の首を絞めることにも繋がるのだ。
たとえ苦しくとも、今はホーズワース家を支えるのが最善だと、エウリアスは考えていた。
エウリアスは別邸に到着すると、早速ゲーアノルトと話し合った。
ゲーアノルトの私室は、すでに片付けられていた。
床に散乱していた書類はなくなり、ゲーアノルトによって斬られた椅子も、別の物と交換されている。
エウリアスがホーズワース公爵家で見聞きしたことを伝えると、ゲーアノルトが厳しい表情で呻く。
「まさか……信じられん。」
「俺も信じられませんが、少なくとも公爵は乗っ取られるのを回避するため、今回の行動を起こしたのです。……すべてを、かなぐり捨ててまで。」
「公爵自身が、これが真実であると証明しているということか……。」
もしもこれを、貴族の誰かから噂として聞いたなら、ゲーアノルトも信じられないだろう。
しかし、公爵が自分でこれを証明してしまった。
エウリアスは足を組むと、背もたれに寄りかかる。
「父上。もはや、これが真実かどうかは関係ないのです。ラグリフォート家は二つの仮定に対し、どのようなスタンスで臨むか。それを、決めなくてはいけません。」
「二つの仮定?」
「はい。一つは、信用の失墜したホーズワース家と、手を組み続けることのデメリットを予め考えなくてはいけません。」
「相変わらず、協定の破棄は考えておらんのか。」
ゲーアノルトの真剣な声に、エウリアスは頷く。
「予想外のデメリットを被り、狼狽しないために予め想定しておく必要があると考えています。……確かに以前と比べると条件は悪化しているかもしれませんが、それでもホーズワース家との協定は強力な武器になります。破棄など論外です。」
エウリアスがそう言い切ると、ゲーアノルトが顔をしかめた、
「父上が、ホーズワース公爵の裏切りを許せないと考えるのは仕方がないと思います。ですが、ここは感情を抜きに、得られるメリットと、受けざるを得ないデメリットを冷静に考えてください。」
確かに、一時の風当たりは強いものとなるだろう。
だが、そこさえ我慢すれば、ホーズワース家の力は何だかんだ言っても強大だ。
多少のデメリットを被ろうと、関係を解消するなどあり得ない。
むしろ、これまでが破格過ぎたのだ。
ホーズワース家ほどの名門と協定を結ぶのに、ゲーアノルトが政治的に協調する、というだけ。
しかも、そのゲーアノルトの政治的スタンスも、これまでから転換するというものではない。
つまり、ほぼタダ乗りのような状態だったのだ。
まあ、公爵の中では『魔物を倒すエウリアスの力』が、大きな意味を持っていたのかもしれないが。
「もう一つの仮定は、これが『何者かによる攻撃である』ということです。つまり、そもそもの協定の範囲内の事象である、ということ。」
協定を結び、共闘を約しながら、いざ攻撃を受けたら尻尾を巻く。
これでは、むしろ非難されるのはラグリフォート家の方だ。
少々ズルい考えではあるが、協定を維持することで、今回の非は一方的にホーズワース家にあるという立場に立つことができる。
ゲーアノルトは目を閉じ、考える。
まだまだ、はっきりしないことが多い。
それでも、早急に方針を打ち出し、ラグリフォート家を纏めなくてはならない。
ゲーアノルトが進むべき方向を示さなくては、下にいる者はそれぞれがバラバラの向きに進み出してしまうから。
「父上、ご決断を。」
未だ、暗中模索。
それでもエウリアスは、ゲーアノルトに決断を迫るのだった。
■■■■■■
エウリアスがゲーアノルトと話し合っていると、ヨウシアがやって来た。
これは、エウリアスがルクセンティアに頼んでいたのだ。
『ヨウシア様に連絡を取って、一刻も早く
急ぎ両家で話し合い、対応を協議する必要がある。
そう考えたエウリアスが、ヨウシアを呼んだのだ。
「一体これは、何が起きているんだい?」
ヨウシアは席に着くと、開口一番にそう言った。
ヨウシアも、本会議でのホーズワース公爵の行動を耳にし、混乱しているようだった。
エウリアスは、ヨウシアにもゲーアノルトの私室に来てもらい、三人での密談を始めた。
場所を応接室に移さず、ゲーアノルトの私室を選んだのにも、理由がある。
私室に招くというのは、それだけで意味がある。
親しく思っていることを表す手段ではあるが、もう一つ別の意味がある。
それは、「内密の話」「重大な話」である、ということだ。
そうしてゲーアノルトとエウリアスは、現在の状況をヨウシアに話した。
ヨウシアも仕事中に本会議でのことは耳にしたが、とても信じられなかったようだ。
なぜホーズワース公爵が、今回の行動に至ったか。
見聞きしたことからの推測も含め、ヨウシアに伝える。
正直言って、雰囲気は最悪だ。
何せ、「実は貴方は長男ではありませんでした」と言うのだ。
自分が長男であり、嫡男であると信じて疑わなかったヨウシアからすれば、自分という存在の根底から覆されるような話だった。
「…………そんな、馬鹿な話が……。」
説明を聞き、ヨウシアは項垂れて頭を抱えた。
エウリアスとゲーアノルトは、黙ってヨウシアが心の整理するのを待った。
言うまでもないが、ここまでは前提の話なのだ。
ここから、今後どうするか、を話し合わなくてはならない。
ゲーアノルトは、向かいに座り項垂れるヨウシアを見ていた。
すると、憔悴したような顔で、ヨウシアがゆっくりと顔を上げる。
「……情報提供、感謝します。ラグリフォート伯爵。」
「いいのだ。それより、大丈夫かね? 少し飲むか?」
ゲーアノルトが酒を勧めるが、ヨウシアは首を振った。
「酒で紛らわせている場合ではないでしょう。すぐに対応を決めなくては。」
大きなショックを受けても、それを真正面から受け止める。
ヨウシアのそうした姿勢に、エウリアスは好感が持てた。
(さすが、宰相を目指している、と言っているだけはあるね。)
窮地にあり、酒に逃げるような者に、国を左右する重責など任せられるわけがない。
中には「酒が入った方が頭が冴える」なんて言う人もいるが、それはむしろ依存が始まっていると言っていいだろう。
酒が入っていないと、禁断症状が出ているのだ。
「エウリアス君も。いろいろすまなかったね。随分と動いてくれたようだ。」
「いえ……推測ばかりで、あまり有力な情報が得られず申し訳ありません。」
エウリアスがそう言うと、ヨウシアが少し疲れた感じではあるが、笑顔を見せた。
「そんなことはないよ。キミのおかげで、相手の狙いがはっきりしたのは大きい。」
「相手の狙い?」
「はっきり、ですか?」
エウリアスとゲーアノルトが、ヨウシアの言葉を繰り返す。
ヨウシアは、しっかりと頷いた。
「エウリアス君の言う通り、今回の
「矛盾、していない?」
「ああ。敵の狙いは、法の撤廃。これ一本だ。家を乗っ取るうんぬんは、間違いなく脅しだろうな。」
「脅しですか? ですが、ただの脅しでは……。」
「勿論、脅しといってもはったりではない。要求を飲まなければ、本当に乗っ取りの計画を実行しただろう。乗っ取りそのものは…………上手くいくかどうかは半々といったところか。それでも、恐ろしいほどの確率だ。半分の可能性で乗っ取られると思えば、父が正気ではいられなかったのも頷ける。」
もっとも、ホーズワース公爵からすれば、半々などとは思えなかったのだろう。
追い詰められ、最悪の結果に思考が支配されてしまったのだと思う。
「伯爵に相談しなかったのも、無理からぬことだと思います。そもそも、これを敵からの攻撃だとも考えなかったでしょうからね。……私からすると、むしろエウリアス君がよくその可能性に気づいたと、そっちの方が驚きだ。」
ヨウシアはエウリアスに笑いかけ、それからゲーアノルトに視線を向ける。
「このような重要な情報を提供し、さらに協力を申し出てくれる。ラグリフォート伯爵、エウリアス君、本当にありがとう。」
そう言って、ヨウシアが頭を下げた。
ゲーアノルトが、首を振る。
「私への礼は不要だ、ヨウシア殿。私も、エウリアスに説得された一人だからな。」
ゲーアノルトはエウリアスを見て、頷く。
「ラグリフォート家とホーズワース家の協定は、絶対に破棄してはならない。そう、奔走したのはエウリアスだ。私はただ、公爵への怒りをぶちまけていただけだ。よくぞ状況に流されず、動いたものだ。よくやったぞ。」
ゲーアノルトにまで褒められ、エウリアスは軽くお尻をもぞもぞさせる。
……なんか、居心地が悪いな。
エウリアスは誤魔化すように、ヨウシアに聞いた。
「でも、なぜ法律の撤廃だけに絞るのですか? 乗っ取りだって、半々の可能性があるのですよね?」
それだけの可能性があれば、やらない手はないと思うのだが。
しかし、ヨウシアは首を振った。
「エウリアス君が言ったんじゃないか。スワンプの行動が矛盾しているって。その通りだよ。だから、私は家の乗っ取りはただの餌だと判断した。」
「餌?」
「羊の群れを追い立てるように、誘導していると言ってもいい。わざと逃げ道を見せ、『こっちに進むしかない』と追い立てるんだ。確実に追い込むためにね。」
追い込む?
その追い込んだ先が、今か?
ヨウシアが、表情を引き締める。
「敵の狙いはおそらく、『家督は長男が継ぐものとする』という法の撤廃。そして、結果としてそれは陛下からの父への信頼を壊すことに繋がる。」
ヨウシアは腕を組み、考えながら説明する。
「仮に、そのスワンプが本当にホーズワース公爵家の長男だったとしよう。その場合、法を撤廃しなくても、乗っ取りを阻止する方法があるんだ。」
「ヨウシア殿に、さっさと家督を譲ってしまえばいい。」
ゲーアノルトがそう言うと、ヨウシアが頷く。
「ええ。ですが、この方法は不確実な部分が残ってしまう。父がすべてを投げ出し、急に家督を譲ると言っても、陛下が慰留するでしょう。一年か半年、せめて春までは続けるように、と。」
「そうであろうな。財務大臣が突然辞め、家督を譲るなど、簡単には認めはしないだろう。病気や怪我などで、いきなり動けなくなったというならともかく、本人はピンピンしているわけだからな。」
「そうこうしているうちに、家督を譲ろうとする動きを察知されてしまえば、敵が黙って見ているわけがない。」
一か八かになるが、事実を大々的にぶち上げ、権利を主張するだろう。
スワンプこそが、承継する正当な資格を有する、と。
そうなれば、泥沼の争いに引きずり込まれることになる。
様々な貴族家が、様々な思惑で首を突っ込み、場を引っ掻き回すだろう。
そうなれば、ヨウシアが承継できる可能性が、半々程度にまで低下するという
「いきなり家にやって来て、脅しと要求を突きつけて行ったということからも、乗っ取りはただの道具だということが分かる。法を撤廃させ、その先で何を狙っているのかまでは分からないがね。おそらく、貴族家で内紛を引き起こすことを画策しているのだろう。具体的にどこの家に仕掛けるかまでは分からないが……。」
王国内で、貴族家の内紛を煽る。
ヨウシアの予想を聞き、エウリアスは思わず溜息をついてしまうのだった。
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